医療ガバナンス学会 (2023年1月25日 06:00)
北海道大学医学部4年
金田侑大
2023年1月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
これは、イギリスがコロナ対策としてロックダウンを実施していた頃に、元英首相ボリス・ジョンソン氏が発言していた、イギリスのコロナ対策の基本的方針を示す言葉だ。しかし、私が今年の1月に訪れたイギリスでは、コロナ対策と呼ばれるものは、日常の中では正直、ほとんど何も感じることができなかった。
そもそもイギリスでは、日本よりもはるかに強力な検査と感染者の追跡システムが構築されていた。国民保健サービス(NHS)が管理する“NHS COVID-19 app”と呼ばれるアプリが2020年9月24日より導入され、アプリによって、検査で陽性となった人と接触した場合、自動で隔離の指示が通知されるシステムとなっていた。また、この指示には法的な義務があり、従わない場合には罰金が発生することとなっていた。実際、このアプリのリリースから12月末までの3か月間の有効性の検証は科学雑誌natureに発表されており、30~60万人の感染予防に貢献したと推定されている。
私が2021年9月から2022年7月まで英エディンバラ大学に留学していた際にも、学校には無料のPCR検査用のブースが設けられ、NHSも、無症候であっても週に2回の抗原検査によるスクリーニングを全国民に推奨しており、学校で無料の抗原検査キットをいつでも持ち帰ることが可能であった。
しかしながら、イギリス政府は、2022年4月1日から無料の検査制度を撤回し、今後は年1回の接種を推奨するという方針に大きく方向転換した。イギリス政府はこれを、“エビデンスに基づいた妥当な決定”としているが、果たして本当にそう言えるのだろうか。変異株の出現や、3回目、4回目とワクチン接種が進められるたび、その有効性を検証する論文は多く発表されてきたが、検査頻度に関する議論は限られている。そこで私は、イギリスのこのような政策転換の是非を検証し、論文としてまとめ、今月16日に、JMA Journalから発表させていただいた。
( https://www.jmaj.jp/detail.php?id=10.31662%2Fjmaj.2022-0143 )
具体的には、ヨーロッパ9か国 ( イギリス、クロアチア、スイス、ノルウェー、スウェーデン、チェコ、アイルランド、デンマーク、リトアニア )におけるデータを用いて、ワクチン接種率および検査頻度がコロナ感染による致死率(CFR)に与える影響を評価した。これらの国は、コロナによる患者数および死亡者数の3割程度の減少に貢献したと報告されているワクチンパスポートを、2022年2月11日時点で導入していなかったヨーロッパの国々である。なお、当時の流行株の主流はオミクロン株であった。単変量解析の結果、ワクチン接種率とCFRの間に強い負の相関が見られた一方で、検査頻度はCFRに統計的に有意な影響を及ぼしていなかいことが明らかとなった。
結果として、ワクチン接種の取り組みが、検査頻度の充実よりも、CFRの低減に寄与することが示唆された。ワクチン接種率が上がっている現在、CFRに注目すれば、デルタ株と比較して潜伏期間が短く、重症化率の低いオミクロン株では、頻回な検査は感染対策として有効であるという、これまでのコンセンサスが通用しなくなった可能性も示唆される。とはいえ、これはあくまでecological studyに過ぎないため、因果関係について断定することは困難であり、解釈には注意が必要である。
あくまでイギリスの政策では、感染者を増やさないことではなく、コロナと共存するために、死者数を増やさないための対策に、完全に舵を切っているように私は感じている。BBCの健康関連の最新ニュースを開いていても、コロナ関連ニュースは規制されているのかと思うほど情報は多いとは言えない。私がエディンバラ大学在籍中より、週に一度は大学から必ずメールで届いていたと言っても過言ではない、コロナ関連の最新情報も、今年に入ってからは一件も届いていない。友人はイギリスに向かう飛行機の中で、“マスクを着けているのは自分も入れて二人しかいない”と言っていた。ご年配の方々が、多少コロナへの感染を心配されているような雰囲気こそあれ、多くのイギリス国民は、指摘されている医療の逼迫とは裏腹に、“もうコロナは終わった”、と感じているのではないだろうか。
一方で、現在のイギリスの医療の状況は深刻である。ここ10年で最悪と言われているインフルエンザの流行と、新型コロナウイルスの冬の流行とが重なり、現在イギリスでは、急患を搬送した救急車の40%以上が、患者の受け渡しのために30分以上待たされていると言われる状況である。そして、そう指摘されながらも、看護師や救急隊員もストライキを決行し、医師会でもストライキを決行するかどうかの投票が行われているというのだから、驚くばかりだ。現状を鑑みる限り、イギリス政府、そしてNHSは、コロナ対策において、十分に国民をリードできていないと言えるだろう。
今回は特に、イギリスのコロナ検査体制の変化に焦点を当てたが、イギリスでは現在、抗原検査のキットは、5個入り10ポンド(1600円程度)で、薬局で販売されている。同様に、フランス、ドイツといった西欧諸国でも、検査は有料化する方向に向かっている。しかし、ワクチンの安全性に対する懸念から接種を避ける人の存在であったり、感染によるLong COVID等の長期的影響などが議論になっていることを考慮すると、コロナに感染しないために講じる対策は無意味と、現時点で明言することは早計であり、有効なあらゆる手段を準備すべきである。感染は仕方ないと諦めるのではなく、地域レベルから、効果的な対策の検証と実行を繰り返していく姿勢が、今後イギリスだけでなく日本においても重要である。
【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部医学科4年生。父はドイツ人、母は日本人。コロナ禍で英エディンバラ大学に留学し、公衆衛生を学んだ。最近発見したイギリス人と北海道民の共通点。何が何でも傘はささない。今日も札幌は雪マークです。