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Vol.22190 今そこにある危機「アニサキス」

医療ガバナンス学会 (2022年9月13日 06:00)


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相馬中央病院 内科医長
原田文植

2022年9月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今年8月13日早朝、50代男性が当院に救急搬送されてきた。
「みぞおちが滅茶苦茶痛い。何度も吐いている」
男性はお盆で妻の実家に帰省していた。相馬市にある妻の実家で、たらふく刺身を食した。明け方に嘔吐と心窩部激痛で悶絶した。男性は2週間前にも千葉の病院に同症状で救急搬送されている。「前回と全く同じ症状です」医師ではない男性のとっても診断は容易だった。今回もまた「アニサキス症」だ。「たった2週間でよく刺身を食べる気になったよね?」と嫌味混じりで質問したところ、妻の実家のおもてなしなので「さすがにそれほど食指は動かなかったが、無理をして食べた」のだそうだ。ちなみに妻の実家はみな刺身が好きではなく、娘婿のために奮発したという。男性はほとんど一人で完食したらしい…

昨年6月、コロナワクチン接種数時間後に全身蕁麻疹を発症し、夜間救急外来を受診した70代の女性がいた。女性は蕁麻疹を「ワクチンの副反応」と思い込んでいた。点滴で蕁麻疹は改善したものの翌日再受診を促した。蕁麻疹はすっかり消えていたが「胃が少しシクシクする」と言っていたので、もしや?と緊急胃カメラを行った。なんとアニサキスが10隻!蕁麻疹の原因はアニサキスだったのだ。ワクチン当日に漁師から譲り受けたヒラメを食していた、という情報を入手したことが診断の決め手だった(この症例は論文化している Allergic reaction to anisakis-contaminated fish after the first administration of BNT162b2 mRNA vaccine: a case report | Gastroenterology Report | Oxford Academic (oup.com))。

アニサキスが旬だ
アニサキスが話題に上らない日がない、というほど注目されている。有名芸能人が立て続けにアニサキス症になり、メディアを通じて激痛の経験を語った。SNSもアニサキスの知名度は上げるのに貢献している。

アニサキス症は、アニサキスに寄生された生魚や加熱不十分な魚介類を食べることで引き起こされる寄生虫症だ。多くは胃アニサキス症であるが、たまに小腸アニサキス症や大腸アニサキス症も存在する。
典型的な症状は、冒頭の症例のように、摂取後数時間以内に起こる激しい上腹部痛であり、時に、吐き気や嘔吐、蕁麻疹などのアレルギー反応を引き起こす。
これまでアニサキス症は、スペインや日本など、生魚や加熱不十分な魚を伝統的に食する国に住む人々に限定されていた。実際、2010年以前に報告されたアニサキス症の90%以上が日本からのものだった。しかしながら、近年アニサキス症を発症する人口が増加し、世界各国からアニサキス症に関する症例が多数報告されている。その要因として、交通網の整備、国際市場の拡大や生魚の消費量の増加、人口の移動などが考えられているが、何より認知度が上がっていることが主因だろう。まずアニサキス症を疑わないことには、なかなか診断に至れないからだ。そして、後述するが、気候変動とくに地球温暖化がアニサキスを大量発生させている可能性がある。

