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MRIC Vol.22166 新型コロナ罹患学生の留年問題に思う

医療ガバナンス学会 (2022年8月15日 15:00)


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帝京大学大学院公衆衛生学研究科
高橋謙造

2022年8月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

オミクロン株の流行が下火傾向であった期間中に、SARS-CoV-2ウイルスに感染し、2022年5月17日にCOVID-19を発症し、医療機関にて診断を受けた東京大学2年生(理科III類)、杉浦蒼大君の単位認定が問題になっているようです。杉浦君と私は、福島県相馬市でワクチン接種事業に一緒に従事した同胞でもあり、1988年理科III類である私は彼の先輩にもあたるため、先輩として彼と話をしました。他学のことゆえ方針は異なると思いますが、彼の性格をよく知る者として、彼のCOVID-19罹患当時の状況を知ることができました。そして、彼から、大学の教員として注意すべきポイントに関して、いくつもの示唆をいただきましたので、MRIC誌に投稿させていただきます。

1. COVID-19の症状の負担は十分に鑑みなければならない。
記者会見等では、「呼吸困難や倦怠(けんたい)感、39度以上の発熱があり、1人暮らしのために介抱する人はなく、意識はもうろうとしていた。」とのことです。医療施設にて診断を受けているわけですから、詐病はありえません。
https://mainichi.jp/articles/20220804/k00/00m/040/357000c
5/17は彼の発症初日です。ここにおいて、39度の発熱があったということは、発熱前の前駆症状としてかなりの倦怠感や悪寒があったものと推測できます。これだけの症状があれば、COVID-19は疑ったでしょうが、とても動ける状態ではなかったものと推測します。また、様々の手続きを想定して、何を優先するか、といった判断も鈍っていた時間であると思います。
つまり杉浦君は5月17日から18日にかけては、発熱の初期症状で最も辛い時間帯の一つを経験していたことになるのです。そのような辛い状況下では、レポートを提出したりなどの動きは非常に負担であったことが推測できます。
オミクロン感染による初期症状としては、英国医学会誌(BMJ: British Medical Journal)主たる5大症状について、鼻汁、頭痛、疲労感、くしゃみ、咽頭痛と報じています。https://www.bmj.com/content/375/bmj.n3103.long
一般に軽症というイメージが有るようですが、実際に発熱外来等で患者さんとお話をすると、回答するのも億劫そうという方が多いです。
さらに、本人からの聞き取りで、杉浦君が感じていた呼吸困難の正体が推測できました。おそらくウイルス感染による喘息発作です。「発症前の16日まで、喉の相当な違和感と痰、鼻水が出ていました。発熱時、鼻詰まりはもちろん、口での呼吸もままならない程度でした。とにかく呼吸ができず、ヒューヒューと音を鳴らしながら、苦しさから意識朦朧としていました。」とのことですので、喘息であれば中発作レベルであり、積極的な治療が必要な状態であったでしょう。意識朦朧としていたのは、低酸素血症によるものかもしれず、ただ熱にうかされていたというわけではなさそうです。
先日4学会が合同で発表した(あまり評判が芳しくないと思われる)基準においても、救急車を呼ぶ必要がある症状として、「息が荒くなった」場合とありますので、該当してしまいます。
https://digital.asahi.com/articles/ASQ826JM7Q82UTFL019.html
無事に乗り越えることができたのは、彼に体力があったからというわけではなく、本当に運が良かったということなのでしょう。

2. 感染した学生に責任はない。
本人に聞いたところ、今回の記者会見により様々の非難を受けることとなり、その中には「感染は自己責任である」という内容もあったようです。この自己責任論は、空気感染が主たる経路であると考えられるCOVID-19論においては、非常に危険な勘違いで、今回の事例に限らず、様々の場面で相談を受けてきました。
すでに、本年3月28日に、国立感染症研究所(感染研)も「SARS-CoV-2ウイルスが空気感染を生ずる」ことを正式に認めました。
https://mainichi.jp/articles/20220329/k00/00m/040/168000c
また、東北大学の本堂毅先生を中心とする科学者グループは、「エアロゾル感染(空気感染が主たる原因であると認めるべき」と、感染研宛の公開質問状にて質しております。
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20220730/med/00m/100/001000c
このような科学的知見があり、しかも、無症状者が感染を媒介するという状況が存在するCOVID-19においては、どれだけ注意しても感染を回避することはできません。空気感染対策としては、効率的な換気が重要であることは論を俟たないのですが、自分自身の注意のみで換気を徹底することは困難です。したがって、換気の悪い場所において、感染を生じてしまった可能性が考えられます。これは責められるべきではないです。

医療者を育てるべき立場にいる大学教員の一人として、私が彼から学んだことをまとめると、以下の3点になります。
1) 「オミクロンは軽症」という一般的な言説に惑わされることなく、素人判断をせず、本人の症状や経過を丁寧に聞き取り、状況を判断すべきこと。
2) 病気のときに、何が辛いのか、どの程度の負担なのかをしっかりと考え、思いやること。これは医療者であるなら、必須の資質でもあります。
3) 感染症への罹患というときに、安易に自己責任論を振り回さず、色眼鏡で見ることなく、感染の背景を科学的に考えること。

体調が悪い中でも、レポートの提出を試みた杉浦くんは十分な責任感の持ち主であり、今回の辛い罹患経験により、きっと良い臨床家に育つであろうと思います。今後も、彼のような真っ直ぐな人間を応援して行きたいと思います。

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