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Vol. 322 ホメオパシー問題の解決を考える: 緩和医療とがんワクチン

医療ガバナンス学会 (2010年10月13日 07:00)


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東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年10月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【医療界のホメオパシー否定】

8月24日、日本学術会議がホメオパシーを否定する声明を発表しました。記者会見の冒頭で唐木英明副会長は「この談話で一番重要なのは、ホメオパシーは科学的に否定されていることです」と明言したようです。

翌25日には日本医師会と日本医学会、26日には日本助産師会と日本薬剤師会が同様の声明を発表し、いまや医療界はホメオパシー叩き一色です。

【ホメオパシー叩きで患者は救われるか】

ホメオパシーとは、極度に希釈した成分を投与することで、自然治癒力を引き出そうとする「治療」行為です。200年以上前にドイツ人医師ハーネマンが提唱しました。

過去に多くの臨床試験が行われましたが、何れも効果を証明できませんでした。2005年Lancetに掲載されたメタアナリシスでも、プラセボ以上の効果はないとされ、科学者の間ではホメオパシーは疑似科学と結論づけられています。

ホメオパシーの議論を聞いていて気になるのは、患者の視点が欠如していることです。日本学術会議は、科学的に否定されていることが、もっとも重要と考えているようですが、患者にとって医学的エビデンスは、医者が思うほどに大切ではありません。

なぜ、患者たちはホメオパシーに走るのか? そこが問題です。現代医療に対する不信、不安、失望感など、様々な理由があるでしょう。ホメオパシー対策の根幹は、このような問題に対処することです。ホメオパシーを叩いても、次の疑似治療が出てきます。

では、どうすればいいでしょうか。ホメオパシー問題を一発で解決できる特効薬はなく、解決は簡単ではなさそうです。最近、ホメオパシーが問題になることが多いがん医療で興味深い報告が相次ぎました。ご紹介させて頂きます。

【緩和医療】

最初の報告は緩和治療の研究です。米国の多施設共同研究で、New England Journal of Medicine(NEJM)の8月19日号に掲載されました。

この研究では、進行した肺がん患者を対象に、早期から緩和治療を行う群と通常の治療を行う群に無作為に割り付けました。その結果は驚くべきもので、緩和 医療を早期に導入した群の方が、QOLが良いのは勿論、生存期間が延長しました(11.6か月 vs. 8.9か月)。また、鬱状態になる人は、58%も減ったようです。

緩和医療とは畢竟、チーム医療です。主治医を中心に、精神科医、疼痛専門医、看護師、薬剤師などが協力して進めます。進行がんに悩む患者が、多くのスタッフによって心身共にサポートされれば、その転帰が改善するのも納得できます。

緩和医療の導入により、患者の民間療養や疑似科学への依存度が変化するか否かは、今後の研究を待たねばなりませんが、その効果は十分に期待できます。

【NEJMへの期待】

この研究は、NEJMの論評でも高く評価されました。ご存じのとおり、NEJMは世界最高の臨床医学誌です。編集部の関心も随分と変わったようです。

NEJMが、「緩和治療」という単語をタイトルに含む論文を掲載するのは、実に2004年以来6年ぶりです。その前は1998年ですから、緩和治療を軽視してきたことがわかります。ちなみに、欧州最高の医学誌Lancetも似たようなものです。

一方、がん臨床研究誌の最高峰 Journal of Clinical Oncology(JCO)は、2000年代に入り、緩和医療に関する論文の取り扱いを増やしました。90年代にはわずか12報だったのが、2000年以 降、52報に急増しています。がん医療の専門家の間では、2000年頃から意識変化が進んだようです。確かに、日本でも、この頃から緩和医療が話題になり 始めた記憶があります。

ただ、がん専門病院で治療を受ける患者はごく一部です。また、JCOを読むのはがん治療専門家に限られます。多くの患者は、十分な緩和医療を受けていないでしょう。

世界の医療界に絶大な影響力をもつNEJMが、緩和医療に着目したことは、患者にとって吉報です。がん難民の解決に一役買うかもしれません。

【厚労省ががん治療ワクチンを予算請求】

もう一つの興味深い報告は、8月末に発表された概算要求です。厚労省は、「日本発のがんワクチン療法の実用化に向けた大規模臨床開発研究を協力に推進」 するために、約30億円を要求しました。新規治療の開発が、ホメオパシー問題の解決に有用であるのは言うまでもありません。この件は、長妻厚労大臣が主導 したと言います。時宜を得た政策であり、高く評価できます。

