医療ガバナンス学会 (2010年9月29日 06:00)
医師 村重直子
※THE WALL STREET JOURNAL 【日本版コラム】に掲載された記事の転載です。
http://jp.wsj.com/Business-Companies/Technology/node_100287
2010年9月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
東京、長崎などで、インフルエンザによる学級閉鎖が始まっている。
昨年の新型インフルエンザ流行の際、日本政府はパンデミック(感染症の大流行)対策でもっとも重要なワクチン供給に後れを取った。だが、このようなこと が起きた原因についての検証も十分でなく、再発防止しようという方針もみられない。パンデミックは、いつまた起きるかわからない。政府は、こうした失敗を 繰り返さないといえるのだろうか。
例年の「季節性」インフルエンザ・ワクチンの国内製造量は年間約2500万本(1本1ミリリットル換算)。つまり1回0.5ミリリットルとして約 5000万回分だ。昨年「新型」が発生したとき、「新型」と「季節性」の両方のワクチンを作る必要に迫られたが、急に製造ラインを増やすことはできない。 一方、「新型」ワクチンの需要は全国民分といってもよいほど膨大なため、十分な「量の確保」と「迅速な供給」が、政府の大きな課題であった。
当初、厚生労働省の発表では、国民の1割強分しか供給しない予定だったが、舛添厚生労働相(当時)が、8月下旬に国内産に輸入分を加えて「6000万人から7000万人分のワクチンは確保できると思う」との見通しを示し、国民のほぼ半数分の量の確保にメドを付けた。
だが、9月の政権交代とともに生じた政治の空白期以降、厚労省の動きは遅かった。流行ピークだった10月、11月、多くの人々が不安を抱え、ワクチンを 打ちたいと思っていた時に、厚労省が供給したのは国内産ワクチンだけ。それも10月に人口の0.9%、11月に人口の3.9%分に過ぎなかった。ちなみに ほぼ同時期に流行ピークを迎えたカナダでは、10月に人口の17%、11月に人口の37%分を供給した。
日本で輸入ワクチンが供給され始めたのは、なんと翌年の2月12日だった。すでに流行ピークも過ぎ、弱毒性だという認識が広まっていたため、ワクチンを打ちたいと考える人は少なく、結果的に輸入ワクチンは余ることになった。
なぜ供給までに時間がかかったのか。舛添前厚労相退任後のワクチン承認プロセスは遅く、その経緯をみると、厚労省が真剣に輸入しようとしていたのか疑い たくなるような不透明な点があった。国立感染症研究所(感染研)は、輸入ワクチンの承認に際し、輸入ワクチンをモルモットに投与したら死んだというデータ を発表した。だがその試験方法には問題があるといわざるをえない。体重約50キログラムの人間でも0.5ミリリットルしか接種しないのに、体重約400グ ラムのモルモットに人間の10倍量を投与したのだ。1250倍もの大量投与である。
ドイツ当局は、メーカーから見解を求められ、この結果はワクチンの異常毒性によるものではなく、不適切な評価方法を使ったためだと回答している。海外で は既に、少なくとも4480万回分もの人間への使用実績があったワクチンだ。厚労省寄りの委員が多い薬事・食品衛生審議会薬事分科会でも、さすがに「この 結果は無視していい」と指摘され、ようやくワクチンは承認された。このような不適切な発表をして、輸入ワクチンは危険であるかのような誤った印象を世間に 広げたことを、厚労省はどう考えているのだろうか。
この発表をした感染研は、厚労省が人事権をもつ組織であり、自らワクチンの開発も行っている。その感染研が、国内で使われるワクチンの承認プロセスにも 関わっているのだ。輸入ワクチンがなかなか承認されなかったのは、国内メーカー4社が独占しているインフルエンザ・ワクチンのマーケットに、輸入ワクチン が流入するのを防ぎたいという意図が働いたためではなかったのか。厚労省は、「国産ワクチン生産能力向上」のため、21年度2次補正予算で950億円の補 助金を国内メーカーに振り分ける方針も示している。厚労省は、国民の命を守るよりも、国内メーカー保護のための護送船団行政を続けようというのだろうか。