医療ガバナンス学会 (2022年12月8日 06:00)
Tansa リポーター
辻麻梨子
2022年12月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
実際に、私の知人が被害に遭いました。
彼女の写真や動画は、スマホのアプリを通じて「商品」として取引されていました。アプリへの投稿者には、写真や動画をダウンロードした人が支払った料金が入ります。そのため、次々に新しい性的写真が投稿されるのです。
そのアプリは少なくとも10万回以上ダウンロードされていて、被害者は膨大です。写真や動画は、ハッキング、リベンジポルノ、盗撮、どこかのサイトからの転載などさまざまな方法で集められていました。幼い子どもまで含まれています。
問題はそのようなアプリが、GoogleやAppleのサイトで入手できるということです。誰でもアクセスできるし、世界中に利用者を抱えているのでどんどん被害が拡散してしまいます。
ところがGoogleやAppleは、こうした被害に向き合おうとしません。私の質問状に対しても、無視を続けています。
日本の当局は、GoogleやAppleといった巨大プラットフォーマーを十分に規制していません。警察の摘発も追いついていません。今この瞬間にも被害者は増え続けています。
知らない間に性的商品にされる構造が温存される限り、被害は終わりません。事態を食い止めるために、私はこの「地獄の構造」を追及します。
●ある日届いたDMから
今年8月のある日、私はスマホに友人女性のA(19)さんからメッセージが届いていることに気が付いた。深夜に近い時間だったが、電話で相談したいことがあるという。普段、私たちはメッセージでやりとりすることがほとんどだ。何かよくないことがあったんじゃないかと直感した。
不安は的中した。Aさんが話してくれた内容はこうだ。
数日前、Aさんは自身のSNSの公開アカウントで、フォロワーが突然20人ほど増えていることに気が付いた。不審に思っていると、DM(ダイレクトメッセージ)が何十通も届いている。どれもまったく心当たりのない、匿名のアカウントからだ。
DMの内容は、Aさんの性的な写真や動画がネット上に流出していることを揶揄するものだった。
「えっちな写真と動画、流出しちゃってますよ」
「動画みて連絡させてもらいました〜笑笑」
Aさんに対し、自分の局部の写真をいきなり送りつけてきた男もいた。
●「ハッキングされた」
一体何が起こっているのか。AさんはDMを送信してきた数人とやりとりをしながら、情報を聞き出した。
どうやら自分の写真や動画が、スマホのアプリで売買されているらしい。アプリに投稿されているフォルダには、AさんのSNSのアカウント名がわかるスクリーンショットも含まれていた。それを見た人がSNSでAさんのアカウントを検索し、連絡をとってきたのだ。
Aさんは驚いたが、その時は自分の身に起きたことだと信じられなかった。すぐに名前を聞き出したアプリを、Appleのアプリストアで検索した。アプリは一見、写真や動画をやり取りするための普通のアプリのようだった。
投稿されていたのは、写真53枚と動画19本だ。自撮りや友人と映った写真と共に、性的な対象にされるようなものが含まれていた。
これらは一時期に撮影したものではない。最近のものからAさんが中学生だった頃の写真まで、4〜5年分の写真や動画がある。Aさんがそれらを誰かと共有したことはなかった。
だが、これらの写真や動画はAさんがスマホと同期したクラウドに保存されていた。
「ハッキングされた」
Aさんは直感した。クラウドには、見知らぬ端末によるログイン履歴が残されていた。
アプリでは、Aさんの写真が入っているフォルダをダウンロードさせるため、フォルダの表紙として顔写真が使われている。顔写真の下にはダウンロードした人数が表示されていた。その時点で282人だった。
●削除しても、削除しても
アプリ内には、問題のある投稿を「利用規約違反報告」として運営者に通報できるボタンがある。Aさんはこのボタンを使い、自身の写真が投稿されているフォルダをアプリの運営者に通報した。
通報後は不安で、一日中スマホを手に、確認を続けた。翌朝になってフォルダは削除された。私にも「とりあえずは良かった」と連絡がきた。
だがその10日後、誰の仕業か分からないが、フォルダが復元されていた。
今度は通報してもすぐには消えない。Aさんのフォルダをダウンロードした人はどんどん増え、862人にまで増えていた。初めて被害に気づいた時は282人だったから、3倍以上に増えたことになる。
深刻なのは、Aさんの写真と動画を手に入れた人が、SNSなどを通じてそれらを拡散できることだ。さらにSNSで入手した人は、再び別の場所へと拡散する。こうしてAさんの写真と動画は、無限に広がってしまうのだ。
その後もアプリの管理者が削除しては、何者かが復元するということが続いた。Aさんが数えているだけでも、すでに7回繰り返されている。DMで連絡をしてきた匿名の人物が言っていた意味を、Aさんは理解した。
「投稿はずっと続く」
この間、AさんのSNSに対するDMでの嫌がらせも続いた。
Aさんは初めに被害に気が付いてから、SNSのプロフィールやユーザーIDを変えている。だが、再度アップされたフォルダには、Aさんが更新した後のSNSのスクリーンショットまで含まれていた。
●「はっきり言っちゃいますけど」と男性警察官
それから数日後、Aさんは警察に相談の電話をした。被害にどのように対処したらいいかを尋ねるためだ。ある警察署の男性警察官が約30分間にわたり、Aさんの状況を聞き取った。
電話口の警察官は、「うーん」と唸ったり、言葉に詰まって数秒間沈黙したりした。アプリの名前を伝えても、知らないという。だが、Aさんの画像が数百人に拡散されていると伝えると、きっぱり言った。
「はっきり言っちゃいますけど、ネット上でそういうふうに拡散されたらそれを完全に無くすということはできない。発見した段階で、何回も削除の依頼をしていただくしかないです」
