医療ガバナンス学会 (2022年8月19日 15:00)
Tansaリポーター
中川七海
2022年8月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
ところが、ダイキンのかたくなな態度に風穴を開ける文書の存在が明らかになった。1977年にダイキンと摂津市が結んだ「環境保全協定書」だ。内容は、淀川製作所が地域住民に被害を及ぼした場合、ダイキンが補償するというものだ。
私がこの協定書をダイキンの執行役員ら幹部3人に突きつけたところ、彼らは明言した。
「摂津市から要請があれば協議は始めたい」
ダイキンからボールを投げられた摂津市は、どう対応するのか。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22173-1.pdf
ダイキン工業と摂津市が締結している環境保全協定書
●摂津住民みずから情報公開請求
私が環境保全協定の存在を知ったのは、2022年4月14日。摂津市内に住む吉井正人(仮名,70)の自宅を訪れた時のことだ。
吉井は昨年11月、京都大学名誉教授の小泉昭夫による血液検査で、非汚染地域の住民の、約40倍もの濃度のPFOAが検出された。ダイキン淀川製作所のすぐそばの井戸から汲んだ地下水で、畑の野菜や果物を育ててきた。採れた農作物を日常的に口にしていたことが、高濃度曝露の原因だと小泉はみている。
私はこれまで何度も吉井の自宅に通い取材を重ねてきた。この日は吉井が、モノクロ印刷の紙を差し出して言った。
「そういえば、こんなもん見つけたんです」
それが、ダイキンと摂津市との間で交わした「環境保全協定書」のコピーだった。
私が「これ、どうしたんですか?」と尋ねると、吉井は照れくさそうに言った。
「摂津市に情報公開したんです」
吉井は自身の血液から高濃度のPFOAが検出された時、「もう自分は年やから諦めますけどね、子どもや孫たちが心配です」と語った。みずから市役所へ問い合わせたり、ダイキンによる説明会に参加したり。1710人分が集まった摂津市民らによるPFOA汚染に関する署名にも加わった。ただ、情報公開請求までしていたとは思わなかった。子どもたちのために真実を追求する吉井の熱意に触れた思いだった。
●協定書「事業者は、被害の補償を誠意をもって行うものとする」
東京へ戻った私は、吉井から受け取った協定書を読み込んだ。
協定書は、1977年にダイキンと摂津市が交わしたものだった。当時は、度重なる公害にダイキンが手を打ち始めていた時期だ。
例えば1953年、淀川製作所近くの川や用水路の水を飲んでいた農耕牛が、2〜3年の間に47頭も死んだ。大阪府や大阪市など19の機関が調査し、死因は淀川製作所から流出したフッ素化合物による心臓障害と分析した。
被害は牛だけはない。1963年、淀川製作所からフッ素ガスが漏れ出す事故が起き、地域の農作物が被害を受けた。農家が抗議のため淀川製作所に押し寄せたほどだ。
1973年には、摂津市だけではなく隣の大阪市東淀川区までガスが到達。農家の野菜は焼け焦げ、340世帯が避難を強いられた。
ダイキンが公害対策委員会を設置したのは、その渦中の1970年だ。公害防止規定も定めた。
時を同じくして作られたのが、摂津市との「環境保全協定」だ。協定書は、次の前文から始まる。「将来の動向を考慮して」という文言が入っており、未来の公害も視野に入れている。
摂津市域の大気の汚染、水質の汚濁、騒音、振動、悪臭等の現状及び将来の動向を考慮して住民の健康を保護し、良好な環境の保全を図るため、摂津市と事業者のダイキン工業株式会社は、事業者の事業場を操業するに関し、相協力して公害関係法令等の定めに従って、摂津市域の自然的・社会的条件に応じた総合的な公害防止対策を推進することを確認し、次のとおり協定する。
前文に続いて、住民の健康と生活を守るための条文が並ぶ。私が注目したのは、第15条「被害の補償及び違反時の措置」だ。ダイキンから住民への補償を定めていた。
事業者は、事業場の操業に起因して公害が発生し、住民の健康及び財産に被害を与えたときは、その被害の補償を誠意をもって行うものとする。
●ダイキン広報部長が明言
協定書は、ダイキンが住民にPFOA汚染の補償をする切り札になるのではないか。
2022年6月7日、私と編集長の渡辺周はダイキン本社で幹部3人を取材した。
平賀義之 執行役員 化学事業、化学環境・安全担当
小松聡 化学事業部 企画部 環境技術・渉外専任部長
阿部聖 コーポレートコミュニケーション室 広報グループ長・部長
取材に先立ち、私はダイキンに環境保全協定に関する質問を送っていた。PFOA 汚染によって地下水や農地等を使用できなくなった住民に対して、協定に基づき補償するかを尋ねた。健康被害については調査が行われていないため、今は分かっていないが、財産への被害は明らかである。PFOA汚染が原因で地下水や農地を使用できなくなった住民がいるからだ。協定書を情報公開請求で入手した吉井もその一人だ。
