医療ガバナンス学会 (2010年10月15日 06:00)
「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するお知らせ」
http://www-bm.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_vaccine22.html
「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するQ&A」
http://www-bm.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/info_qa22.html
始めに問題点を挙げると、新型(A/ H1N1パンデミック2009)インフルエンザに罹患して重症化しやすいのは、高齢者や基礎疾患(慢性疾患)を持つ方と妊婦や乳幼児の方であると説明して おきながら1)積極的に妊婦に接種を勧奨することはせず、2)乳児(0歳)に至っては接種を勧めていないとはっきり言い切ってしまっていること、この2点 は大きな矛盾と間違った方針決定を含んでいると思われる。
ちなみに米国における2009パンデミック(H1N1)インフルエンザに対する接種基準(2009)をご紹介すると、
「米国ではワクチンの優先者は妊婦が筆頭である。続いて、6ヶ月以下の乳児と同居または世話をする人、続いて、保健医療担当者・救急業務担当者、(さら に)続いて6ヶ月から24歳までの若年層、そして25歳から64歳までのインフルエンザが重症化する可能性のある慢性疾患保有者、となっている。25歳以 上の基礎的疾患を保有していない市民(65歳以上の高齢者を含む)は、最後の最後である。」
以上、「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」http://nxc.jp/tarunai/の2009.10.19記載より転記。( )部分は筆者が補足した。
なお、今年の米国CDCの基準では6ヶ月以上5歳までの小児、特に2歳以下の小児、65歳以上の高齢者などを最重要対象に含めている(同 2010.9.29記載参照)。これは今年度に関してはA/ H1N1パンデミック2009に加えてA香港型(AH3N2)が混合して流行することが予想されているためだ。
ところで、なぜ日本では妊婦の接種に及び腰なのか。
筆者が想像するには従来の季節性インフルエンザに対する予防接種における方針を継承しているためと思われる。かねてから米国では妊婦への接種を勧奨してき たのに日本では眞逆の方針をとってきたという経緯がある。これまでの季節性インフルエンザ用のHAワクチン(北研および生研)の添付文章を転記したい。
「妊娠中の接種に関する完全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には接種しないことを原則とし、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断された場合のみ接種すること」。
それでは今年度のHAワクチン(北研)、すなわちA型H1N1株を含む3価ワクチンの添付文章はどうなっているだろうか(以下転記)。「妊娠中の接種に関 する完全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断された場合のみ接種すること。(後 略)」。
つまり「接種しないことを原則とし、」という部分を除いただけで大きなスタンスは変えられていないのだ。このような危険極まりない表現が使われていては妊 婦に接種する気には誰もなれず、とてもではないが妊婦に接種を勧奨しているという状態とはいえない。にもかかわらず、上記の厚生省のサイトの説明では「現 在までのところ、妊娠中にインフルエンザワクチンの接種を受けたことで、流産や先天異常の発生頻度が高くなったという報告はありません」という事実だけを さりげなく載せている。
話を乳児に移そう。
さすがに欧米でも出生直後から生後6ヶ月までの乳児は予防接種対象からはずしているのだが(その代わりその保護者の接種を優先的に勧奨している)、6ヶ月 以上は接種対象に入れるのが一般的だ。今年の米国の接種勧奨対象も生後6ヶ月以上の全ての国民となっている。アジアではどうかというとつい先日発表された 台湾の基準でも生後6ヶ月以上を接種の対象としており、特に小学校3年生までの小児と65歳以上の高齢者を無料とすることで接種を促している (http://nxc.jp/tarunai/の2010.9.29記載)。
それにも関わらず、日本で乳児を接種対象からはずしている理由は、「1歳未満のお子様に対する新型インフルエンザワクチン接種は、免疫をつけることが難し いためおすすめしていません。」と説明している。つまり、乳児はハイリスクグループに含まれると認めていながら「効果がないから」という理由だけで「勧め ない」と言い切ってしまっている。それにも関わらず両親が強く望むなら(補償はしないけれども)どうぞというスタンスで、接種量だけを設定している。とこ ろが、この場合はせめて生後6ヶ月以上とはせずに、出生直後から接種してよいことにしている(こういう国も世界中例を見ない)。実に無責任な設定と見受け られるが、実際補償をしないのだから責任は取らないということだ。これではもう何の指針にもなっていない。
最後に日本が設定している小児に対する接種投与量が全くおかしいことを問題提起しておきたい。
「A型インフルエンザHAワクチンH1N1」の用法・用量は、1歳未満 0.1mL 2回、1-6歳未満 0.2mL 2回、6-13歳未満 0.3mL 2回、13歳以上 0.5mL 1回である。このように年齢に従って投与量を細かく減らしていくのは国産ワクチンだけである。乳児(0歳)に関しては0.1mLという設定だが、 0.1mLの接種が実際にどのようなものか実態を認識して決めているのだろうか。0.5mLの接種でも実際は注射器や針の壁面で薬液をロスしてしまって、 0.4mLぐらいになることはあり得るだろう。
ある行政のQ&Aでは、「0歳の乳児のインフルエンザワクチンの接種は可能ですが、摂取量が1回0.1mLと微量のため免疫効果がはっきりしていません。」として0歳児の接種を勧めていない。それでは何を根拠に接種量を0.1mLと設定したのだろうか。
ちなみに国も承認している輸入1価ワクチン「アレパンリックス(H1N1)筋注」(グラクソ・スミスクライン株式会社)の用法・用量は6カ月‐9歳 0.25mL 2回(著者註:諸外国では2回だが、厚労省のサイトでは1回となっている)、10歳以上 0.5mL 1回となっている。さらにノバルティ ス社製は6カ月‐8歳 0.5mL 2回、9歳以上 0.5mL 1回、バクスター社製に至っては6カ月以上すべての年齢で0.5mL 2回となってい て、乳児も大人も接種量は同じ設定である。
一般的にいって免疫応答というのは付くか付かないかであり、容量依存性に増大するものではない。ちなみに日本で行われている麻しんワクチンでは1歳児も大 人も接種量は0.5mLである。厚生労働省は乳児のインフルエンザワクチンの接種量を0.1mLと設定した根拠と正当性を明らかにして欲しいし、それがで きないのなら小児の接種量を年齢によらず0.25-0.5mLと共通にして至急臨床データを集積して効果と安全性を確認すべきである。データがないといっ て何年も放置したままにしているのは怠慢以外のなにものでもない。