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Vol.23018 私のささやかなコミュニケーションの話

医療ガバナンス学会 (2023年1月30日 06:00)


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広島大学医学部
溝上希

2023年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私はコミュニケーションを図る上で、強く意識することがある。「心の鎧」を脱ぎ捨てることである。本音と建前とよくいうが、実は本音とか伝えたいことの核心というのは、小さい頃からさして変わらない単純な動機であることが多いような気がする。少なくとも私はそうだ。「心の鎧」、つまり建前の部分をいかに理路整然と正しそうに言えることが大事なのだと思っていた。
しかし、高校生の頃、他人とコミュニケーションする上で失敗した経験がある。自分の信じる正義や正論が、時に鋭い刃となって相手を傷つけることを知った。人とのいいコミュニケーションにおいて、「正しいこと」というのはたまに邪魔になる。
大事な時こそ自分の気持ちを理論武装するのではなく、少しダサいと思われるくらい自分の気持ちを生身で柔らかい状態で相手に差し出すことは意外と難しいし、これから歳を重ねて少しずつ社会を知っていくほど課題になると感じる。

今年の秋は「旅」を通してそれを改めて強く実感する季節となった。

10月末には岡山へ「合宿」に、11月にはアメリカ・カリフォルニア州のサンタマリアへ「ホームステイ」に行った。

岡山には、いつもお世話になっている上昌広先生をはじめとして、藤井健志先生、岸友紀子先生、岸先生の息子さん、そして研究室で一緒に切磋琢磨している先輩や同級生が全国各地から集まった。
岡山駅から桃太郎線という愛称でも親しまれているJR吉備線に乗って備前一宮まで行き、吉備津神社などの神社を観光した後、車で高梁市まで移動し、吹屋ふるさと村のリノベーションされた古民家に宿泊した。
お昼の観光もさることながら、この「合宿」の醍醐味は深夜まで続いた先輩や同級生との語り合いにあると思う。お互いの近況報告から始まり、昔話に花を咲かせたり、現在や将来の悩み事や夢まで打ち明けたりする。岡山に集まったメンバーは、生活拠点がバラバラで久しぶりにお会いする人も多く、初めましての方もいた。
しかしながら、「語り合い」が盛り上がって深夜まで続く訳は、「心の鎧」を簡単に脱ぎ捨ててしまえる人が多いからであると思う。さらになぜそのような人が多いのかを深ぼっていくと、行き着くのは上昌広先生の教えにあると思う。上先生は人と接する上でその人の「内在的価値観」を大事にするように、とよくおっしゃる。だから、上先生の研究室で出会う人とは初めて会った人でも、会話の中でその人の生い立ちや生まれ育った環境といった内在的価値観を互いに探ろうとする。「君はどこで生まれ育ったの?」「君の学校はどこだったの?」「君が生まれ育った土地や学校には歴史的にどんな背景があり、どんな価値観が大切とされているの?」「それに対して君はどう思っているの?」こんな具合だ。
研究室に入った当初、私は距離が遠い人には差し障りのない話を、距離が近くなれば段々と打ち明けていくといったグラデーションのようなコミュニケーションの仕方に慣れていたので少々驚いた。しかし、今となっては私は相手との意思疎通において「内在的価値観」を非常に大事にしている。相手の思考の土台となる内在的価値観を知っている状態だと「心の鎧」を通り抜けて相手の本音、伝えたいことの核心に辿り着きやすいし、逆も然りで自分の内在的価値観を知っている状態の相手に対して、「心の鎧」を纏いすぎる必要もあまりない。だから、今回の岡山合宿においても「心の鎧」を簡単に脱ぎ捨ててしまえる人が多いのだ。

岡山合宿から約2週間後、カリフォルニア州・サンタマリアへのホームステイに向かった。

皆さんはサンタマリアという都市は知っておられるだろうか?ご存知ない方がほとんどだと思う。サンタマリアは、ロサンゼルス国際空港から車で3時間ほど海岸線に沿って北上した位置にある地域で、カルフォルニア州海岸部に典型的な地中海性気候の恩恵を受けたワイン産業が有名だ。
かくいう私もホームステイに行くまでサンタマリアのことは正直あまり分かっておらず、カルフォルニア州にあるという理由だけで、中身の確認をせずに『地球の歩き方・アメリカ西海岸』を購入したところ、いざ目次ページを開いてもどこにも「サンタマリア」の文字は見つからなかった。それくらい日本人旅行者にとってこの都市は馴染みのない地域であることに間違いはないだろう。
そんなサンタマリアをなぜ私がホームステイ先に選んだのかというと、実はサンタマリアというよりもむしろそこに住んでいる「家族」に興味があったからだ。というのも、今回私のステイを受け入れてくれた家族は、私の母が36年前に行った初海外ホームステイ先の家族なのである。
私の母の話す若い頃のエピソードはだいたい決まって何種類かで、それをローテーションで話すのだが、その中でも特にお気に入りなのが、上記の36年前のホームステイの話だ。母は、それまですごく大人しくシャイな性格だったというが、そのホームステイの経験を経て性格が変わっていったという。確かに、今の母は社交的でかつ行動力のある女性であり、なんといっても人と打ち解けるのが早い。「心の鎧」なんてものはほとんど存在しないように感じることもある。そんな母をガラリと変えた家族に会ってみたい、と思いサンタマリアへと向かった。
サンタマリアの家族は、36年経っても変わらず四六時中家のどこかで誰かが歌っていたり、踊っていたりするような明るい家族だった。イタリア系移民で、昔家族がどのようにアメリカに渡ってきたか、何を家業とし、どんな出会いで結婚したのか、どんなことを大事にして子供を育てたかなど、包み隠さず教えてくれた。逆に私に関しても生まれた場所や家族のこと、育った家庭環境などぐっと振り下げて聞かれた。私は気付いた。「内在的価値観」が海を渡っている!
だから、初対面でも生まれた国が違っても、会話の内容というのは普段とあまり変わりない。ある時の会話で、自分の中で悩んでいてうまく答えが出ないことを素直に話したら、私の立場に立って気の利いた言葉をかけてくれた。泣きそうなくらい嬉しかった。「心の鎧」を壊して出てきた単純な私の言葉は、相手の琴線に触れ、その相手から出る言葉は私の琴線に触れる。互いが「心の鎧」を捨てて生身の状態、オープンにした状態だからこそ浮かんでくる言葉があると感じた。

私の大好きなアニメ、エヴァンゲリオンにも出てくる心理学用語「ヤマアラシのジレンマ」というのがある。鋭い針毛を持つヤマアラシは、互いに寄り添い合おうとすると自分の針毛で相手を傷つけてしまうため近づけない、というショーペンハウアーの寓話から名付けられたもので、人との心理的距離が近くなればなるほど、お互いを傷つけ合うという人間関係のジレンマのことである。
私たちの世代なのか、私たちの年齢なのか、私のいる環境なのかわからないが、これを抱えている人は本当に多いと感じる。やはり私もその一人だ。ヤマアラシのジレンマでいう「鋭い針毛」を私は「心の鎧」のうちの1つだと解釈する。これからも、「鋭い針毛」、「心の鎧」をいかに壊し、脱ぎ捨てていけるのか模索する。

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