医療ガバナンス学会 (2023年2月28日 06:00)
国立大学法人大阪大学大学院工学研究科
コンプライアンス室レジリエンス教育部門 講師
工学部・工学研究科相談室担当 公認心理師
根岸 和政
2023年2月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そもそも人間の行動は、すべて感情によって決定づけられる。その感情は、自分の期待、願望、欲求の満足度によって規定される。引きこもり・研究室不登校という行動も例外ではない。きっかけはそれぞれではあるが、各自の「体験から湧き起るネガティブな感情」によって決定づけられる。代表的なものが、挫折感、恐怖感、不安感だ。何かしらの期待や希望、願望が満たされなかった時、これらネガティブな感情が表出し、結果として引きこもり・研究室不登校という行動に移行していると考えられる。
さらに時間の経過とともに、挫折感、恐怖感、不安感に加えて、焦燥感、将来に対する絶望感も表出してくる。これらの感情を感じなくするために、ゲームや飲酒等に身を委ね、苦痛を和らげようとするケースもある。
ネガティブな感情に苛まれている場合、一人で解決を試みても、さらにネガティブなスパイラルに陥ることがほとんどである。そのため相談窓口が必須となる。担当するのは、一般的に精神科医、臨床心理士、公認心理師の他、学生対応の経験豊富な教員の方々である。
私は相談員としての経験から、引きこもりや研究室不登校の学生については、孤立無援感の払拭および大学との距離が遠ざからないことが重要であると考えていた。そこで、どうせ引きこもるなら学内で引きこもってもらうことを考え、工学研究科内における「引きこもり部屋」の必要性を提案した。
こうして2017年に解説されたのが、レジリエンス・サポートルーム(復学支援室)だ。
レジリエンス・サポートルームは、一人あたりの占有面積を4㎡として17名が利用できる面積を確保している。コロナ禍にある現在は、利用人数を8名に限定している。月~金、午前10:00〜17:00を利用時間としている。利用学生が自分のペースで過ごすことができるよう、安全・安心を確保するための環境整備にも注力している。
3つの学習ブースが設置され、講義室での受講が困難な学生のために遠隔講義システムも導入している。さらに、リラックスできるフリースペース、人の姿みえないところで過ごせるカウンターエリアも設けている。この他、ヨガ教室やアロマテラピー講座、コミュケーション力UP講座、レジリエンスの鍛え方講座、医師による足助式医療體操(体操)も展開している。
また、専任スタッフ1名がおり、学生の孤立無援感を払拭している。休憩時間等による専任スタッフ不在時には、教務課学生支援係のスタッフが対応マニュアルに準じて学生の様子に目を配るなど、見守り手として協力している。
学生の利用にあたっては、工学部・工学研究科相談室で面談を実施し、レジリエンス・サポートルーム利用が効果的であると判断した場合、学生に利用提案をし、まずは見学してもらう。その上で希望する場合は、契約書にサインの上、利用開始としている。利用契約書の内容は、1)自分を傷つけない、2)他人を傷つけない、3)ものを壊さない、の3つを旨とし、また、利用目的と利用に伴う配慮希望を記述してもらっている。
利用学生の9割は修学、卒業、進学、転学に至っており、残りの1割は退学しているが、医療機関での治療優先や進路変更が主な理由となっている。休学中の学生にも必要に応じて利用許可を出している。
2020年4月、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言によって、新入生たちは、思い描いていたキャンパスライフを打ち砕かれてしまった。引きこもりたくなくても引きこもらなければならない事態となった。工学部・工学研究科相談室における相談回数も500回を越えた。大学に来られないため、レジリエンス・サポートルームの年間利用延べ人数も減少したが、現在はできる限りの感染防止策を講じて開室している。
ある学生が、研究室に戻るようになった。「しんどくなったら、レジリエンス・サポートルームに帰ればいいから」と言いながら。レジリエンス・サポートルームのコンセプトは、たとえ、最終的に中退することになっても、大阪大学工学研究科に来て良かったという思いを残すことである。