警察はどのようなことができるのか。AさんはSNSで嫌がらせのメッセージが送られたことも伝え、尋ねた。
「合意なしでアップされた写真にアクセスし、写真の本人に連絡してセクハラすることって何の罪にも問われないんですか?」
相手の歯切れは悪い。
「それは場合によりますね。どういうふうに連絡が来ているのかをみないとわかりませんし、そもそもそのー…まあ今名誉毀損とかいろいろありますので」
「警察でやる事件というのは、相手に罰を与えたい…っていうことで事件化するんですね。だから名誉毀損で慰謝料を請求したいとなれば、民事の裁判もできるというのは実際あります。そこはまあAさん次第ですけど。民事の話は弁護士さんとかに話してもらって」
だがAさんは相手に罰を与えたいのではない。今も広がっている自分の被害に対処してもらうことが先決だ。しかし、警察官は「アプリの運営者に削除依頼をしてほしい」と繰り返すばかりだった。
●「考えたら生きていけない」
Aさんは今年の春に高校を卒業し、大学に進んでデザインなどを学んでいる。進学を期に引っ越しもして、新しい生活が始まったばかりだった。
しっかりした性格で、年上である私の相談も聞いてくれた。的確な意見を言うので、頼りにしていた。そんなAさんが被害後、私にこう言った。
「自分の身に起こったことだって、考えないようにするしかない。考えたら、生きていけないから」
彼女がこんな目に遭わなければいけない理由は、一つもない。こんな形で彼女の人生が破壊されていることが、私は本当に許せないと思った。
●始まりは交際相手の興味本位の投稿
そこから私はこのアプリについて、ネットやSNSで情報を集め始めた。しばらくして、Aさんと同じアプリに動画を投稿されたBさんのケースを知った。親族と連絡がつき、話を聞かせてもらうことになった。
被害当時20代だったBさんは数年前、マッチングアプリで出会った男性との交際中に、性行為中の動画を撮影された。Bさんは撮影されることを断っていたが、たびたび頼まれ、仕方なく数回だけ応じてしまった。
男性はBさんに無断で、撮影した動画をインターネットの掲示板に投稿した。掲示板は無料で、誰もが見られる仕様だ。男性は「興味本位での行動だった」と弁明したという。その後、投稿したことが怖くなり、1時間ほどで投稿を消したと説明した。
しばらくして、BさんのSNSに匿名で「動画が流出している」というメッセージが届いた。Aさんのケースと同様だが、被害者本人は誰かから通知されるまで、動画の流出に気がつくことはできない。
Bさんの動画は、Aさんが被害に遭ったものと同じアプリに投稿されていたほか、同様の仕組みをもつ別のアプリ、Twitterなどにも出回っていた。Bさんは被害を知った当時、投稿を探しては運営者に削除の依頼を送り、自分で対処した。
●帰り道で付きまとい、自宅に手紙
動画の拡散が発覚し、Bさんの生活は一変した。
外に出ることが怖く、仕事を休んで自宅に閉じこもった。街中を歩いていると、この中に自分の動画を見た人がいるのではないかという恐怖に駆られるのだ。
数カ月かけて少しずつ外に出るようになった。
だが、通勤の帰り道では、誰かに後をつけられていると感じた。1度や2度ではない。親族はこの頃、Bさんから「ストーカーにあっているかもしれない」という電話をたびたび受けた。外出をする時には、できる限り親族が付き添うようにした。
ある日突然、手紙が自宅のポストに届いたこともある。内容は動画の流出を伝えるものだ。手紙に消印はなかった。誰かが自宅のポストに直接投函したのだろう。
すぐに当時の自宅からは引っ越した。だが、どこにいても誰かが自分のことを知っているかもしれない、という不安は消えない。
その頃、Bさんは自殺をはかった。病院へ運ばれ、一命は取り留めた。
●3年経った今でも
警察には相談したが、まだ被害届は出せていない。被害届を出すことで、被害が公になったり、エスカレートしたりすることを恐れているからだ。警察官に詳しく事情を話さなくてはならないことも、心理的なハードルが高い。
動画を最初に投稿した男性とは話し合いの末、示談になった。しかし、始めの投稿から3年以上経った今も、月に数回のペースでネット上にBさんの動画が晒されている。
外を歩くときは、マスクとメガネをつけて顔を隠す。髪型も動画に映っていた時とは大きく変えた。見た目の印象は変わったが、よくみたらわかってしまうだろう。人の目に怯える気持ちは消えない。
●300人以上の顔写真
本人の同意を得ていない性的な画像を提供したり、公表したりする行為は犯罪だ。
2014年に施行された、私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(通称、リベンジポルノ防止法)に違反するほか、加害行為の内容によって、児童ポルノ禁止法違反、わいせつ物頒布等罪、強要罪、ストーカー規制法違反など複数の犯罪に同時に該当する可能性がある。性犯罪を取り締まる刑法に、盗撮などを取り締まる「撮影罪」を新たに追加することも検討されているところだ。
法務省の『令和3年版犯罪白書』によると、こうした犯罪の検挙数は毎年200〜250件ほどある。
だが、本当にこの程度の検挙数で追いついているのだろうか。私は2人が被害に遭ったアプリを調べてみて、絶句した。
ネット上で10分ほど検索をかけただけで、そのアプリに写真や動画を投稿されている女性が300人以上みつかったのだ。
=つづく
(情報提供のお願い)
被害情報をはじめ、投稿者、アプリの運営者、GoogleやAppleのこの問題への対処に関する情報をお寄せください。情報源の秘匿に万全を期した暗号化メール等がありますので、Tansaの情報提供に関するページをお読みください。https://tansajp.org/whistleblower/
※この記事の内容は、2022年11月14日時点のものです。
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