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Vol. 320 非難集中の院内感染、本当に非はあるのか

医療ガバナンス学会 (2010年10月12日 06:00)


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非難集中の院内感染、本当に非はあるのか

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

2010年10月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


9月3日 帝京大学医学部附属病院(東京都板橋区、病床数1154床)は記者会見を開き、多剤耐性「アシネトバクター」による院内感染を公表しました。

「2009年8月から翌年8月までの1年間で、抗生剤の効かないアシネトバクターに53人の患者が感染し、27人が死亡した。そのうち9名は感染と死亡との因果関係を否定できない」とのことでした(その後、2009年1月以降の感染者は合計59名に上ると発表)。

帝京大学医学部付属病院には救命救急センター(ER)があり、地域医療の最後の砦として年間1200件もの3次救急を受け入れています。ここは日本有数の重症患者の治療を行う施設なのです。
また、産婦人科でも総合周産期母子医療センターを運営し、24時間態勢で周産期医療を支えるなど、東京都23区の北西部と埼玉県南部の医療の中核をなす病院でもあります。
2009年4月に最先端の設備を備えた新病院としてオープンしたばかりだったこともあり、院内感染の事実は衝撃的なニュースとして伝えられました。

多剤耐性菌による院内感染は、治療を行う以上100%防ぐことはできません。とはいえ、亡くなった方のご家族にしてみれば、やるせない気持ちになるのも 当然でしょう。そして、ニュースを見聞きした大多数の方は「そんな恐い菌が蔓延するなんて、医療体制がなっていないんじゃないか」と思われたことで しょう。

しかし、医療従事者と一般の方との間には、深く、大きな認識ギャップが存在します。今回の帝京大学の院内感染を巡る報道は、このことを改めて浮き彫りにしたと言えます。

■ 行き過ぎた警察の介入は医療崩壊を加速させるだけ

記者会見の後、5月に院内感染が発覚してから9月まで国へ報告しなかったこと、専従スタッフがたった1人であったことなどが判明し、帝京大学への非難が集中しました。

週明けの9月6日には、業務上過失致死傷を視野に入れた、警察による関係者への事情聴取が始まりました。感染に関する報告書を調査委員会が作成していない段階で、「医療従事者側に過失がある」ことを前提とした捜査が始められたのです。

「具体的に菌を感染させる行為(例えば作り置きをして菌が繁殖した状態で点滴をしたなど)」が疑われた訳ではありません。むしろ、「未曾有の事態 なのだから、たとえ無罪であるとしても捜査して、裁判で白黒決着つけるべきだ」という感情的な理由で捜査が行われた気がしてなりません。

しかし、起訴される側にとっては、当面の生活や仕事のみならず今後の人生に関わる一大事なのです。院内感染が起きた、報告が遅かった、というただそれだけの理由だけで警察介入が行われるならば、医療従事者は積極的な診療医療行為を避けるようになります。
結果として、リスクの高い重症例や耐性菌の保菌患者は受け入れてくれる病院を失ってしまうことにもなりかねません。

■ 厚労省に速やかに報告して、次に何をしろと?

厚労省は全国の医療機関に、院内感染があった場合は迅速に報告するよう求めています。長妻厚労相(当時)は「我々の通知に応えていれば、もっと早く情報が上がっていたはずだ」と強調しました。
厚労省は今後、アシネトバクターについても国に感染事例を報告するよう義務づけました。また、他の新型耐性菌の発生状況についても情報収集するようです。

ここで私は違和感を覚えます。

厚労省の緊急対策チームは、「発生動向を把握する方法」だけを議論しているのです。「報告を上げろ」という通達だけを出しても、目の前にいる患者への具体的な対応策を指導しなければ事態の改善にはつながりません。

帝京大学は9月8日から、救急車や新規の入院患者の受け入れを無期限で中止することを発表しました。
具体的な対応策の指示がない以上、現場としては診療を止める以外の選択肢はないのです(その後9月25日に、総合周産期母子医療センターについてのみ救急車受け入れが再開されました)。

■ 結局「すべては現場の責任」で幕引きか

マスコミが帝京大学を非難する論調にも首を傾(かしげ)げざるを得ません。
帝京大学は国への報告が遅れたと非難されました。しかし、感染との因果関係が確認できない段階では、発生の報告義務はありません。そうである以上、「犯罪的隠蔽行為」と言うことはできません。

また、感染症対策の専従者が1人しかいなかったことについても、非難されるべきことではありません。2010年4月の診療報酬改定で初めて新設さ れた「感染防止対策加算」の要件が、「専従者1名」なのです。ですから、決して施設基準を満たしていなかったわけではないのです。

ちなみに感染防止対策加算は、1回の入院あたり100点(1000円)に過ぎません。これは耐性菌の有無を調べる検査代金すらまかなえない上に、感染症予防の手袋やエプロンやガウン代金1日分にも満たない金額です。

これらの事実をもってしても、院内感染の責任は現場で働く医療従事者にあるとされ、このまま事態の幕引きになってしまうのでしょうか?

■ 「感染を一例も起こさない」という気持ちはもちろん大切だが・・・

感染予防のためには、病室を個室にしたり、感染対策の専門家を育成したり、院内感染対策費用を増額するなどの対策が必要となります。
しかし、これまでの医療費を巡る予算配分を見る限り、速やかに十分な予算がつけられることは期待できそうにありません。

今回帝京大学で発生したアシネトバクターは、全国200床以上の病院の実に11.9%でこれまで確認されています。また、米国では34%、中国では59.4%の病院で確認されている菌です。

医療従事者が「医療関連感染症を一例も起こさないぞ」という気持ちを持つのは、もちろん欠かせないことです。しかし、限られた予算でスタッフも少ない中、ベストを尽くそうとしている医療従事者の現状も理解してほしいと思います。
現実問題として、院内感染を完全に根絶することは不可能です。マスコミにはその事実を伝えてほしいし、世の中でもっと広く理解されるべきだと私は思うのでした。

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