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Vol.23094 花粉症と舌下免疫療法と薬不足

医療ガバナンス学会 (2023年6月2日 06:00)


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谷本哲也

2023年6月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

政府は5月30日に花粉症対策の関係閣僚会議を開き、舌下免疫療法を普及させるため、治療薬の供給量を現行の25万人分から、5年以内に4倍の100万人分に拡大するなどの対策をまとめたことが報道された。

花粉症に対する舌下免疫療法は比較的新しい治療法で、2014年に12歳以上65歳未満のスギ花粉の方への液剤が保険適用になったのが最初だ。その後、液剤の後継品で現在使われている錠剤の「シダキュア スギ花粉舌下錠」が2018年に発売され、適応も5歳以上65歳未満に広がった。

このスギ花粉に対する舌下免疫療法を発売するのは一社のみ、鳥居薬品株式会社だ。政策の影響もあるのか、株価は年初の2,898円から、5月30日には3,455円と上がり基調だ。2022年の決算報告書を見ると、売上高は前年から20億円増加の約489億円と公表されている。シダキュアと「ミティキュア ダニ舌下錠」を合わせた製品売上高に限ると、25億円増加の約185億円となっている。単純計算すれば、5年以内にこのアレルギー関係だけで700億円を超える売上となる可能性もある。個人的には鳥居薬品の株式とは無縁だが、業績の好調な伸びが期待される状況だ。

シダキュアの普及には、もちろん薬の効果や安全性が広く認知されたこともあるが、鳥居薬品の営業努力もあるはずだ。実際、医療ガバナンス研究所で運営している製薬マネーデータベースで鳥居薬品を調べると、最新の2019年度では学術研究助成費に2億8千万円、講師謝金等で1,721人の医師に対して1億5千万円ほど費やされている。この一部がシダキュア関連にも使われているのだろう。

私のところには鳥居薬品からの研究費や謝金は届かないが、内科医としてシダキュアを処方する立場にある。そこで最近問題になっているのが、シダキュア人気に伴う薬不足だ。業界用語では出荷調整と呼ばれるが、鳥居薬品の想定を上回る注文が続いたため、安定的に供給できなくなったようだ。特殊な薬のため需要増だからといって、すぐに増産もできない。

シダキュアは1回使ったからすぐ効く特効薬ではなく、3年から5年、根気よく毎日服用し続けると徐々に体質が変わってくるという代物だ。そのため薬不足になった場合、以前から続けている人が優先され、これから新しく始めたいという人は薬が十分手に入らない場合は後回しにされることになった。私が勤務するクリニックでも、ある程度は新規患者用に確保出来ているが、今後希望者が増えた場合には足りなくなる見込みだ。

そうはいっても花粉症の薬だ。薬不足だからといって慌ててパニックが起こるようなものではない。特に利益相反関係のない凡医の立場から見ると、シダキュアは特効薬でもないし、稀にアナフィラキシーなどの副作用もあり、費用も年間3万円程度かかる。一般的な抗アレルギー薬で対処できる場合も多いので、「選択肢の一つとしての治療法で、試してみることもできますが、ご興味ありますか?」という程度の温度感で患者さんにお話ししているのが現状だ。

そこで気になるのが、政府の舌下免疫療法への前のめり具合だ。花粉症に関する関係閣僚会議による「花粉症対策の全体像(案)」をみると、「アレルゲン免疫療法(舌下免疫療法等)の開始時期等について、医療機関等における適切な情報提供や集中的な広報を実施【厚生労働省】」とご丁寧に太字と下線で強調まで付けてある。

政府にそんなに力まれると、私のようなつむじ曲りは警戒心が湧いて来なくもない。本当に良い薬であれば、政府が口出ししなくても自然と処方が増え売れてくるのが一般的だ。高額抗がん剤のオプジーボが売れすぎて亡国論が話題になり、慌てて異例の薬価引き下げが行われたという事例もある。政府方針を決めるにあたり、特定の会社の製品に過剰に肩入れするのが果たして日本国民全体にとって良いことなのか注意が必要だ。

コロナ禍でも塩野義製薬のゾコーバ緊急承認の正当性に疑念が呈された。同じような判官贔屓が舌下免疫療法に起こっていないだろうか。他の抗アレルギー薬と比較した有効性、安全性、費用対効果、対象患者の絞り込みといった、舌下免疫療法の評価について公平で冷静な判断が必要だ。もちろん、日本の会社を応援するという政策はありだろうが、末端の医師としては科学的な面で患者一人ひとりの利益が損なわれないよう祈るばかりである。

 

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