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Vol.22119 COVID-19の流行による影響と「with コロナ」の時代における地域医療のあり方

医療ガバナンス学会 (2022年6月16日 06:00)


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東京都立墨東病院 循環器科
大橋 浩一

2022年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

墨東病院は城東地区における救急医療・周産期医療・感染症医療などの行政医療を担う都立病院である。循環器科は心血管疾患の主に急性期疾患に対して内科治療を提供している。入院患者の半数以上は心筋梗塞や急性心不全などの救急疾患による緊急入院で、墨東病院の使命である救急医療の一部を担当し、循環器救急疾患24時間365日受け入れている。

COVID-19の流行は容赦なく襲いかかった。これまでに受け入れた感染者数は1800人以上、その中で人工呼吸器を要する重症患者は200人以上、ECMOと呼ばれる人工肺を必要とする最重症患者は20人以上を数えた。集中治療医により的確な治療が行われこれら重症患者の85%以上が生存退院しており、墨東病院の集中治療部門の診療レベルの高さと各診療科の連携の良さをうかがい知ることができる。

墨東病院は東京都の重症度分類で中等症以上の患者を受け入れるよう要請され、軽症であっても妊婦・血液透析患者・心疾患合併など、重症化する可能性が高い患者を優先的に受け入れたため、集中治療を要さない患者であっても的確な治療と慎重な経過観察が求められ、多くの医療資源を必要とした。また感染者の診療に加えて、第一種指定医療機関としての行政的な役割を果たさなければならない。都の調整本部との連携や院内の全ての部署における感染対策を見直し、患者やそこで働くスタッフを感染から守るために感染症科は多忙を極めた。ワクチン接種が広く行われている今でも、感染力の高いCOVID-19患者の診療は非常に慎重に行われ、いまだに医療スタッフは自身の感染リスクや院内感染のリスクを抱えながら勤務している。

ストレスを苦に離職したスタッフも多い。ましてや、ウイルスの正体や重症化率、感染後の転帰などが解明されておらず、ワクチンもなくPPEの在庫も限られていた(マスクやフェイスシールドの交換回数が制限されるなどした)五里霧中の流行初期に、それでも通常医療を提供しながら感染患者の診療も並行して行い、医療スタッフに最大限の安全を提供できるよう、院内全体の診療体制を早急に構築する必要に迫られた当時の感染症科スタッフの心身の疲弊は想像に難くない。

彼らを支援するため、循環器科をはじめとする各診療科は流行初期の段階から継続的にスタッフを派遣し続けた。院内の診療体制が大きく変わり、多くの診療科で初診患者数の制限と、不要不急の予定治療・予定入院の延期が行われた。循環器疾患は治療の遅れにより病状が悪化することが多く、特に手術を必要とする症例などは近隣の他医療機関へ紹介し治療を依頼するケースも少なくなかった。循環器疾患の重症患者の診療のために割り当てられていたCCU(Coronary Care Unit)が重症COVID-19患者の診療のためのCCU(COVID-19 Care Unit)に改変され、循環器疾患の重症患者を診療するための病床で重症COVID-19患者の診療が行われるようになり、救急患者を含む新規入院や術後集中治療室での管理を必要とする大手術が必要な患者の入院を受け入れることが困難になったためである。救急車の受け入れも大幅に減少し地域医療に与えた影響は甚大だった。

現在は流行の鎮静化に伴い病床のひっ迫も解消され、救急疾患の受入体制も回復している。その上、感染対策のために設備的な改善が行われ、医療スタッフの感染管理に対する教育も浸透した。雨降って地固まるが如く、感染対策の観点からコロナ禍以前よりも安全で質の高い効率の良い循環器急性期医療が提供できるようになった。また、院内全体で重症呼吸不全に対する治療や人工呼吸器管理、補助循環などを用いた治療の経験もかなり蓄積されたため、病院全体としての医療レベルも向上した。

ここまでは、墨東病院が受けた影響について述べた。診療することのできる患者数が大幅に減少した一方で、墨東病院でしか受け入れる事ができなかった症例も多く経験した。産婦人科救急や精神科救急、高度救命救急センターでの治療を要する重症救急疾患などがそれにあたる。循環器科も重症循環器救急医療の最後の砦として、この地域で私達にしか提供する事ができない医療を継続した。そこから示唆に富む症例を2例提示し、墨東病院循環器科が今後果たすべき役割について考えていきたい。

1症例目は80歳代の男性である。
37℃台の発熱と呼吸困難を主訴に救急外来へ搬送され、COVID-19肺炎の可能性を考え陰圧室で診療が開始された。診療医が左右の肺野を聴診すると、両方の肺野で呼吸音の減弱と喘鳴、さらに重症弁膜症を疑わせる心雑音を聴取した。レントゲンでは両側肺野の透過性低下と胸水を認め、心拡大もあった。家族に話を聞くと、実は大動脈弁狭窄症(AS: Aortic Stenosis)に対して近隣の大きな総合病院の循環器内科に通院中だと判明した。
数日前から呼吸困難が増悪したためそちらの病院を受診したが、発熱があるため入院することができず、自宅での経過観察を指示されていた。次第に呼吸困難が増悪し家族により救急要請され、受診歴のない当院への搬送となったようだ。
患者はASを背景疾患とする重症心不全と診断され、COVID-19に対するPCR検査の結果が判明するまでは、CCU(COVID-19 Care Unit)に入院して治療を行った。的確な治療介入により自覚症状は改善したが、重症ASに対して可及的速やかな弁置換術が必要な状況だった。これまで数年にわたり通院・経過観察してきた前医での治療が望ましいと考え、病状が安定しているため転院しての治療継続の打診をしたが、感染の可能性が否定しきれないため受け入れも診療も不可能だと断られてしまった。
入院時のPCR検査は陰性で、入院後すぐに解熱し隔離も解除されているにも関わらずだ。そのため引き続き墨東病院で弁置換術を行う方針となり、入院21日目に自己拡張型人工弁を用いた経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)を行い術後経過は良好で入院28日目に自宅退院となった。現在患者は当科の外来に通院中であり、近日中に自宅近隣にあるかかりつけの内科医院に今後の診療継続を依頼する予定である。墨東病院の近隣にお住まいで、今後は墨東病院への通院と定期検査をご希望されている。

