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Vol.23037 東大コロナ留年-消極的反応の背景にあるもの-

医療ガバナンス学会 (2023年2月27日 06:00)


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北海道大学医学部
金田侑大

2023年2月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

昨年8月、東京大学教養学部理科3類に在籍する杉浦蒼大さんが、コロナ感染により授業を受けられず、補講が認められないまま単位が不認定となったことで、東大を相手に訴訟を起こすまでに至っている東大コロナ留年問題に関して、これまで各所からいただく反応は、正直なところ、消極的なものが多かった。

「東大の対応は“そんなことある?”という感じで、なんでそんな対応を取ったんだって勘繰ってしまう。(中略)特に、医学部の学生は、やる気がない学生が多く、教養科目の先生たちから睨まれたりしてしまう部分はある。」

先日、私が通う北大医学部の先生から、上のような意見をいただいた。確かに、この先生が仰られるように、一人間が判断している以上、担当教員の“主観”で、杉浦さんの補講対応の有無が決定された可能性は否定できない。実際、杉浦さんが単位を認められなかったのと同じ科目で、他の学生の場合は、期限後に提出した診断書で補講が認められた事例があったという。教員が恣意的に杉浦さんの診断書の受け取りを拒否した可能性は、本当のところは誰にもわからない。

少なくとも、私が一貫して問題を提起しているのは、東大側が異議申し立てをまともに取り合わず、途方に暮れて記者会見という手段に訴えざるを得なかった杉浦さんに対し、そのことに対する謝罪の一つもなく、反論をホームページに上げたという点だ。しかも、その内容には、杉浦さんの日ごろの生活態度があたかも不真面目であることを示唆するかのような文面が含まれていた。日本最高峰の厳しい受験戦争を経て入学した憧れの大学から、そのような愛のない対応を受けるのは、自分が杉浦さんの立場だったらと思うと、あまりに悲しくてやっていられない。

学生は成績というブラックボックスで首根っこを掴まれてる。多くの東大生から“前期教養の成績のシステム色々気に食わないところがある”という声を聞くが、杉浦さんのように異議申し立てをした後に17点減点された事例を見てしまうと、矢面に立って立ち上がることは難しい。

そのような時こそ、他の教員たちに立ち上がってもらいたいものだが、いざというときに学生の味方をしてくださる教員も多くはない。実際、この件に関する署名活動を立ち上げた際も、周りの教員からの反応は、以下のようなものが大半であった。

「あの件は何か裏がありそうだから、慎重になった方がいいよ。」

「今後の医師人生どうなってもよい、本気で学生には不備がなく、大学の注意義務違反で損害が生じている、大学を罰したいと考えるのであれば、民事訴訟の方が効果的かと思います。」

「現在の立場で、賛同するまでの判断材料が十分とはいえません。」

普段私が個人的に信頼していた教員の方々であっても、この件に関してはだんまりを決め込む方々も多かった。それほどまでに東大が行っている対応が異質で理解しがたく、そして、杉浦さんが取った方法が最適なのかに関しても、疑問が残るという意見があることもわかる。しかし、表に出ているだけでもおかしい部分があるなら、それはおかしいと学生の味方に立てない教員たちと、本当の意味で信頼関係を築くことが、果たしてできるのだろうか。

なぜここまで消極的なのか。答えは極めてシンプルだ。日本の大学は、学生を見ていないのだ。国を、そして政府を見ている。小泉政権下で進められた国立大学法人化により、大学の自治の在り方は大きく変わった。法人化による自主性や独立性の確保はどこへやら。実際には、運営費交付金の削減が続き、今や、自主性も独立性も侵害されている。

しかもこの国には、政府の方針に逆らうことで、大学に勤める人のポジションが危うくなることを示す前例まである。北大前総長の名和豊春氏だ。彼は、2020年6月に、当時の萩生田文科相により北大の総長の座を解任させられている。直接の理由は職員へのハラスメントとされているものの、在任中、学内の機関に、誰からもハラスメントの相談自体がなかったことが判明している。背景には、文部科学省への反発や軍事研究からの撤退などがあると言われている。このような事例があるために、小さい霞が関である東大に、誰も異議申し立てなどできないのだ。

大学だけではない。裁判所、学会、文科省など、もともと東大の対応を追及することに腰が引けているように感じる。

東京地裁の岡田幸人裁判長は、行政処分は存在しないと頑なに主張する東大の主張を口頭弁論を開くこともなく認め、1カ月足らずで門前払いの判決を下した。しかも、この時の判決文の記載は、東大の主張の「コピペ」であったことが分かっている。

文科省は署名の受け取りに関して、「係争中の案件であり、裁判所での判断に影響する可能性があるため、裁判が終わるまで受け取りは見送りたい」と対応した。裁判をしていることと、署名を受け取ることの間に、一体何の関係があるというのだろう。むしろ裁判になるような案件だからこそ、広く世論を問い、各大学に丁寧な対応を要求すべきだったのではないか。

学会も同じだ。本件に関して某学会に論文を投稿したが、不採択であった。それは私の未熟さが原因だと言われてしまえばそれまでなのだが、不採択の理由としていただいた返事には、「係争中の事案ということで、どちらか一方の主張のみを掲載することは適切ではないという意見が出されたことによります。」と書かれていた。国のご機嫌を伺っていて、本当に学問ができるのだろうか。

高裁が地裁の門前払い判決を棄却したことで、ようやく少し風向きが変わってきたと感じる。なんのために大学があるのか、今一度考えてみてほしい。今回の問題で議論すべき本質は、東大が学生を最優先しなかったという点だ。東大の一学生の問題だと矮小化せず、学生が主役の場である大学の自治を守るための議論に繋がることを期待したい。

【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部医学科の歩くグローバル。2021年9月から2022年7月までイギリスのエディンバラ大学に留学し、医療政策・国際保健を学んだ。座右の銘は“いちゃりばちょーでー”。前回公募させていただいた冬の札幌で楽しめる趣味、選ばれたのは、カーリングでした。

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