医療ガバナンス学会 (2010年11月12日 14:00)
提言
**シンポジウムは事前登録制となっており、参加受付は終了しております
2010年11月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
慢性疲労症候群(CFS)は、1980年代にアメリカ・ネバダ州のタホ湖で300人以上に集団発生したことで、世界的に知られるようになる。今だにこの 病気を診断するバイオマーカーは見つかっていない。欧米でも長い間、「CFSは器質的疾患か、精神的なものか、そもそもこの疾患は存在するのか」といった 議論が続いていたが、現在イギリスやアメリカでは、政府がこの病気を器質的疾患と認め、深刻な病気ととらえるように指導している。回復はまれで、寝たきり になる患者も多く、病歴20年という患者も珍しくない。イギリス・カナダではCFSを筋痛性脳脊髄炎と呼んでいるが、筋痛性脳脊髄炎は世界保健機関の国際 疾病分類において、神経系疾患と分類されている。
去年の10月のサイエンスに続き、今年8月23日のPNAS(the Proceedings of the National Academy of Sciences)に、MLV-related viruses(マウス白血病ウィルス関連のウィルス)が、慢性疲労症候群の患者の86.5%から見つかったと発表された。これはアメリカ食品医薬品局、 国立衛生研究所とハーバード大学の教授らの共同研究による。これによって、CFSの原因にウイルスが関連していることが強く示唆された。
一方日本では、1991年に旧厚生省にCFSの研究班が発足されたが、96年には廃止され、ウイルスの研究はなおざりにされてきた。最近の新聞や雑誌の 記事によれば、CFSはストレスによって免疫力が低下し、体内にあるウィルスが再活性化したのが原因であるとか、物事への固着性が強く完璧主義の人がなる 病気であるとか書かれ、慢性疲労が悪化するとCFSになるかのように報道されている。
日本には38万人の患者がいると推測されているにもかかわらず、この病気に対する研究は年々縮小され、診察を行う医師も減少している。患者たちは医師からだけではなく、家族や友人、学校や職場でも理解されず、偏見にさらされ孤立して苦しんでいる。
患者は見た目は健康そうで、病気の深刻さを理解してもらうのが非常に困難であるため、この病気の正しい認知を広めるために、アメリカのドキュメンタリー 映画「アイ・リメンバー・ミー」を翻訳した。日本語字幕付きDVDを制作し、東京の各地で上映会を開き、この2月には「慢性疲労症候群をともに考える 会」(http://cfsnon.blogspot.com/)を発足させた。私達の会では、重症患者の実態を明らかにし、厚生労働省にもう一度CFS の研究班を立ち上げるよう働きかけている。
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患者の勇気ある行動が国を動かした:HTLV-1特命チーム誕生
山野嘉久(聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター准教授、「日本からHTLVウイルスをなくす会」顧問)
ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)の感染者は、日本に100万人以上存在し、一部に白血病(ATL)や神経難病HAMなどを引き起こす。いずれ も難治性の病気だ。HTLV-1は、主に母乳を介し感染することがわかっていたが、九州に患者や感染者が偏在していたため、その対策は自治体の判断に委ね られ、鹿児島や長崎など一部の地域でのみ、妊婦抗体検査や授乳指導が行われてきた。「ウイルスの感染性は低く発症率も低いため、自然減するであろう」とい う甘い観測があったのだ。しかし2008年の全国疫学調査で、20年前と比べ、全国の感染者数はほぼ横ばいであり、関東などではむしろ増加していることが 判った。
HAM患者会「アトムの会」は2003年に設立、HAMの難病認定を求めて活動を始めた。会にはHAM患者からの相談が相次いだが、未発病キャリアの悩 む声も多く、全国から電話やメールが寄せられた。また、入会したATL患者は次々に命を落とした。このような状況を目の当たりにした患者会のメンバー達 は、「HAMだけが問題ではない。ウイルスをなくさなければ変わらない」と、新たに”HTLV-1撲滅”を目標に掲げ動き始めた。2005年に鹿児島で NPO法人「日本からHTLVウイルスをなくす会」、2009年には関東でNPO法人「はむるの会」を結成。不自由な体に鞭打って、厚労省や国会議員会館 を幾度となく訪れ、HTLV-1総合対策の必要性を訴え続けた。当初は厚労省に管轄部署もなく、認知度の低さから「風土病」といわれ、取り合ってもらえな かったが、「子供や孫の世代に同じ苦しみを味あわせたくない」という心が彼らを支えてきた。地道な活動がようやく結実し、2009年度からHAMは難病指 定を受け、さらに2010年9月8日、菅首相との面会が実現し、「HTLV-1対策特命チーム」の結成を約束、9月13日のチーム初会合で、全国一律妊婦 抗体検査を今年度中に実施することが発表された。関係者や支援者たちは、急展開に驚きつつも、大きな前進に手を取り合って喜んだ。まさに患者の行動が国を 突き動かしたのである。患者さん方の勇気ある行動に心から敬意を表したい。
しかしこれがゴールではない。妊婦の抗体検査や授乳指導の実施は、新たな感染者をなくす一方で、キャリアと判って悩みを抱く方を増やすことにもなる。相 談窓口の設置、対応を行う医療従事者や指導員の教育や育成、一般の方に対する正しい知識の啓蒙活動などを早急に実施しなければ、いたずらに不安や差別をあ おる可能性が危惧される。ようやくつかんだ患者たちの希望の光を消すことのないよう、HTLV-1特命チームを中心とした政府・関係省庁の迅速かつ適切な 対応を望んでやまない。