医療ガバナンス学会 (2010年10月6日 06:00)
パンデミックウイルス対策、日本版CDCの設立と権限の移譲を
わだ内科クリニック院長
和田眞紀夫
2010年10月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2010年10月1日よりいよいよ平成22年度のインフルエンザの予防接種が始まる。
骨組みとしてあるのは通年の季節性インフルエンザに対する定期接種で、これは平成13年の改正予防接種法に基づいて実施されているもので、基本的には65歳以上の高齢者のみが対象となっている。
二類疾患という位置づけで、集団の防疫を目的とするものではなく、あくまでも個人の予防を目的とする予防接種と見做されていて、公式のガイドラインにも「予防接種を受けるように努める必要はない」と書かれている(「努力義務は課せられていない」と説明されている)。
これに加えて昨年同様、「ワクチン接種事業」というA/H1N1パンデミック2009用の緊急避難措置的な臨時接種事業が繰り返されることになっている。 この非常時接種を行うために医療機関はまたしても昨年同様に厚生労働大臣との間で契約書を交させられた。しかもこの契約書にサインしなければ、季節性の3 価のワクチンも供給してもらえない決まりになっているというからさらに状況は深刻だ。
どうしてこのようなことになったかというと、この3価のワクチンにA/H1N1用のワクチンが含まれているからというのだ。すなわち、この3価ワクチンを 用いた予防接種は定期接種とワクチン事業の両方の性格を備え持った予防接種だと説明されている。本来この異常な締め付け体制下の予防接種を法制化しようと して間に合わなかったという裏事情が存在する(改正予防接種法による「新臨時接種」と呼んでいて、11月には法制化されると見込まれている)。
すなわち、ワクチン事業を継続するためには感染症法の後ろ盾が必要であり、そのためにパンデミックの終息宣言が出せないのである。これはまさに本末転倒であり、医学的な判断とは程遠いところでパンデミック終息宣言が引き伸ばされているのだ。
そもそも法律を整備しなければ何の事業も行えないというところに厚生労働省の抱える構造・機構上の致命的な欠陥がある。
すくなくともパンデミックウイルスのような緊急を要する危機的状況にあたっては新たに法律を作っているのではとても間になわない。このような危機管理を一省庁が任されていること自体がそもそも実態にそぐわない。
A/H1N1パンデミック2009に対してでさえ、この1年間にやらなければいけないことは山積みだったにもかかわらず、ほとんど何の対策も立てずに見過 ごされてきた。遺伝子検査体制にしても米国に比べれば大人と子供の差ほどの開きがあるし、縦横の情報伝達機構の整備や地域医療体制の物的・人的拡充、ワク チンや検査キットの供給体制の整備など、これらの多くは全く何も手をつけられていないといっていい。「インフルエンザに対する総括的な対策」といいなが ら、この1年間は予防接種の法改正だけに振り回されていたようにしか見えない。
いま我々国民がインフルエンザに関して一番知りたいと思っていることは何なのだろうか。去年あれほど大騒ぎになった新型インフルエンザは今どうなっている のか。この秋から冬にかけてまた流行する可能性が高いのか。そうではないのか。それに対してどのような対策をとったらいいのか。ワクチンは接種したほうが いいのか。妊婦や乳児はワクチンを接種した方がいいのか。このような単純・素朴な疑問に対してさえ国は一切説明をしない。
情報を閉ざしているのかといえば、おそらくそうではなくて情報を持ち合わせていないのだ。彼らもわからないのだ。このようなことは法律を作るだけでは解決しない問題ばかりだからだ。
筆者はいまこそ日本版CDC(疾病予防対策センター)を設立して権限を移譲することを提案したい。情報を定常的に集めて分析し、的確な状況判断をしてその 情報提供をし、迅速な指示を送る。このようなことは医学や統計のプロの集団でしか為しえない。法律や政策のプロでも医学のプロではない官僚や政治家が自分 達だけで取り仕切ろうとすること自体に無理があるわけで、そのことに彼らが気づかない(あるいは気づいていても権限を手放そうとしない)ことが問題なの だ。
一刻も早くパンデミックウイルスに対する危機管理体制を確立することを切に願う。