福島県相馬市におけるアニサキスの状況
私が勤務する相馬市は世界有数の漁港である。知人同士や漁師さんとの間で魚介類の贈答が日常的に行われているため、アニサキス症の発生数も多い。ところが、冒頭の患者さんのように複数回発症する人が存在する反面、地元で生活する人々にも意外とアニサキス症は認知・警戒されていない。相馬市で生まれ育った50代のF医師も「医師になるまで存在すら知らなかった」と言っている。
当院の職員に調査しても皆、口を揃えて「怖いよねえ」とは言うものの、日常的に刺身を食しているし、意識に上がることもないらしい。「知り合いでアニサキスになった人はいない」と答える人がほとんどだ。相馬市においてもようやく話題に上るようになってきているのもメディアのお陰が大きいようだ。
相馬市では、刺身を食べるときは、信頼できる魚屋さんで購入するか、知人から譲り受ける人が多い。鮮度や処理を含めて「信頼関係」で入手しているのであろう。そこにアニサキスの実態は見えてこない。ただし、漁港や生魚を取り扱うプロは一生懸命処理をしている。実際に現場を見学させてもらったが、まずは肉眼でチェックし、窓からの陽の光に照らす。ブラックライトを使うこともあるそうだ。アニサキスは体長2~3cmなので、視力が悪いと見落とす。現場の調理師の方いわく「高齢になると除去が甘くなるかもしれない」とのことだ。
陰で行われている処理の部分を見せないのは他の調理でも同じだ。子供たちの大好きなハンバーグでも解体から全行程を見せられれば食指は動かなくなってしまう。美味しく食卓に並ぶまでには血なまぐさい生々しい作業が存在するのであり、それを見せてしまっては食べる気が失せてしまう。ちなみに、当院の院長は福島県浜通り浪江町の出身である。幼少時「刺身を食べた記憶がない」と言っていた。アニサキス症の存在は知らなかったが「食あたり」を起こすものとして避けられていたのだそうだ。一般家庭で刺身が食されるようになったのは、意外と新しい「文化」なのかもしれない。

相馬市に限らず、我が国のアニサキス症の報告は年々増えてきている。報告数の増加に伴い、2012年12月、食品衛生法施行規則が一部改正された。アニサキスが食中毒の病因物質の種別として追加され、監視体制が強化されることになった。保健所への届け出も義務付けられた。しかしながら、報告される症例は氷山の一角だ。営業店や、魚を貰った知人に配慮して届け出していないケースが多いというのが実状だ。

特にこれから「旬」のサンマの季節にアニサキスはぐっと増える。相馬地域では、おろしニンニクでサンマの刺身を食べることを楽しみにしている人が多い。
非常勤のS医師は数年前にアニサキス症を実際に経験した。夕方サンマの刺身を食し、夜中に蕁麻疹が出現。明け方に激しい心窩部痛を自覚し「アニサキスだな」と自ら運転し救急外来を受診した。悶絶するような痛みだったそうだ。その後、一か月間は刺身を食べる気がしなかったとのこと(今は普通に食べているそうだが…)。
今年はサンマ漁が不調のようだ。「鉛筆みたいなサンマばかりだ」と、かつて市場を経営していた患者さんは言っていた。温暖化が影響しているらしい。この秋、当院ではアニサキス症発症数は減るかもしれない。

アニサキスが癌の原因に?
近年、アニサキス症の長期的合併症も懸念されている。アニサキスの慢性感染が、出血性胃潰瘍、好酸球性食道炎発症につながったケースが報告されている。さらにアニサキス感染が胃がんや大腸がん発症の危険因子となり得る可能性が2015年スペインの論文で指摘されている(Previous Exposure to the Fish Parasite Anisakis as a Potential Risk Factor for Gastric or Colon Adenocarcinoma – PubMed (nih.gov))。
最近の知見によると、多くの癌は感染症が原因であると想定されている。子宮頸がんの原因としてのHPV、肝細胞癌の原因としてHBVやHCV、胃癌の原因としてのピロリ菌などはよく知られている。寄生虫感染では、日本住血吸虫の慢性感染で肝硬変から肝細胞癌に至ることが知られている。アニサキス感染と癌との関連に関する報告は上記を除いてほとんど存在しないが、今後あきらかにしていく必要がありそうだ。

