医療ガバナンス学会 (2022年6月23日 06:00)
この原稿はAERA dot.(6月1日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2022053100054.html?page=1
ナビタスクリニック(立川)内科医
山本佳奈
2022年6月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
【データが示す】ワクチン種類別・追加接種後の予防効果の推移はこちら
https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2022021500041_1&image=1
6月10日から外国人観光客の入国が再開されることが決まりました。当面は、添乗員付きのツアー客に限定し、観光目的の入国者を含む一日当たりの入国者数の上限は2万人とするといいます。約2年2カ月もの間の鎖国状態からの観光客の入国再開は、大きな一歩ではありますが、入国者数の上限の設定やツアー客のみ入国可能という措置では、ハードルがまだまだ高いと言わざるを得ません。
5月5日に英国の金融街シティーで岸田首相が講演した際、「主要7カ国(G7)諸国並みに円滑な入国が可能となるよう、さらに水際対策を緩和していく。日本は今後とも世界に対してオープンだ。ぜひ日本にお越しください」と述べたことが報じられています。
例えば、イギリスでは今年の3月中旬よりワクチン接種有無にかかわらず検疫措置は全て撤廃されており、フランスでは昨年2月中旬より、各国をグリーンとオレンジの2つの区分に分け、日本を含むグリーン国からはワクチン接種証明書があれば陰性証明書は不要、ワクチン接種証明書がなければ陰性証明書が必要になる措置がとられています。
アメリカは、米国行きの便に搭乗する2歳以上のすべての米国への渡航者は、フライトが出発する「1日以内」に受けた新型コロナウイルス検査の陰性証明書と新型コロナウイルスワクチン接種証明書の提示を入国条件としており、カナダは今年の4月以降、ワクチン接種が完了していれば、入国前の陰性証明書の提出を不要としています。
国内でのワクチン接種が進み、コロナ治療薬は流通に関しては十分ではなく処方制限もあるにせよ、全国の医療機関や薬局に配布されています。満員電車での通勤は特に問題にならず、日本人が国内旅行することは自由であるのにも関わらず、日本人以外(海外からの観光客)の国内への入国には依然として規制し続けるというのは、矛盾していると感じるのは私だけなのでしょうか。
マスク着用についても、5月20日に日本政府の見解が発表されました。屋外であれば会話がない場合、会話があっても距離が2メートル以上離れている場合、ランニング中、自転車を運転しているときは着用の必要はなく、屋内であれば通勤電車内など、人と距離を確保できない場合は会話の有無にかかわらず「着用を推奨」とし、距離を確保できる場合は、ほとんど会話しなければ着用は不要、会話するとしても十分な換気などの感染防止対策が取られていれば外すことも可能となりました。
しかし、日本においてマスクの着用義務はそもそもなく、感染予防対策の一つとして「マスク着用のお願い」がされてきました。つまり任意であるにも関わらず、首相は外国人観光客に対し、「日本のマスク着用ルールに従ってもらわなければならない」と述べ、旅行会社などを通じてマスク着用の徹底を求める考えを示したことが報じられています。日本人はマクス着用が任意であるのに、観光目的で入国してきた外国人に対しては、マスク着用の徹底を求めるというのも、これまた矛盾しているのではないでしょうか。
新型コロナウイルス感染症対策による厳しい行動制限のなかった今年の大型連休を利用し、2年ぶりにアメリカに行ってきました。今回の渡米で私が注目したことの一つ目は、「マスクの着用」についてでした。カリフォルニア州在住の友人からは「去年からもう普通に生活しているよ。ジムでたまにマスク姿を見かけるくらいで、ほとんどの人がつけていない。マスクしているのは、ワクチン接種していない人とか、重症化のリスクが高い人だと思う」と聞いていたからです。
2022年4月18日には、フロリダ州連邦地方裁判所が、米疾病対策センター(CDC)が策定した公共交通機関でのマスク着用義務の延長を無効とする判決を下しました。その結果、CDCが2021年1月29日に出した飛行機や電車、バスやフェリーなどの公共交通機関の車内および空港や駅、港などの交通拠点でのマスクを義務づける命令は効力を失い、CDCは公共交通機関の屋内におけるマスクの着用を引き続き「推奨」することに変更しています。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22123.pdf
空港で働く人たちはマスクをしていたが、空港を出た人たちはマスクを外していた(写真提供/山本佳奈医師)
その理由のひとつとして、最近の研究でコロナ感染の大部分はエアロゾルを介した空気感染によることが明らかになってきていていることが挙げられるでしょう。コロナ感染は主に屋内で起こり、換気することが感染予防に最も有効です。室内であっても換気を徹底すれば感染リスクが低くなることがわかってきていることから、4月18日の公共交通機関でのマスク着用義務の延長を無効とする判決を受け、米運輸保安局も公共交通機関でのマスク着用を求めないことを発表したのは、科学的であると言えます。
他に、ワクチンの普及と接種率の上昇、コロナ治療薬の開発、オミクロン株の感染拡大を含めたこれまでのコロナ感染など複数の要因から、マスク着用義務の延長は無効となったのでしょう。
CDCが公共交通機関の屋内におけるマスクの着用を引き続き「推奨」していることもあるのでしょうか。ロサンゼルス国際空港ではスタッフとして勤務する人を含め、マスクを着用している人を多く見かけましたが、空港から一歩外へ出ると、マスクを着けていない人がほとんどでしたので、空港を出ると自然とマスクを外していました。
ロサンゼルスやサンディエゴの街中では、多くの人がマスクをせずに日常を過ごしていました。もちろん、マスクを着用している人も見かけない訳ではありません。スーパーマーケットやファストフード、カフェなどのスタッフなど、不特定多数の人と接する仕事をしている人の多くはマスクを着用しており、また美術館や博物館、スーパーマーケットの中など室内では、マスク着用率が少し高かったように感じました。
CDCは、アメリカの各地の感染リスクをコロナの流行状況に応じて高(High)・中(Medium)・低(Low)の三段階に分けています。そして、そのリスクに応じたマスクの着用を推奨しています。具体的には、リスクが低い地域では「あなたの個人的な好みに基づいてマスクを着用してください」と書かれています。リスクが中等度の地域では、免疫が低下している場合か重症化のリスクが高い場合、あるいは重症化のリスクの高い人と接する機会が高い人にマスクの装着を推奨しています。そして、リスクが高度の地域では、「予防接種の状況や個人のリスクに関係なく、公共の場での屋内で適切なマスクを着用してください」となっているのです。
つまり、「個人がどの程度の感染リスクを負うかを考えて行動せよ」ということになります。私が訪れたロサンゼルスの感染リスクは中程度でしたので、ワクチンの追加接種を済ませていて、既往歴がなく重症化リスクの低い私は、「重症化のリスクの高い人と接する機会が高い人にマスクの装着をすればいい」ということになります。また、その後訪れたサンディエゴの感染リスクは低程度でしたので、「私の個人的な好みに基づいてマスクを着用すればいい」ということになり、私は自分で着用しないことを選択したということになるわけです。
新型コロナウイルスは根絶されず、共存していかなければならないとなると、誰かの指示に従うのではなく、マスク着用において個別具体的な判断が必要であるのではないかと私は考えています。