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Vol. 321 高額療養費制度の見直しに2600億円も必要ですか: 厚労省見解に対する疑問

医療ガバナンス学会 (2010年10月12日 16:00)


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高額療養費制度の見直しに2600億円も必要ですか: 厚労省見解に対する疑問

東京大学医科学研究所 特任研究員 児玉有子

2010年10月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


年末の予算編成を控え、高額療養費の議論が盛り上がっています。去年の10月以降、高額療養費制度に関する記事は、毎日新聞40回、読売新聞33回、朝日新聞、日経新聞はそれぞれ26回、産経新聞23回と五大新聞は計148回掲載しました。地方紙を含むと382回です。
テレビでも、テレビ朝日報道ステーションやNHKで特集番組が放映され、国民の認知度は大きく向上したようです。
厚労省でも社会保障審議会 保険医療部会の議題にあがりました。ただ、来年度の概算要求では「事項要求」に留まっており、優先順位の高い課題ではなさそうです。現時点では問題解決の目途はたっていません。

【社保審で登場した2600億円は本当か?】
最近、厚労省のやる気を疑う出来事がありました。9月8日の社保審保険医療部会で、厚労省の事務方は、「高額療養費制度の見直しには2600億の予算が必要」との試算を示したのです。
これは、我が国の財政状況を考えれば「実現不可能」な数字です。果たして、この試算は正しいのでしょうか。ちなみに、厚労省は「粗い試算」と説明しただけで、その具体的根拠は示していません。今回は、この問題を考えたいと思います。

【高額療養費制度を使っても、毎年56万円も医療費がかかる】
患者の自己負担軽減策として、高額療養費制度があります。この制度では、自己負担が一定額を超えた場合に差額が払い戻されます。患者にとって素晴らしい制度ですが、現行制度には大きな欠陥があります。
それは、この制度が外科手術や事故のような短期間の入院を念頭において設計されたため、治療が長期化することを想定していないからです。しかしながら、 医学の進歩は目覚ましく、一部のがんや難病では特効薬が開発されました。このような患者さんでは、薬を飲んでいる限り、普通の生活を送れる場合がありま す。
問題は、このような薬が高価なことです。例えば、慢性骨髄性白血病の特効薬イマチニブ(商品名:グリベック、ノバルティスファーマ)の薬の値段は一錠約2800円です。多くの患者は毎日4錠服用するため、毎月の薬代は約33万円、自己負担は約10万円になります。
私と東大経済学部 松井彰彦教授たちとの共同研究では、慢性骨髄性白血病を患った患者さんたちの2008年の世帯の平均所得は389万円、医療費は年 122万円でした。2000年と比べ、所得は約140万円減少していましたが、医療費負担はかわりませんでした。ちなみに、2008年の国民全体の平均所 得は560万円、医療費13万円です。経済危機は、がん患者を直撃したようです。

【医療費助成における患者間の格差】
医療費が高額になる疾患としては、透析を要する慢性腎不全、肝炎、HIV、膠原病などの「難病」があります。しかし、これらの疾患には、高額療養費特定 疾病制度(透析、一部のHIV、血友病の3種のみ)、特定疾患治療研究事業・肝炎治療特別促進事業・身体障害者認定などによる医療費助成が整備され、自己 負担は月0-2万円程度で済みます。
この状況は慢性骨髄性白血病とは対照的です。慢性骨髄性白血病と似たような状況に置かれている疾患としては、リウマチ、1型糖尿病、癌があります。いず れも医療費の助成制度が整備されておらず、自己負担は高額です。罹った病気により自己負担が異なるという「格差」が存在します。
医療費の自己負担は、世界が頭を悩ませる難しい問題です。殆どの国で、不適切な受診を抑制するため、自己負担を設けています。我が国の特徴は、命に関わ る疾患で自己負担が高額なことです。これは世界でも例を見ません。例えば、グリベックは欧米では、ほとんど自己負担なしか、極めて少額です。

【高額療養費問題の解決に必要な財源:550億円程度】
患者の自己負担を軽減するには、どの程度の予算が必要なのでしょうか。我々の試算は、厚労省が示した2600億とは大きく乖離しました。
医療費の自己負担を押し上げているのは、グリベックのような分子標的薬やリウマチに用いられる生物製剤などの新薬です。
ところが、このような新薬の売り上げは、そんなに多くはありません。それは、多くの患者が亡くなってしまうからです。例えば、2009年の我が国の抗が ん剤の市場規模は約6200億円です。このなかで、長期投与が問題になりそうな抗がん剤の売り上げを合計すると、約3500億円になります。内訳は、 リュープリン(671億円)、グリベック(464億円)、カソデックス(446億円)、ゾラデックス(370億円)、ハーセプチン(297億円)、アバス チン(349億円)、エルブラッド(244億円)、TS-1(334億円)、リツキサン(221億)などです。
さらに、がん治療では副作用対策に使用する薬も高額です。吐き気止めや疼痛対策、白血球減少時に使用する薬等の市場規模は約1100億円です。また、リウマチなどに使う生物製剤の総売り上げは860億円です。
これらの薬剤の売り上げを合計すると5460億円です。全ての薬剤において、総売上と患者自己負担の比率がグリベックと同じ10%(我々の調査による)と仮定すれば、自己負担の総額は550億円程度と推定できます。これは厚労省推計の5分の1です。

【追加予算に伴う個人負担は年間240円~500円】
しかも、550億円は全額公費負担(自己負担なし)の場合に必要な金額です。しかしながら、多くの患者・家族は、そこまでは希望していません。私たちの 調査によれば、8割を超える患者・家族が月額2万円以下なら支払い可能と考えていました(http://www.pt-spt.umin.jp /sub1.html)。これは、いわゆる「難病」に対する医療費助成制度における自己負担とほぼ同レベルです。ちなみに、自己負担をなくして欲しい(0 円)と希望したのは、わずか1%でした。
もし、月額2万円程度を自己負担してもらえば、必要な予算は250億程度ですみます。国民一人当たりに年間240円の負担です。4人家族で年間1000円です。この程度なら、多くの国民は賛同するのではないでしょうか。

【今年度補正予算、ワクチン助成に2000億円盛り込まれる】
余談ですが、10月6日の首相代表質問答弁で、高額療養費問題に解決に向け社保審保険医療部会で検討が進んでいるとの答弁がありました。しかしながら、今週13日に開催予定の当該会議では議題から高額療養費の文字が消えています。これは何を意味するのでしょうか。
対照的に、子宮頚がんワクチンの助成は、櫻井充財務副大臣の尽力もあり、補正予算に盛り込まれるようです。さらにヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンの接種公費助成が進むようです。ワクチン助成の予算額は2000億円です。
ワクチンと高額療養費問題は、どこが違うのでしょうか。厚労省は、早急に試算根拠を示し、公開の場での議論が進むことを希望します。

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