冒頭2例目の患者さんのように腹部症状の乏しいだけではなく、症状がまったく出ない人もいる。当院では2008年から現在まで胃癌健診を1500件ほど行っている。検査中にたまたまアニサキスを発見したケースが3件ある。被検者は全員「自覚症状なし」である。ということは、アニサキス症になったものの無自覚な人が相当数存在しているはずである。
アニサキスはアナフィラキシーショックを起こすこともあり、ある女性は、刺身を食べたあと過去に2度ショック状態に陥った。アニサキスアレルギーと診断され、二度と刺身は食べられなくなってしまった。サバアレルギーと診断されている患者さんの中には、アニサキスアレルギーも相当含まれているという報告もある。
以上から言えることは、アニサキス症は過少診断されている可能性が高いということだ。アニサキス症は年間2万人程度が罹患しているとも推定されている。実際の報告件数(1000に満たない)とはかなり乖離している。慢性感染に関する詳細が不明な現段階で言えることは「わかっていないことが多いので、感染しないに越したことはない」である。

地球温暖化でアニサキスは急増する?
先日、魚の加工処理をする業者に直接取材した。解体された平目からアニサキスがウヨウヨと現れた。基本的にすべての魚にアニサキスはいるのだそうだ。プロは知っている。とりわけ、アンコウのお腹はアニサキスだらけだとか。アンコウは鍋で食べるが、刺身で食べない。実は刺身で食べて美味しい魚は限られている。沖合の魚の方がアニサキス率は高いとも言っていた。理由は「水温が高いから」だそうだ。水温が上昇するとアニサキスは増えることはよく知られている。地球温暖化で海水温が上昇すれば、アニサキス増殖に適した環境となるということだ。
今年、地中海の海水面の温度が例年より4~5度高くなっていて、海水温の上昇ペースも世界最速となっているそうだ。海水温の上昇は生態系にも影響する。本来地中海に生息しないはずの海洋生物が増えている。日本同様、地中海沿岸の地域ではマリネなど加熱調理が十分ではない食文化が豊富だ。地中海でアニサキス症が一気に増える可能性がある。地中海沿岸に限らず、温暖化による海水温の上昇で世界中にアニサキス症が拡大する可能性も十分にあり得る。余談だが、世界的に和食がブームらしい。健康志向がブームを後押ししているそうだ。健康のためと思って慣れない生食をすることでアニサキス症になってしまうのであれば、本末転倒としか言いようがない。

どう対策していけばいいのか?
アニサキス症を確実に防ぐには60度で1分の加熱をする、もしくはマイナス20度で24時間の冷凍をすることだ。そのまま生で食べてはいけない。丹念にアニサキスを取り除くという作業が確実にできるのはプロだけだ。要するに職人の世界なのである。冷凍技術は格段に上がっているので、冷凍処理をしても、生と遜色ないどころかむしろ、生より美味しいと感じるような技術も進んでいるらしい。
よく噛むことも発症予防に有効だ。口腔内でアニサキスを切り刻むことでアニサキスは死ぬ。アジの「なめろう」や、イカの刺身に包丁で切れ目を入れるのは、アニサキス予防の知恵だ。早食いの人は気をつけた方がいい。

アニサキスだけを除去する技術も格段に上がっている。養殖魚の刺身ではアニサキスアレルギーがほとんど生じないという報告もある。アニサキスが注目されることで、さまざまな技術開発が進むことはビジネスにもつながる。大阪大学は、アニサキスの「匂い」を感知する能力を利用して早期癌を発見につなげる研究を進めている。

2011年焼肉レストランで生ユッケ大量食中毒発生以降、牛肉の生食ができなくなった。アニサキスが話題になることで、魚の生食も禁じられるようになっては困る。寿司、刺身は日本の文化だ。食文化を守るには正しく知識・知恵を身につけるしかない。アニサキスの研究の歴史は浅く、過少診断されている現状も含め、まずは臨床現場を担う医師の意識改革が必要である。

また、ほとんどの外国にとって生魚を食することは「輸入文化」である。地球温暖化にともない、今後アニサキスが世界的に増加することを考えれば、先輩国・日本の担う「指導者」としての役割は大きい。さらなる研究と有意義な発信を続けていきたい。

 

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