【米国が主導するがん治療ワクチン開発】

がんワクチンとは、進行がん患者を対象とした治療用のワクチンのことです。我が国での認知度は低いのですが、世界が鎬を削っています。そして、ご多分に漏れず、米国がデファクト・スタンダードを制すべく、準備を進めています。

例えば、米国FDAは、昨年9月、製薬企業向けにがん治療ワクチンの承認ガイドラインの素案を発表しました。がん治療ワクチンは、治療薬を投与してから 効果が出現するまでに数週から数か月を要します。このため、従来抗がん剤の基準が通用しません。米国は、がん治療ワクチンの承認基準を国際的議論が巻き起 こる前に、主導権を握ろうとしています。

【前立腺癌ワクチン プロベンジの承認】

このような議論を尻目に、4月29日、米国FDAはデンドレオン社が開発した前立腺がん治療ワクチン プロベンジを承認しました。これは、世界で初めて承認されたがん治療ワクチンです。

プロベンジは、患者から採取した抗原提示細胞を、前立腺がんの殆どに発現しているPAP蛋白質を加えて体外で培養したものです。このワクチンを患者に戻すことで抗腫瘍効果を発揮します。

デンドレオン社がFDAに提出した資料によれば、512人の転移性の前立腺癌患者を対象に、プロベンジ群の生存期間中央値は25.8か月、プラセボ群は 21.7か月と、プロベンジの投与で生存期間は4.1か月延長しました。進行がんの生存期間を4.1か月延長したことは驚異的です。この研究成果は、 NEJM 7月29日号のトップに掲載されました。

発売当初、プロベンジがどれだけ普及するか、多くの臨床医は疑問を持ちました。それは、プロベンジの費用が9万3000ドルと高額だからです。しかしな がら、臨床医の懸念は杞憂だったようです。6月28日のブルームバーグの報道によれば、プロベンジの製造が需要に追いつかず、デンドレオン社は2011年 中旬を目指し、製造設備を拡張します。

臨床現場の高評価を受け、米国政府も動きました。7月、メディケアを保険対象に含めるか否の検討を始めました。

【加速するがん治療ワクチン治療】

プロベンジの成功以降、がん治療ワクチン開発は加速し、新薬ラッシュとなりそうです。Nature Medicineは6月号で、この状況を「Cancer vaccine approval could open floodgates」と評しました。この記事の中で、第2,3相治験まで進んでいる10のがん治療ワクチンを紹介しています。多くのワクチンはバイオベ ンチャーが開発していますが、中には、グラクソ・スミスクラインが開発中の肺がん・悪性黒色腫を対象としたMAGE-A3ASCIや、メルクが開発中の乳 がん・肺がんを対象としたStimuvaxが含まれます。バイオベンチャーとメガファーマの混在は、新規技術の萌芽期にしばしば見られる現象です。

この状況は我が国も同じです。7月9日、日経新聞は「がんワクチン相次ぎ参入第一三共やアステラス、VB.と提携」という記事を配信しました。その中で は、日本初のがん治療ワクチンの開発が進んでいることを強調しています。特に、オンコセラピー・サイエンス社のすい臓癌ワクチンは第2/3相試験まで進ん でいます。

治癒や延命を期待しないがん患者は少数です。がん治療ワクチンの開発は、多くのがん患者に希望を与えるでしょう。

【ホメオパシー問題の解決は】

ホメオパシー問題を克服するには、個別具体的な対応が必要です。ホメオパシーの問題点を強調しても解決策にはなりません。

新規医療の開発、緩和医療の推進は、極めて有効でしょう。着実に進めるしかありません。もう一つのポイントは、患者サポート体制と死生観です。今回はス ペースの関係で触れることが出来ませんでした。こちらは、現代の日本が抱える最大の問題と言っても過言ではありません。また、別の機会に議論したいと考え ています。

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