最新記事一覧

Vol.22187 医療事故調査制度のこれから

医療ガバナンス学会 (2022年9月9日 06:00)


■ 関連タグ

於曽能正博

2022年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

以下は、鹿児島県医療法人協会報vol.51に掲載された文章を少し改編したものです。「制度の名称の変更」や「報告数の少なさ」を議論するのはもう終わりにしようではありませんか。

●はじめに

私は第二次試案公表時(2007年10月)より医療事故調査制度に関心と危機感を持っていました。「現場の医療を守る会」(2014年春発足)に参加させていただき、私の所属する東京保険医協会を通じて医師法21条の拡大解釈に終止符を打つ作業にささやかながら貢献することができたと自負しております。
医療事故調査制度の創設の経緯は鹿児島県医療法人協会報vol.49、50号に詳記されていますが、現在の制度に落ち着くまで多くの関係者のご尽力がありました。
医療事故調査制度は院内調査を主体とし、法律で定義された医療事故のみを非識別化して医療事故調査・支援センターに報告する制度です。
報告書を自由に訴訟に使用できる日本では、現在の制度をこのまま維持すべきと考えます。報告要件を拡大してしまえば、医療現場に大きな負担となり感染症などの危機医療に対応できなくなる上、訴訟の増大に伴う医療者の萎縮により産科と救急医療から消滅していくことでしょう。

●名称変更について

「医療事故の名は医療過誤を連想させるので、医療側も報告しにくく医療を受ける側も報告時の説明を受けると過誤と理解しがちである。従って名称変更が必要である。」という議論です。しかし医療事故の定義は、幅広い分野にわたる多くの関係者による15年以上の長期間の議論の後、医療法第六条の十「当該病院等(病院、診療所又は助産所」)に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたもの」として明確に位置づけられ、2015年10月1日より施行されています。この法律用語である医療事故を他の意味で用いることは、過去この問題に携わった多数の関係者の努力を無にするのみでなく、無用の混乱を招く結果となります。参考として文末に「様々な定義の医療事故」を載せます。陰に、医療事故の報告が増えることによって利益を得る人々の存在があるように思います。医療事故の語を医療法で定義された以外の意味で使用する人たちに対しては無視するか正しい定義を教えてあげましょう。
繰り返しになりますが、医療事故の語は法律で定められた意味以外で使用してはなりません。無用なトラブルに発展する可能性があります。また、 医療事故の名称変更には法律の改正が必要となります。

●報告数は少ないのか

いまだに「報告数が少ない」との声がありますが、これは制度の無理解又は意図的な曲解が原因です。当初予想の「年間1300~2000件」は「医療に起因する死亡。又は予期しなかった死亡」で現在の医療事故の定義(「提供した医療に起因し、かつ管理者が予期しなかった死亡」)と異なり幅広く捉えた数字です。そして現在の医療事故の定義で捉えた予測値は存在しません。そして報告数は、 2016年406件・2017年370件・2018年377件・2019年373件・2020年324件・2021年317件と年々減少傾向にあります(但し、2020年及び2021年の報告数の減少は、コロナ感染の影響もあったとも言われています)。
報告数の減少は、管理者がこの制度を理解・勉強することによって予期の範囲を広げていった結果ではないでしょうか。

*薬剤誤投与による死亡には慎重な院内調査を
「薬剤誤投与による死亡」の場合は、「提供した医療に起因する死亡」かつ「管理者が予期しなかったもの」にあたる可能性があります。もし管理者が予期していたら当然それを阻止する義務が管理者にはあります。誤投与と死亡の因果関係を院内調査し、センターへの報告案件かどうか慎重に判断する必要があります。特に「誰が誤投与を行ったか」については部外秘の内部文書とし、外部に出さない配慮が必要です。もし、センターへの報告が必要となった際は非識別化にご留意ください。

●終わりに

どのような技術であってもヒトは失敗をせずに上達することはできません。どの分野における名人でも、大なり小なり必ず失敗を経験しています。失敗をインシデント(ミスはあったが患者に影響は無かった)に留め、アクシデント(ミスが患者に影響を与えた)にならないようにしなければなりません。たとえ、うまく診断・治療できた症例であっても反省点があります。死亡例となれば、必ず「あの時点であの検査・治療をやっておけば良かった」という反省点があります。この反省点は注意義務違反(=過誤)と取られやすいので、注意が必要です。また、再発防止策は個人の責任追及の道具とならないように留意しなければなりません。既に院内事故調査報告書やセンター調査報告書が民事裁判に提出された事例が10件以上確認されています。アクシデントをなくすために、管理者は常に研鑽を積み院内死亡例を全例把握し、職員を教育する必要があります。この結果、医療事故は減少していくことでしょう。これこそが院内調査を重視し再発防止に資する現在の医療事故調査制度なのです。

