医療ガバナンス学会 (2022年6月22日 06:00)
Tansaリポーター
中川七海
2022年6月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
早くから危険性を認識し十分な対策を取っていれば、淀川製作所付近の住民の体内に高濃度のPFOAが蓄積される事態は避けられたはずだ。
Tansaは、情報公開請求で入手した大阪府によるダイキンへの聴取記録と取材により、ダイキンが少なくとも2002年にはPFOAの危険性を認識していた事実を掴んだ。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22122-1.pdf
ダイキン工業の井上礼之会長=ダイキン工業の公式ウェブサイトより
●ダイキン井上会長が目指した「フッ素化学で世界ナンバーワン」
1999年5月、ダイキン工業代表取締役社長の井上礼之(現・取締役会長)は関西経済同友会の代表幹事に就任した。井上は淀川製作所の副所長を務め、1973年には工場周辺の公害問題に対処する「地域社会課」の責任者となった。その後は出世の階段を上り、1994年に社長に就いた。
関西経済同友会の代表幹事就任を機に、井上は雑誌『イグザミナ』(1999年9月号)のインタビューを受ける。その中で、5期連続の増収増益という好調な業績について話題を振られ、次のように語った。
「売り上げの2割に相当するフッ素化学部門が好調で、世界第2位のシェアを占め、大型投資案件を多数抱えています」
フッ素化学部門とは、PFOAを製造している部門だ。ダイキンは淀川製作所が1940年代からフッ素化合物の開発に力を入れ、1960年代後半にはPFOAの製品化に成功した。高度な技術で先行する米国企業に「追いつけ追い越せ」で、ダイキンは世界8大メーカーと呼ばれるまで成長した。
井上は2002年3月号のイグザミナでもインタビューを受けた。この時も、フッ素化学部門への意気込みを語っている。
「今のような勝ち組と負け組が容赦なく峻別される時代にあっては、特に空調事業、フッ素化学事業においては、世界でナンバーワンもしくはナンバーツーにならないと負け組に入ってしまうことになります。米国のJ・ウェルチ元GE会長が言われたストレッチ目標、つまり、一見不可能に見えるほどの高い目標を掲げてやっていくことが大切だと思っています」
1999年と2002年のインタビューでの井上の言葉は、ダイキンの絶頂を思わせるものだった。
しかしこの頃、ダイキンの大手PFOAメーカーとしての土台を揺るがす事態が進行していた。
●米国企業「3M」と取引があったダイキン
震源地は米国だった。
2000年6月、米国の環境保護庁(EPA)がPFOAの人体への影響を懸念し調査の必要性があると公表した。その2年後にはPFOAメーカー大手の「3M」が、人体への危険性を理由に製造を打ち切ったのだ。
3Mは1950年代からPFOAを製造していたが、1960年代から同じPFOAメーカーであるデュポンと共同で動物実験を行い、その危険性を疑っていた。1978年にはサルにPFOAを投与する実験を行い、最高濃度を投与されたサルは1カ月以内に死亡した。1993年にはミネソタ大学の研究者が、3Mの工場の従業員を調べ、PFOAの曝露と前立腺がんとの因果関係を指摘した。
1998年からは、弁護士のロバート・ビロットの調査が始まり3Mはさらに追い込まれていく。ビロットは、公開中の映画『ダーク・ウォーターズ』で大企業によるPFOA公害の隠蔽を暴く主人公のモデルになった人物だ。
3Mとダイキンは、密接な関係にあった。
大阪府が2007年6月22日に行った聴取で、ダイキンは淀川製作所が3MからPFOAを調達していたと答えていたのだ。聴取記録をTansaが情報公開請求で入手した。
その3Mが2002年にPFOAの製造から撤退したのだから、ダイキンはPFOAの危険性を少なくとも20年前に認識していたことになる。さらに3Mがダイキンの取引先であったことを考えれば、ダイキンは2002年よりも前に危険性を知っていたと考えるのが自然だ。
ダイキントップの井上は、雑誌のインタビューを受けた時点で、3Mの動向からPFOAの危険性を知っていたはずだ。にもかかわらず、なぜフッ素化学事業で世界ナンバーワンを目指す考えを示したのだろう。
Tansaは井上にダイキン広報を通じて取材を申し込んだが、断られた。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22122-2.pdf
ダイキン工業淀川製作所の看板には、「こんなこと ここまでやるか これでもか」という標語が掲げられている
●ダイキンは従業員にPFOA検査してない?
米国では3MやデュポンのPFOA製造工場で働いていた従業員に、健康被害が出ていたことが分かっている。女性従業員が疾患をもった子どもを産んだケースもある。
ダイキンは自社の従業員がPFOAに曝露していないか、検査をしたことがあるのか。Tansaがダイキン広報に質問状を送ると、以下の答えが返ってきた。
「毎年の健康診断の中で過去のPFOA従事者の健康状態を把握していますが、PFOAに起因する健康影響は認められていません」
健康診断で状態を把握しても、PFOAに曝露しているかを調べなければ「PFOAに起因する健康影響」を知ることはできない。だがこの回答では、PFOAを検出するための血液検査をしているかどうか、わからない。この点を再度尋ねると、回答がきた。
「昨日お答えしましたとおり、毎年の健康診断の中で過去のPFOA従事者の健康状態を把握していますが、PFOAに起因する健康影響は認められていません。これ以上のことはお答えいたしかねます。ご理解のほど、よろしくお願いいたします」
従業員への健康影響を調べているかどうかすら、まともに答えられないダイキン。結局、ダイキンがPFOAの製造を打ち切ったのは2015年。3MがPFOAの製造をやめてから、13年後のことだった。
ダイキンがPFOAの危険性を知りながらブレーキを踏むのが遅れた理由は何か。次回以降、検証していく。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2022年1月14日時点のものです。
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