医療ガバナンス学会 (2022年9月12日 06:00)
この原稿は、医療タイムスに2022年6月15日に掲載された内容を転載しました。
公益財団法人ときわ会常磐病院 乳腺外科医
尾崎章彦
2022年9月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
常磐病院の母体であるときわ会が主催する市民公開講座「次世代が作る新しい未来のカタチ」が6月5日、開催されました。
考案者は、ときわ会2代目で現理事長の常盤傑先生です。常盤先生はいわき市ご出身で地元の名門磐城高校をご卒業後、岩手医科大学に進学されました。そして、2006年に大学を卒業後、泌尿器科医として岩手県内の複数の医療機関の勤務を経て、14年からは、ときわ会において、臨床業務と組織運営に携わってこられました。
常盤先生によると、今回このイベントを考案した背景には、「自分が子どものころのいわき市にはもっと人が溢れ、元気だった」という危機感があったとのことです。確かに、現在、夕刻であってもいわき駅周囲には人が疎らですし、日本三古泉に数えられる湯本温泉も、11年に発災した東日本大震災と福島第一原発事故の影響もあり、近年は苦戦しています。
このような現状も踏まえ、「いわき市の若者(特に、中高生)に地元をもっと好きになって、地元を盛り上げていって欲しい」という未来志向の考えに基づき、常盤先生は、若者をターゲットとしたイベントの開催に動いたのでした。
■いわき市を代表するパネリストが登壇
当日は、市内でさまざまな分野で活躍している人たちがパネリストとして登壇。自身の活動やいわき市に対する思いを紹介してくださいました。具体的には、スパリゾートハワイアンズのエンターテイメント部リーダー・猪狩梨江さん、元JリーガーでいわきFCトップチームコーチ・渡邉匠さん、市内の有名フレンチレストランHAGIのオーナーシェフ・萩春朋さんです。
この3人の活躍はいわき市を超えています。実際、スパリゾートハワイアンズは、その前身の常磐ハワイアンセンターを取り上げた映画「フラガール」が日本アカデミー賞を獲得したことで有名ですし、今年からJ3に上がったいわきFCも、現在リーグで上位争いをし、J2への昇格をかけて戦っています。また、フレンチレストランHAGIは、現在、グルメサイト「食べログ」において、福島県内で最も点数が高いお店に位置付けられています。まさに、いわき市を代表するような組織・個人がパネリストとして集いました。
■印象に残った「理念が重要である」
そのような市民公開イベントの中で、筆者が印象に残ったのは、渡邉さんや萩さんの「理念が重要である」という言葉です。
例えば、いわきFCの理念は、サッカーを通じて地域に貢献し、東日本大震災で被災したいわき市の復興に貢献することです。確かに、J1、J2への昇格を目指して日々戦っていますが、昇格は決して最終的な目的ではなく、市民や復興に貢献するための手段であるということでした。
渡邉さんは、いわき市の小名浜地区出身です。中学卒業後単身いわき市を離れ、Jリーガーとして長く活躍された後、いわきFCの理念に惹かれ、地元に戻ってきたとのことでした。小名浜地区出身の私の患者さんによると、渡邉さんは、「地元の誇りである」とのことです。
また、萩さんは、11年の震災前から市内でレストランを運営されていましたが、そのころは、「自分が勉強してきた東京やフランスの料理をいわきの人たちに食べてもらいたい」という思いで仕事をされていたそうです。その後、震災の影響でレストランには1年にもわたって予約が入らない日々が続き、精神的に大変追い詰められました。
が、その大変な時期に、地元のいわき市の農家さんに無償で野菜をいただいたり、炊き出しに参加したときの経験から、いわき市の野菜のおいしさを知ります。そして、「大変な時期を支えてくれたいわき市の農家さんに恩返しする」ことを目標に、いわき市の野菜を主役に据えた料理を振る舞うようになり、現在の活躍につながってきたとのことでした。
萩さんもやはり、食べログなどでの高評価は必ずしも自分の目的ではなく、「自分が本当にうれしいのは、いわき市への自分の気持ちを分かってくれるお客さんに出会ったときである」とおっしゃっていました。
スパリゾートハワイアンズの猪狩さんは、特に「理念」とはいわれませんでした。しかし、ハワイアンズで活動される皆様の気持ちの根っこには、先に紹介した2人と同じ思いがあると感じています。
もちろん、登壇者の皆さんは、たゆまぬ努力をされていることはいわずもがなです。例えば、萩さんは、舌の訓練として、日々「畑の土や(食べることができる)雑草を口にしている」といわれてました。
また、いわきFCでは、「日本のフィジカルスタンダードを変える」という思いで、フィジカル面に重きを置いたトレーニングを日々行っているとのことです。
すなわち、ここで私が申し上げたいのは、自身や所属する組織の活動の基盤となる理念がぶれないことで、日々の努力が成果にダイレクトに結びついてきたということです。
■将来を見据え、違う土地で生きる
実は、この市民公開講座に、筆者もパネリストの一員として参加させていただきました。今回の発表は中高生が対象でしたから、筆者は、彼らのキャリアにフォーカスした話をしました。
具体的には、「大学受験だけではなく、大学入学後の将来も見据えて中学・高校時代を過ごすこと」「自分が生まれた場所とは違う土地に生き、さまざまな立場の人たちと交流すること」の重要性についてです。
もちろん若者に他地域への移動を進めることは、短期的にはいわき市における活力の低下につながる可能性があるのは事実です。ただ、私もそうでしたが、生まれ育った地域を離れ、縁もゆかりもない地域に移り住むことは、若者にとって大いに刺激となり、彼らの人生を豊かにしてくれるはずです。
また、いわき市にとっても、猪狩さん(猪狩さんは福島県双葉地方出身)や私のように、もともと地元に縁がない人たちがいわき市内で活動したり、萩さんや渡邊さん、常盤先生のように、1度は市外に出た人たちが再度市内に戻ってくることは意味があると考えています。そのような動きが活発になることで、いわき市内でもさまざまに交流が進み、地域がより豊かなものに変わっていく可能性があるからです。
最後になりましたが、休日にもかかわらず、当日は多くのときわ会スタッフが運営に携わっていました。日ごろお世話になっている人たちへの感謝を忘れず、引き続き地域のために活動できればと考えています。