ダイキンの回答は「現時点で、健康被害があると認識していないため、住民への補償は考えていません」。
しかし、これは答えになっていない。私は健康被害に対する補償ではなく、財産に被害を与えた住民に補償するかを尋ねているのだ。その点を強調して、改めてダイキンの幹部たちに尋ねた。
広報グループ部長の阿部が答えた。
「ここは摂津市との間の協定になってます。摂津市の方から、まだそういうような賠償云々の話にはなっておりませんので、我々の方として、現段階のところ賠償するというふうには考えておりません」
そうであればと、私は聞いた。
「摂津市がダイキンに要請すれば協議が始まるということですか」
阿部が明言した。
「摂津市から要請があれば、協議は始めたいと思います」
●摂津市「PFOAは協定に当てはまらない」
ダイキンは、摂津市からの要請があれば、協定書に基づき協議に応じる。住民を預かる摂津市にとってはチャンスだ。住民への補償をダイキンに迫ることができる。摂津市はどう対応するのだろうか。
私たちはダイキンを取材する6日前、2022年6月1日に協定書についての市の見解を取材していた。PFOA対策を担う生活環境部環境政策課から、2人の職員が対応した。
菰原知宏 課長
堀邊太志 計画指導係長
私はまず、環境保全協定の第5条について切り出した。「水質汚濁の防止」について次のように定めている。
事業者は、事業場から排出する汚水について、規制基準を遵守し、農業用水に支障を及ぼさない水質とする。
しかし、大阪府の直近の調査では、淀川製作所周辺の水環境から高濃度のPFOAが検出されている。国が定める1リットルあたり50ナノグラムの目標値に対し、用水路から130倍の6500ナノグラム、地下水から400倍の2万ナノグラムだ。地域住民は、農業用水としてこれらの水を使用することができなくなった。
「まず5条なんですけれども、これ農業用水に支障を及ぼしていますよね? 」
菰原は「あ〜はい、5条の1項に書いておりますね、はい」と言った。
ところが、こうした汚染と協定の関係については、驚くべきことを口にした。
「認識的にはPFOAはこの協定の中では当てはまらないというふうに感じております」
なぜだろう。
「その時はPFOAを想定していないので、この協定ではPFOAの規制というのは定まっていないというような認識です」
これに対して、渡辺が聞いた。
「この協定書は何か物質を特定して、それに関して支障をきたした時にダイキンと協議をするという縛りがあるということですか」
菰原は黙り込んだ。隣に座る堀邊も何も反応しない。沈黙が17秒間続いた。
●住民への補償チャンスを棒に振る摂津市
菰原や堀邊では話にならない。私は、市の法務を担う総務課に確認した上で、PFOAが協定の対象となるか否かを改めて回答するよう伝えた。翌日、菰原からメールで回答が届いた。
環境保全協定へのPFOAの適用可否について
本市総務課は、「契約や協定は、当事者間で締結するものであり、法令でないため、PFOAの環境保全協定への適用については、当事者間で判断するもの」の見解です。
これでは回答になっていない。私は当時者である摂津市の判断を知りたいのだ。メールで再質問した。
菰原の回答はこうだ。
さて、再度の問いに対して、「PFOAは環境保全協定に適応していない。」という認識です。
これまで摂津市はダイキンに及び腰だった。2009年以降、大阪府を交えた3者でPFOA汚染の対策会議を重ねてきたが、摂津市はダイキンに付き従うばかりだった。
例えば2020年6月30日。環境省による全国調査で、摂津市の地下水が全国ダントツのPFOA濃度だと判明した直後の会議でのことだ。ダイキンの担当者が「淀川製作所の敷地内の濃度は公表してほしくない」と要請すると、市の担当者は「汚染の原因はどこかと聞かれたら、今は『わからない』と答えている」と応じた。
協定書に関しては、及び腰になる必要はない。ダイキンが協議に応じると言っているからだ。それにもかかわらず、摂津市はチャンスを棒に振っている。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22173-2.pdf
森山一正摂津市長=摂津市公式ウェブサイトより
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2022年7月22日時点のものです。
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ダイキン「社外秘」文書入手!摂津でPFOA大量排出(令和の水俣「PFOA」No.6)
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