医療ガバナンス学会 (2022年9月8日 06:00)
元・血液内科医
平岡諦
2022年9月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
旧・統一教会によって「人生をめちゃくちゃにされた」犯人は、安倍元首相銃撃事件という、「行為による批判」を引き起こした。この事件が政治のダブルスタンダードの結末であろうことは前稿(1)で述べた。本稿ではこれら安倍政治のダブルスタンダードの根源について論考する。
●日本国憲法・第24条:
「二度の世界大戦を経験した人類は、「人間の尊厳」の普遍性に気づいた。そして、「人間の尊厳」を守るため、理想とする「恒久的な平和」と「普遍的な人権」を国連憲章と世界人権宣言・国連人権規約で表明し、実現に向けて国際連合として行動するという国際社会の枠組みを築いてきた。日本国憲法もこのような理想を掲げている」。以上は前稿(1)の冒頭部分だ。
そのような日本国憲法(以下、現行憲法)は「家族の在り方」も個々人の「人間の尊厳」に基づいたものだ。
現行憲法・第24条:第1項:婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
第2項:配偶者の選択、財産権、相続、住所の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
ここには、次に示す明治民法(1898年、明治31年)に規定された家父長制度の、否定の意味が込められている。
明治民法・第970条:被相続人の家族たる直系卑属は左の規定に従い家督相続人となる。
一 親等の異なりたる者の間に在りてはその近き者を先にする。
二 親等の同しき者の間に在りては男を先にする。
三 親等の同しき者の間に在りては嫡出子を先にする。
明治民法の家父長制度を端的に表現したのが『菊と刀』(2)の次の部分である。「性別と世代の区別と長子相続権とに立脚した階層制度が家庭生活の根幹になっている」。なお、明治民法で家は、戸主(家長)とその家族によって構成され(第732条)、家族は家長である戸主の命令・監督に服する、その反面、戸主は、家族を扶養する義務を負う(第747条)となっているようだ。
●自民党の『日本国憲法改正草案』第24条:
明治民法の家父長制度を否定し、「個人の尊厳と両性の本質的平等」に基いた家族を規定しているのが現行憲法だ。それを否定し、「家族の意向を優先させる」という古い考えを持ち込んだのが、自民党の『日本国憲法改正草案』(2012.4.27)(以下、自民党改憲案)である。
自民党改憲案・第24条:家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
第2項:婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
第3項:家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
現行憲法との違いを纏めると次のようになる。「婚姻」より先に「家族」についての基本原則を掲げた(第1項)。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」から「のみ」を削除した(第2項)。そして、現行第2項から「配偶者の選択」を削除した(第3項)。
この違いの意味するところは、(婚姻だけでなくその他のことについても)「家族の意向を優先させる」ということになる。巧妙な言い回しであるので理解するのが困難であるが、安倍元首相銃撃事件を考察する上での最重要ポイントである。
同様の巧妙な言い回しは、日本医師会の「医の倫理」を検討した時にも見られた。「患者の人権を擁護する」とは言わずに、「患者の人権を尊重する」としか言わないのだ。その意味するところは、(尊重するが)「第三者の意向を優先させる」(時もある)と言うことだ。「学」の意向を優先させた和田心臓移植事件、「産・官」の意向を優先させた水俣病事件、そして「産・官:学」の意向を優先させたHIV薬害事件という不幸が起きた(3)。
初めて首相になった後の2007年の年頭記者会見で「憲法改正を私の内閣で目指していきたい」と表明し、自民党改憲案の発表(2012.4.27)は自民党が野党であったがその年の衆院総選挙(2012.12.16)に圧勝し第2次安倍内閣をスタートさせ、2014年には歴代内閣の憲法解釈をあっさり覆して閣議決定で集団自衛権限定行使を決定してきたのが安倍元首相だ。「解釈改憲」とも呼ばれた(根拠とした「高村理論」の矛盾について:4)。
ここまでする安倍元首相にとって、「家族の意向を優先させる」ことを当然と考えていても不思議ではない。だから冒頭に述べたように、施策において「女は家庭で家事・育児」という古い考えが見え隠れすることになるのだ。
●安倍元首相は、どうして旧・統一教会と仲が良かったのか?
旧・統一教会は名前を変えて世界平和統一家庭連合となった。「家庭」を大事にしていることが見て取れる。実際、そのHpで家庭連合の結婚観、家庭観を次のように述べている。「人は結婚を通して夫婦となり、家庭を築くことを通して、初めて人生の目的を達成し、幸せになることができる」。
言い換えれば、「結婚」「家庭」が無ければ幸せになれないと言うことであり、「結婚」「家庭」の押し付けである。さらにHpでは次のように述べている。「家庭連合では、運命の人かどうかは自分だけで判断できないと考えて、神様があらかじめ準備した人を探すサポートをしています」。創始者・文鮮明総裁のサポートにより決めた「運命の人」との結婚式、それが日本からも芸能人を含む多数が参加した合同祝福結婚式と言うことのようだ。
「(結婚相手を)自分だけで判断できないと考える」、この考えは現行憲法に反する考えだ。この考えに基づく合同祝福結婚式は現行憲法に反する行為ということになろう。旧・統一教会はそのような宗教団体ということだ。
旧・統一教会では「神の決めた結婚相手」、自民党改憲案では「家族の意向を優先させる」結婚、いずれも「両性の合意のみ」とする現行憲法に反する考えである。改憲を目指す安倍元首相が旧・統一教会と仲が良かった理由の一つがこの共通点だろう。現行憲法を守るべき日本国の首相が、現行憲法に反する考え、反する行動をしている宗教団体に賛意を与える(例えばビデオメッセージ)、ここにダブルスタンダードが成立したのだ。
そのような宗教団体への高額の寄付によって家庭崩壊をきたし、「人生をめちゃくちゃにされた」(人間としての尊厳を奪われた)と思うようになった銃撃犯が、その銃口をたまたま狙いやすかった安倍元首相に向けたのも理解できるところだ。もちろん犯人は、殺人罪として法による処罰を覚悟していたのだろう、取り押さえられた際に抵抗も逃げようともしなかった。
安倍政治のダブルスタンダードの起源は自民党改憲案である。現行憲法に反する考えを持つ宗教団体、その被害家族、それらを介して安倍元首相銃撃事件という結末を見た、ということになる。安倍元首相の国葬と同時に、自民党改憲案も国(自民党)として葬って欲しいものだ。そうしなければ同じ不幸が繰り返されるだろう。
●なぜ、多くの政治家と旧・統一教会との「持ちつ持たれつ」が生じるのか?
片や、宗教団体(法人)に対する税の優遇措置(法人格を決めるのは政治家であり、高額の献金も課税されない)、方や、選挙応援だろう。宗教団体が政治活動をすることは自由である。しかし、政治団体に転化した宗教団体や、政治活動をする別団体への資金提供をする宗教団体(マネーロンダリングとも考えられる)、これらへの「宗教団体に対する税の優遇措置」を剝奪すればよい。信教の自由と税の優遇措置とは無関係である。霊感商法の被害救済などに矮小化してはいけない。
(1)平岡諦:「ダブルスタンダードの結末:政治の世界、そして日本医師会」2022. MRIC No.22154
(2)ルース・ベネディクト、長谷川松治 訳:『菊と刀』 講談社、2005. p.67
(3)平岡諦:『医師が「患者の人権を尊重する」のは時代遅れで世界の非常識』 ロハス・メディカル 2013
(4)平岡諦:『憲法改正 自民党への三つの質問 三つの提案』ウインかもがわ 2017, p.201