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Vol.23049 東大コロナ留年-北大との対応の違い-

医療ガバナンス学会 (2023年3月16日 06:00)


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北海道大学医学部
金田侑大

2023年3月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医学は人間学だ。医療という、人を対象とする行為で完結される以上、患者の背景にある価値観や文化、歴史に対する教養を抜きに、治療を語ることはできない。近年の医学教育では、医学と教養とを分けて考えているような風潮が強いと感じる。

私は栄えある100期生として2018年度、北海道大学医学部医学科に入学した。北大医学部では、入学してからの1年は総合教育部に配属され、他の理系学部の学生と一緒に多くの教養科目を共に学習する。高い志を持って医学部に入ったものの、1年間、医学に全く触れることはできず、北海道の広大な大地で放牧されることで、多くの医学生は中だるみを経験することになるが、シラバスではこの過程は、“人間性を磨き、生涯医学徒であるための土台をつくる大切な時期”とされている。このようなリベラルアーツを重視する理念は、東京大学の学部教育課程とと通ずるものがある。実際、国公立前期試験で学部を選ばない総合型選抜入試を行っていたのは、2020年までは北大と東大の2大学のみであった。

ただ、ちょうど私が北大に入学した年度はカリキュラム改訂の年で、従来は2年充てられていた教養課程は、1年に短縮されるタイミングであった。この背景には医学部の2023年問題がある。国際基準を満たすように、その分の病院での実習時間が補填されることとなった。必要な教養科目の単位数は、56単位から53単位へと多少減ったものの、北大は1セメスターで履修できる単位数の最大数が25単位であり、長期休暇の抽選による開講科目や外国語科目の優秀認定(最大4単位認定される)が取れなかった場合に、すべての単位を1年生で回収することは非常に難しくなる。そのため、私たちの代では、1年から2年に進級する際、はじめ、8人に留年が言い渡された。

“はじめ”と書いたのには理由がある。なぜなら、最終的に留年となったのは4人だったからだ。救済措置が認められた4人は、落とした科目が1科目であったこと、基礎医学の科目の受講の合間に、同じキャンパスにある教養棟で当該科目の履修が可能であったことなどを背景に、規定に反しているにも関わらず、進級が認められた。この時、進級が認められた4人は、その後留年することもなく、来年には国家試験を控えている。

北大医学教育推進センターの先生は、“社会に一刻も早くいい医者を送り出すのが私たちの使命です”と仰る。そういう意味では、留学させていただき、1年留年している私は、ある種の“反乱分子”と捉えられてしまうかもしれないが、私が留学に行きたい、と、申請書類を提出した際にも、医学部長は、その翌日には許可のハンコを押してくださった。学生を見ているとは、このような懐の深さを持って、一人一人の学生に対応することだと私は思う。既存のルールで画一的に学生の対応をすることは、学部にとっては楽なのかもしれないが、学生と教員との間の信頼関係を脅かし、学生個人に対してのみならず、社会的にもマイナスの側面が大きい。

さて、コロナ感染により授業を受けられず、補講が認められないまま単位が不認定となったことで、東大を相手に訴訟を起こしている杉浦蒼大さんは、東京大学教養学部理科三類に所属する1年生だ。北大と同様、医学部の前座としてではなく、教養として学ぶこと自体に価値がある、という理念のもと、東大では全新入生が2年生まで教養学部に所属することになる。順当に行けば、今頃は医学部医学科に進学が決まり、基礎医学の試験に追われているはずだった。しかし、進学は認められず、大学からは2年生から1年生に下げられる降年処分が下され、事実上“留年”となってしまっているのが現状だ。

北大との背景的な違いは多少あるだろう。北大は、水産学部以外が札幌の1つのキャンパスにまとまっているのに対し、東大では、教養は駒場、専門は本郷とキャンパスが分かれている。したがって、授業の合間に受けに行くのは難しいという声が上がるかもしれない。しかし、補講を行っている他の実験科目(物理・化学)では、学生たちに、本郷の医学部に通いながら、駒場で補講を受けさせていると聞く。杉浦さんが単位を認められなかった生物の基礎実験は、そもそも補講をしていないそうだが、今年はオンラインで開講されていたこともあり、杉浦さんを医学部医学科に仮進級させた上で、フレキシブルな対応を取ることは決して不可能ではないはずだ。まして、理三から医学部医学科はほぼほぼ“全入”と言われている時代だ。3月中に補講すれば、まだ医学部進学に間に合うというのが杉浦さんの主張だ。関係各所の早急な判断を期待したい。

教育とは、本質的に教員と学生の協同作業である。そして、その目的はあらゆる機会、場所において実現されなければならないと、教職員規範の方針として定められている。しかしながら、現在の東大の対応方針は、文科省の管理体制の慣れの果てのように感じる。ましてや、杉浦さんのケースは、平時ではなく、コロナ感染という特殊な状況下にあったわけで、既存の制度論で議論に上げること自体が誤りだ。

群馬大学医学部で起きた“寸劇大量留年”も、漫画チックで外からでも分かりやすいというだけで、杉浦さんの件と背景にある文脈は変わらない。そもそも、大学とは教育機関であり、若者を育てる場だという基本理念が欠落しているのではないか。テストで点が取れなかったというわけではなく、コロナ感染時の補講対応が認められなかったために留年、と言われたところで、杉浦さんが納得できるはずがない。初めから大学側がすべきであったことは、自分たちの対応を正当化し、権威を守ろうとすることではなく、学生の声に耳を傾け、適切な情報開示を行い、両者が納得のできる対話の場を設けることだったのではないかと、私は思う。

【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部医学科の歩くグローバル。2021年9月から2022年7月までイギリスのエディンバラ大学に留学し、医療政策・国際保健を学んだ。しし座。2年間親しんだ“北海道大学医学部4年”という自己紹介とも、もうそろそろお別れです。

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