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Vol. 329 厚労省の「必要医師数実態調査」に関する声明

医療ガバナンス学会 (2010年10月20日 06:00)


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全国医師ユニオン代表 植山直人
2010年10月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2010年9月29日に厚生労働省から「病院等における必要医師数実態調査の概要」が発表されましたが、問題が多い調査であるために、全国医師ユニオンとして声明を発表しました。

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厚労省の「必要医師数実態調査」に関する声明
2010年10月7日
全国医師ユニオン

1)はじめに

2010年9月29日に厚生労働省から「病院等における必要医師数実態調査の概要」が発表されました。

この調査は、初めて現場の実態を調査したという点で一定の評価をすることはできますが、大きく誤った認識を国民に与える可能性が高いと考えられます。新聞報道などをみれば、日本で不足している医師の数が2万4千人であるとの印象を与える記事が多く、この数字が一人歩きすることを危惧します。

私たちはこの調査の問題点を明らかにするとともに、関係省庁であり厚生労働省・文部科学省・財務省に、本来あるべき医師数を明らかにし医療再生へ向けた医師増員と公的医療費・研究費・教育費の増額を求めるものです。

2)国際比較でみた日本の医師数の現状

日本は80年代から医師数抑制政策をとってきました。医師数抑制政策とは医師数の削減ではなく、医師数の増加率の抑制です。医療技術の進歩と高齢化の進行で、OECD諸国ではこの20年間で医師数は1.5倍に増えています。
そのために国際比較でみると、日本の人口当たりの医師数は、世界196カ国の中で63位であり、高度な医療を行う先進国では極めて少ない数になっています。さらに、多くの国の医師数が実働医師数であるのに対して、日本の医師数は医師免許を持っている全ての医師の数であり、高齢ですでに引退している医師や出産・育児等で仕事を離れている医師も含まれています。

OECD加盟国の人口1000人当たりの医師数が平均3.1人に対して、日本は2.0人という状態であり、OECD並みの医師数にするためには、最低でも現状の1.5倍の13万人の医師を増やす必要があります。しかし今回の調査結果では、日本の医師数を1.1倍にすれば必要医師数はみたされるとの誤解を招きかねません。
今回の調査は、使い方を誤れば、これまでの医師数抑制政策を肯定することになりかねないということです。

3)今回の「必要医師数」の問題点

今回の「必要医師数実態調査」は、全国の病院と分娩取扱い診療所へ調査票記入を依頼し集計したものであり、各医療機関の意識調査というべきものです。必要医師数は「地域医療において、現在、医療機関が担うべき診療機能を維持するために確保しなければならない医師数」となっており、各医療機関の経営的視点も含めた主観的調査にすぎません。

地域によっては、医師不足により医療機関が廃院となっている地域もありますが、病院が存在しない地域の必要医師数は0人となってしまう調査です。また、病院調査の回収率が88.5%となっていますが、未回答の病院の必要医師数は反映されていません。さらに、今回の調査は一般の診療所は調査対象ではなく、地域で不足している診療所医師数は調査すら行なわれていません。このような調査で日本の必要医師数を論ずることは不適当といえます。あくまで各医療機関の求人に対する意識を知るために活用すべきデータです。

今回の調査の最大の問題点は、現在の低い診療報酬や医師の労働基準法違反を前提とした調査になっていることです。様々な医療問題を解決する上でのあるべき医師数と病院経営上可能な医師の求人とは全く別のものです。現在病院の約7割は赤字であり、地域的に必要であっても、病院の経営が許す範囲でしか医師の増員は検討されていないと考えるべきです。

また、医師の過重労働が労働基準法を無視して蔓延しており社会問題化していますが、厚生労働省の調査であるにもかかわらず、この問題を解決する視点が全くありません。厚生労働省の「医師需給に係る医師の勤務状況調査」(2006年)でも勤務医の1週間の労働時間の平均が63.3時間と、いわゆる過労死ラインを超えており、医療の安全性の面からも深刻な問題となっています。
医師の当直では30時間を超える長時間連続労働が問題となっていますが、これを解決するには欧米では常識となっている交代制勤務の導入しかありません。
今回の調査では、交代制勤務を導入している病院は9.2%となっていますが、当直で過重労働を強いている全ての医療機関で交代制勤務を導入した場合の医師数を調べることが重要です。
厚生労働省は、今年4月に労働基準法を改正し労働者のワーク・ライフ・バランスの重要性を強調していますが、同一省庁としての一貫性が見られず残念といえます。

4)求められる必要医師数の調査・研究

(1) 過重労働の解消と安全性の視点
日本病院会の勤務医に関する意識調査(2007年)では、「当直の翌日も普通の勤務をしている医師は88.7%」であり、 71%の医師が「慢性疲労を訴え」ています。また、医療過誤の原因として”過剰な業務のために慢性的に疲労している”が71.3%に上っています。
医労連「医師労働実態調査」(2007年)では、3割近くが「前月の休みゼロ」 であり、4割以上の医師が「健康不安・病気がち」 と答え、5割の医師が「職場を辞めたい」 と考えています。これらは医療崩壊の主要な原因であり、労働基準法が守られていないことから引き起こされています。また、先進国では医療の安全性の観点から、医師の労働時間を規制する動きが強まっています。
これらの労働問題の解決と安全性の視点が必要です。

(2) 医療技術の進歩と高齢化の進行に対応する視点
医師の必要数が増加する最大の要因は、医療技術の進歩です。これまで、不可能であった検査や治療法が次々に開発され、それに関する専門的な知識や技術を持った医師が新たに必要となったり、一般的な医療水準が高度となりマンパワーを増やすことが必要となります。また、高齢化の進行は国民の有病率を高め医療機関を受診する患者の数を増やします。これは、避けることのできない現実です。このことを前提に国民の医療要求に即して中長期的な医師数を算出する必要があります。

(3) 医療の産業としての発展を促進する視点
日本の医学・医療は衰退の危機にあります。医療費の抑制と医師のマンパワー不足で、大学をはじめとする医学研究は後退を余儀なくされ、医学に関する日本の研究論文は減る一方です。
80年代から、日本では医療費や福祉にお金をかけることを無駄と考える風潮が根強くあります。しかし、福祉国家と呼ばれる国では、医療や福祉は経済効果の高い重要な国内産業となっており、決して財政的視点から否定的に捉えるべき分野ではありません。医療に関連する分野でも、日本の高い技術力やもの作りの力が生かされる可能性を秘めています。
日本の医学・医療のレベルを高める視点、医療を経済効果の高い産業として育成する視点が必要です。

文部科学省は、将来的な医師養成数を決めるにあたり、医師不足に対応する専門家会議を設置することを表明しています。私たちは、上記の視点を積極的に取り入れ、医療の再生が展望できる結論が出されることを期待するものです。

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