●参考・現在混乱を招いている医療法に基づかない医療事故の定義の例

A)日本医療機能評価機構
医療事故情報収集等事業
医療事故情報として報告する事例の範囲 2020年2月
(1)誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事例。(2)誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが、行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事例(行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事例の発生を予期しなかったものに限る)。(3)(1)及び(2)に掲げるもののほか、医療機関内における事故の発生の予防及び再発の防止に資する事例
私見:「医療事故」でなく「医療事故情報」です。非常に紛らわらしいのですが、医療法で定義された医療事故とこの機構の医療事故情報は全く別物であり、報告先や遺族への説明要件その他も異なる全く別の制度です。それぞれの制度を理解し、混同はぜひとも避けたいものです。

B)X医科大学病院
医療事故とは、医療者の医療行為や医療施設の設備、システムに原因を発したすべての人身事故一切を言い、医療者・管理者の過失に基づくものだけでなく、合併症や偶発症、不可抗力による場合も含む。また、患者だけでなく、医療従事者に被害が生じた場合も含まれる。
私見:X医科大学病院のホームページを辿っていくと2022年7月現在でも閲覧できます。院内文書だけならまだしもホームページで謳っている以上、事例によっては本来報告不要であってもセンターに報告せざるを得なくなったり、過誤と混同され不要な対応を迫られることはないのでしょうか。

C)リスクマネージメントマニュアル作成指針
2000年に厚労省から通達が出され2010年4月1日国立病院等が独立法人化した際に失効したのですが、現在でもウィキペディアなどで引用されています。日本で医療事故を最初に公に定義しました。詳細は省略しますが、医療事故・医療過誤・ヒヤリ・ハット事例をそれぞれ定義し、その対応を示しています。

医療事故
医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない。

ア 死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合。イ 患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合。
ウ 患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合。
私見:この指針で医療事故は厚労省によって日本で初めて定義されましたが、現在の医療法による定義と全く異なります。2010年に失効したのですが、なぜかまだ充分認識されていないようです。失効が周知されてしまうと困る方、あるいは失効を知りつつ敢えて使い続ける方がおられるのでしょうか。ネットで検索するとウィキペディア他、現在でも広く用いられています。

D)Y大学医学部附属病院医療事故調査委員会で使用している「医療事故」の定義について(以下、抜粋)
標記委員会名にも使用している「医療事故」については、平成27年10月1日から施行された改正医療法に基づく医療事故と定義を異にしています。委員会で使用している「医療事故」は、リスクマネージメントマニュアル作成指針などに示されている広義の「医療事故」として使用していることを付記いたします。
平成○○年○○月○○日Y大学医学部附属病院医療事故調査委員会

参考:医療法により新たに定義された「医療事故」は、「提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」である。通常の用語と概念を異にしている。
私見:Y大学のホームページを辿っていくと2022年7月現在でも閲覧できます。
改正医療法が施行されたのはこの文書のわずか2カ月前なので、当時としては仕方がない部分もあったかもしれませんが、7年経っても「改正医療法に基づく医療事故」を「通常の用語と概念を異にしている」と言い切っているのは、どういうお考えなのでしょうか。2015年の改正医療法施行により医療事故の概念は全く変わり(医療事故概念のパラダイムシフト)、通常の用語とは改正医療法に基づく医療事故を指すようになったのです。日本の法体系では、日本国憲法の下に医療法、その次に医療法施行規則、その下に通知があります。リスクマネージメントマニュアル作成指針は国立病院を対象とした既に無効となった通知です。このPDFは現在も閲覧できる状況ですが、無効になった通知を現行の法律より優先しているご様子から「法律を守るおつもりがお有りなのか」という疑問を抱いてしまいます。

●謝辞

この文章作成に当たって、多くの方々からご指導を賜りました。特に裁判提出事例数は、光生病院内科喜田裕也医師より情報提供を受けました。皆様方に厚く御礼申し上げます。

●参考文献(発刊順)

医療事故調査制度とは何か(小田原良治著)・幻冬舎
院内医療事故調査マニュアル・幻冬舎
医療事故調査制度運用ガイドライン(小田原良治、井上清成、山崎祥光著)・幻冬舎
鹿児島県医療法人協会会報vol.48・49・50
トラブルを未然に防ぐカルテの書き方(吉村長久、山崎祥光著)・医学書院
日本医療法人協会ニュースNo.458

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