2例目は50歳代の男性である。
突然発症した激烈な胸痛と嘔吐・冷汗を主訴にかかりつけ医から他院の救急外来へ紹介され急性心筋梗塞の診断となった。その病院は墨東病院からも程近い距離にある心筋梗塞に対するカテーテル治療を施行できる医療機関である。入院患者全員にCOVID-19のPCR検査を施行していたため、カテーテル治療室に向かう前にこの患者も検査が行われ、不幸にも「陽性」と出てしまった。
心筋梗塞は冠動脈の閉塞により心筋が刻一刻と壊死する病気である。一度壊死した心臓の筋肉は元には戻らないので、発症からカテーテル治療による再灌流までの時間を極力短くして心筋のダメージを最小限に抑え、再発防止のために二次予防を徹底することが治療の根幹となる。しかしこの患者が搬送された医療機関ではCOVID-19患者に対するカテーテル治療を行うことができる体制が整っておらず、カテーテル治療及びCOVID-19に対する治療を並行して行う目的で当院へ転院となった。
当院到着後速やかに陰圧にできるカテーテル治療室へ直行し、左前下行枝の完全閉塞病変に対して薬剤溶出ステントを留置し再灌流が得られた。治療後は集中治療室に入室して心筋梗塞後の急性期心臓リハビリテーションを行いながら、COVID-19による容態の悪化を予防するため、抗体カクテル療法を行い慎重に経過を見守った。発症から治療まで通常よりも時間を要したものの、心筋梗塞後の急性期合併症は回避することができた。COVID-19に対する所定の隔離期間が経過した後に自宅退院となった。

これらの具体的な事例からコロナ禍における地域医療体制の課題とあるべき姿が浮き彫りになる。

まず、病状が進行する可能性のある循環器疾患に対する治療は「不要不急」でなく、治療を待つ間に死亡率や入院率が高くなるということをこのコロナ禍になって改めて認識させられた。適切な治療方針を決定し、必要になればいつでも治療を行うことのできる医療機関において、病状が悪くなっていない段階から慎重に内科的管理を継続することが重要である。そして、いざ治療が必要になる程病状が悪くなった時や急性心不全など入院加療が必要になった時に入院して治療することができる自分が住んでいる地域の病院で外来通院や定期検診を継続するべきだ。
その地域・医療圏における循環器疾患に対する治療は基本的にはその医療圏で手術やカテーテル治療などの侵襲的な治療を完結させることで、コロナ禍のような非常事態においても治療が途切れたり、そのタイミングを逃してしまったりすることが回避できる。特に東京などの多くの医療機関が乱立する都市圏では各医療圏に高度な治療ができる医療機関が必ずあるため、地域の患者はその地域で治療し、基幹病院は治療後のフォローアップを責任を持って行うべきだ。循環器疾患は高齢者に多く発症し治療後のきめ細かい経過観察が必要になるため、地域のプライマリケアを提供する医療機関と高度医療を提供する医療機関のきめ細やかな連携が必要になる。

また、特に循環器疾患急性期の主な症状は呼吸困難であり、COVID-19による症状と区別がつかないことが多く、PCR検査の結果が陰性となるまではCOVID-19類似症として扱い陰圧室やPPE装着など特殊な状態で診療することが必要になる。そのためCOVID-19対応体制が十分に取れていない医療機関では呼吸困難が主訴というだけで急性期心疾患に対する治療が提供できなくなってしまう。かかりつけの患者であっても、その容態が悪くなった場合に応需することができないという事態が発生した。墨東病院は類似症患者が多く発生することを見越して類似症患者専用の病床を確保し、安全に診療する体制を整えることができたため、多くの類似症患者を受け入れることができた。感染症科や救急診療科と協力し患者導線やカテーテル検査室の運用方法を工夫することで、COVID-19患者が急性心筋梗塞を発症した場合に遅滞なく治療を行う体制が整った。
今後 「with コロナ」の時代になれば、今まで以上に至る所にCOVID-19が潜むようになる。循環器救急疾患などのCOVID-19合併が疑われる症例についてはそのような診療体制が整った医療機関へ優先的に搬送することで、治療の遅れに直結する搬送後の再転院を最小限に抑えることができる上に、地域の体制の整っていない医療機関での院内感染を防ぐことができるため、地域医療逼迫を回避することもできる。さらに、墨東病院で築かれた感染症に強い診療体制を他医療機関と共有することで、「with コロナ」の時代における地域の医療の安全性向上に貢献できると考えている。

幾つもの大きな感染の波を総力を上げて乗り超えてきた墨東病院は、今や感染症に強い診療体制を院内全体に構築することができた。循環器科としても、今後より一層救急部門や感染症部門と連携して心疾患の安全で最適なタイミングでの治療を区東部・城東地域に提供し続けるとともに、コロナ禍における循環器診療体制の構築方法を発信し、東京都における循環器診療体制の底上げに貢献していきたい。

 

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