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Vol.23089 「睡眠薬で死ねるんですか?」

医療ガバナンス学会 (2023年5月23日 06:00)


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相馬中央病院 内科医長
原田文植

2023年5月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

会社経営をしている70歳の男性に外来で質問された。「最近の睡眠薬では死ねません。しっかり生きて仕事して下さい、私のためにも」と返答した。男性は過去に心筋梗塞の既往がある。

歌舞伎俳優が自宅で両親とともに倒れているところを発見され、救急搬送された。発見当時(5月18日)、両親は死後1~2日経過していたとのことだが、現時点(5月22日)で詳細はあきらかではない。報道によると、向精神薬の大量服薬が死因として疑われている。俳優本人も発見時、意識が朦朧としていたが、現在は警察からの事情聴取も進んでいるとのこと。当事者家族にしかわからない深い闇があったのだろう。

●なぜ大量の向精神薬を入手できたのだろう?
眠剤や向精神薬は原則一か月間しか処方できないのだから、本来患者さんは大量に入手できないようになっている。ただし、それはあくまでも外来を通して処方される場合に限り、である。芸能人などの著名人は一般の方々と同じように外来待合を通じて受診することは困難だ。これは彼らを特別扱いしているからではなく、待合室がパニックになってしまうからだ。
毎月受診することも難しいので準長期処方のように長く出すこともある。実際、長期に投薬する裏技は存在する。定期処方として眠剤を出した上で、不眠時頓服として数錠追加することもある。
譲り受けるケースもある。「旅行中、眠れない友人がいたので手持ちの眠剤を少しわけてあげました。足りなくなったので眠剤出してください」と訴える患者さんもいる。さすがに少しお説教するが、本人に罪悪感はない。
溜め込んでいるケースもある。医師は患者さんが順調だとあえて処方内容を変えないことが多い。「よく眠れています」と患者さんが言っても「では眠剤止めましょう」とはなかなかならない。それほど不眠症というのは「完治」が難しい。厚生労働省の報告によると、日本では一般成人の30〜40%が何らかの不眠症状を有しているそうだ。慢性不眠症は成人の約10%に見られ、その原因はストレス、精神疾患、神経疾患、アルコール、薬剤の副作用など多岐にわたる。加齢とともに不眠症状は増加し、60歳以上では半数以上の方が不眠症とされている。また、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症などの大きな災害があった後には一過性に増加するとされている。日本では成人の5%が不眠のため睡眠薬を服用しているというのが現実だ。実際、医師や政治家でも睡眠薬を常用している人は多い。
筆者は東京下町で10年間以上一般外来診療していた経験がある。現在福島県相馬市で内科診療を行っている。着任当初、睡眠薬を飲んでいる患者さんの多さに驚いた。正確に調べたわけではないが、東京の患者さんより内服している割合は高いという印象だ。田舎の夜は暗く、静かだ。夜の孤独に耐えるのは辛い。コロナ禍で他者との交流が減り、孤独感から眠剤使用者が増えている可能性もある。

●大量服薬すれば死ぬのか?
現在一般的に出回っている睡眠薬や向精神薬は、大量に飲んでもなかなか死なないようにデザインされている。昭和39年の犯罪白書によると、当時ハイミナールなどの睡眠薬で陶酔感を楽しむ「睡眠薬遊び」というのが流行した。当時の睡眠薬は「バルビツール酸系」という依存性や致死性の高いものが主流であった。これらの睡眠薬は自殺に使われたりすることがあったため、現在の医師はほとんど投薬していない(少なくとも内科医は)。今回歌舞伎役者の親の死に関連したとされる「ハルシオン」は「ベンゾジアゼピン系」であり、致死性に関してはほとんど耳にしない。
ただし、認知症との関連の報告はあり、高齢者には慎重に投与するようにとされている。ただし、患者さんから希望されれば、投薬することはある。なぜなら睡眠自体が治療だからだ。睡眠不足は高血圧や高血糖など生活習慣病を悪化させる危険性がある。逆に患者さんの中には睡眠薬に抵抗のある患者さんも少なくない。そういう患者さんに対しても「黙って一週間だけ飲んでみて。そのあとは飲まなくていいから」と説得し、睡眠薬を内服してもらって血圧が低下したケースもある。
逆に、眠剤に依存している、耐性化が進んでいるというケースでは種類を変えたり、偽薬を使うこともある。在宅患者さんの場合、意識朦朧状態での転倒が問題になる。そういう場合家族の理解を得た上で、実際に偽薬を用いている。こういう医療は、医学的側面から批判されるかもしれない。患者一人一人の事情を理解した上で医師の裁量で投薬することは医学的には間違っていても、医療としては正しい場合もある。臨床とはそういうものだ。

●はたして向精神薬だけだったのか?
2009年8月28日米国の歌手マイケルジャクソン(享年51歳)が薬物中毒で亡くなっている。マイケルの主治医は不眠治療のため、6週間にわたって毎晩プロポフォールを投与したという。プロポフォールは、外科手術において全身麻酔の導入・維持に用いられる麻酔薬である。呼吸抑制作用があるため、設備の整った環境で麻酔専門医による適切な用法と常時監視の下で使用しなければ、呼吸停止・心停止を起こす可能性がある。日本の医師が患者にプロポフォールを投与したとは考え難いが、芸能人などの特殊なコネクションを持つ人たちにおいては絶対にあり得ないとは言えない。プロポフォールではなくても、麻酔薬に近いような薬剤との併用などがあれば致死性が増す可能性はある。

●嘔吐物を誤嚥した上での窒息死の可能性は?
報道によると、発見当時、役者の両親は仰臥位だったとのこと。仰臥位というのは窒息しやすい体勢なので、睡眠時無呼吸症候群の患者さんには仰臥位で寝ないように指導するのが一般的だ。もしアルコールなどを併用していた場合、嘔吐物を誤飲し、窒息した可能性もある。

今回の歌舞伎役者の家庭で起こった事件にはまだまだ不明な点が多い。母親が長期にわたり寝たきりの父親を介護していたという報道もある。介護に疲弊した家族が死を選択するしかないと感じるほど追い詰められていたのかもしれない。
華やかな舞台を経験しているが故に現実との落差を埋めることができず、大量の向精神薬を服薬することでしかバランスを保てなかったのかもしれない。死に至る原因は複合的な要因であることが多い。
さまざまな憶測が飛び交うが、当事者家族にしか真実はわからない。冒頭の患者さんの質問のように、著名人の報道が患者心理に与える影響は大きい。臨床医として慎重に経過を見守りたい。

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