医療ガバナンス学会 (2022年12月14日 06:00)
この原稿は医療タイムス(20221109)からの転載です。
東北大学医学部5年
村山安寿
2022年12月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は2019年夏より医療ガバナンス研究所で製薬マネーの研究をしています。これまでにも機会をいただき医療タイムスに2回掲載させていただきました。製薬マネーとは、広く医療者や医療機関が製薬企業から受け取る謝礼金や寄付金、飲食などを指します。
医師に限った場合、製薬企業が主催する講演会などで講師を務め、1回10万円程度の副収入を得ることや医薬品の説明会で製薬企業から配られるお弁当などが典型的なケースです。
私はこれまでにこの製薬マネーに関する調査結果をまとめ2022年11月現在でCancer CellやHepatology、Clinical Journal of American Society ofNephrology、Blood Cancer Journalなどの査読付き国際ジャーナルから30本発表しました。本稿ではこれまでの3年以上にわたる私の製薬マネー研究の結果について概説します。
●診療GLの製薬マネー
この研究を始めたころ、私たちがまず注目したのは診療ガイドライン(GL)の著者を務める医師たちの製薬マネーでした。
診療GLは、最新の情報を基に特定の疾患の診断基準や治療指針をまとめたものです。GL著者と製薬企業との利益相反は、患者の治療に大きな悪影響を及ぼす不祥事が過去に何度もありました。
そのためGL著者となる医師たちは、極力利益相反を避けることが必要です。国際的にも診療GL著者の利益相反は非常に大きな問題となっており、JAMAやBMJ、New England Journal of Medicineなど名だたる医学誌で論じられています。
そして、過去の数々のGLに関係する不祥事から、GL著者の半数以上は製薬企業から一切金銭的利益相反関係にないことやGL作成委員⻑は利益相反関係にあってはならないと国際的に定められています。
●GL作成期間中に謝礼金を受け取るGL著者
前回、本稿(20年11月25日)に掲載した際詳説させていただいた通り、日本の診療GL著者たちの実に90%以上、GLによってはすべてのGL著者がGL作成期間中に製薬企業から講師謝金やコンサルタント料を受け取っています。
さらに私たちはこの1年ほどでGLの推奨内容自体やそのエビデンスに対して注目するようになりました。GLの推奨文の多く(CKDガイドラインの場合は76%、食道がんGLの場合は81.4%)はエキスパートオピニオンや症例報告など低いエビデンスを基に推奨されています。
多大な製薬マネーを受け取った医師たちが低いエビデンスに基づいてGLを作成した場合の結果は想像に難くありません。
「日本独自」の推奨がみられるGLが多く存在します。例えばアレルギー性鼻炎診療GLではモンテルカストなどの抗ロイコトリエン拮抗薬や3種類以上の多剤併用療法などが推奨されていますが、欧米諸国のGLではどちらも安全性・有効性の低さから推奨されていません。
●一部の有力医師が受け取る莫大な製薬マネー
今年になり私は各診療科の専門医における研究をメーンに行うようになりました。その結果、多くの医師が製薬マネーを過去数年以内に受領したことがあるが、その金額は比較的低いことが分かりました。
皮膚科専門医の45.3%、血液専門医の64.7%、感染症専門医の65.4%、リウマチ専門医の70.7%は16〜19年の4年間に少なくとも1回以上製薬企業から謝金を受領していました。
しかし、4年間の合計金額は1人あたりの中央値でリウマチ専門医が14万7500円、皮膚科専門医が18万9300円、血液専門医が26万9340円でした。 件数にすると1人当たり4年間で約4回は製薬企業から謝金をもらっています。医師の平均年収と比べれば、年間数万円、年1回の謝金はそれほど大きなものではないでしょう。 しかし、同時に明らかになったのは、大部分の専門医はこのように低い金額しか受け取っていない一方で、診療GL著者や学会誌の編集者、学会理事たちのほぼ全員が年間数十万円から数百万円、医師によっては年1000万円以上の謝金を受け取っていることでした。
例えば、日本リウマチ学会のすべての理事らは4年間で1人当たり1814万円(中央値)、97.0%の日本リウマチ学会の診療GL著者は880万円(中央値)、日本リウマチ学会の英文学術誌Modern Rheumatologyのすべての編集者が1206万円(中央値)もの謝金を製薬企業から受領していました。
ジャーナルの編集者は論文の採択権を有しており、学会誌に掲載される研究に偏りが出ます。また学会理事会はさまざまな提言や指針を発表し、患者の治療に大きな影響を与えます。
そのため、このような役職にある医師たちは当然自身の判断に不適切な偏りがないよう努めなければならず、利益相反は極力避けるべきです。
しかし、日本の医学界の実態はこのような権威的で本来患者の味方であるべき医師たちほど製薬企業と非常に近い関係にあります。
●権威的な医師たちに製薬マネーが集中する日本
権威的な医師に製薬マネーが集中するのは決して日本だけではありません。しかし、日本以上に、権威的な医師ほど多額の製薬マネーを受け取っている国はありません。 17年にBMJに掲載された研究では、主要な米国学会誌の編集者の50.6%が弁当代や交通費などを含む製薬マネーを受領していたとの報告されています。
しかし、その金額は1人当たりの中央値でわずか11ドルでした。同じくBMJから20年に発表された別の研究では主要な米国10学会の理事の72%は過去3年間に製薬企業から中央値で347万円の製薬マネーを受領していたとの報告がありました。
この研究では製薬企業からの研究費も含まれており、研究費が金額の80%を占めていたことから、謝金として医師個人に入った金額は60万円(年間20万円)程度であると推測されます。これら海外からの研究結果と比べると、いかに日本の学会理事、GL著者、学会誌編集者が多額な謝金を受け取っているかが分かります。
3年以上この研究を続けていますが、私が願うのはこの3年間で変わりませんでした。医師としての背中を見せるべき著名な医師たちは、製薬企業との関係を深め私腹を肥やすのではなく、より患者に寄り添うべきです。
界的に利益相反に関する知見が深まり透明性が求められる今日、日本の医学界が世界で信頼され続けるためには、製薬マネーの透明性を高め、このような権威的な医師たちこそが率先して他の医師たちに範を示すことが必要です。