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Vol. 362 朝日新聞の東大医科研病院の中傷報道について (上)

医療ガバナンス学会 (2010年11月24日 15:30)


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~医科研病院の臨床医として~

東京大学医科学研究所附属病院 外科 釣田義一郎
2010年11月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


朝日新聞が2010年10月15日の朝刊の1面と社会面に医科研病院で行われた臨床試験についての中傷報道を掲載して以来、様々な医師、患者会や学会よ り朝日新聞を非難するご意見や抗議文を発表していただきました。本当に励まされました。医科研病院の一職員として、お礼申し上げます。

私は2008年4月に東京大学医学部附属病院より医科研病院に異動しました。その直後、4月8日のTranslational Research (TR) カンファランスで、中村祐輔先生の癌ペプチドワクチンの講演を聞き、ペプチドワクチン治療という聞きなれない治療、その先見性と有望性を認識しました。

その後、研究所内の治験審査委員会の承認を経て、6臓器12プロトコールの癌ペプチドワクチンの第Ⅰ、Ⅱ相臨床試験が始まりました。私は外科医として5 臓器の試験分担医師としてこれらの臨床試験に参加致しました。今回報道された臨床試験は膵癌に対するプロトコールの一つであり、私は分担医師の一人でし た。そのため本症例について検討した臨床試験のカンファランスのほとんどに参加しております。また私は異動直後から内視鏡室長を兼任しておりますので、本 報道の出血症例の内視鏡検査に立ち会っていますし、その検査画像はすべて週一回外科内科合同で行われる内視鏡カンファランスで検討しております。したがっ て、今回報道された症例の治療経過や医科研病院の内情を知る臨床医の一人であります。

東京大学医科学研究所の今回の朝日新聞の報道に対する見解は(事実誤認、歪曲、論点のすり替え等)、既に清木元治所長が、医科研の公式ホームページに アップロードされておりますし、MRIC等のメディアでも取り上げてくださっております。これらの見解については、私は100%同意、支持致します。した がって、私の意見と重複する部分は、省略し、以下、医科研病院外科の臨床医として、私見を述べさせていただきます。

【重箱の隅-癌の実際の臨床を知らない人間の戯言(ざれごと)】

今回の臨床試験の対象症例は、進行再発膵癌と診断され、現在行われている標準治療がすべて無効もしくは副作用によって施行できない症例でした。本臨床試 験は、癌ペプチドワクチンとジェムシタビンの併用療法の臨床試験で、ジェムシタビンによる標準治療が無効であった症例が対象でした。

膵癌は他の悪性腫瘍と比較して進行が速いため、余命半年以内で癌の進行によりある程度ADLが低下します。がんセンターや大学病院だったら、「ホスピス を至急探してください」と、いわゆる「難民通知」を渡される状況です。このことは、進行膵癌の実際の治療を行ったことがある臨床医なら容易に想像できると 思います。

こういった病状の患者を対象として行う臨床試験ですから、臨床試験を行う前に本人およびその家族に行う説明は、十分時間をかけて行っていました。説明文 章はもちろん使用します。これには起こりうる有害事象が羅列されています。しかし、その一つ一つを詳しく説明しても、医療の専門家ではない患者や家人が理 解できるはずがありません。(医師が説明義務違反で訴えられる場合、こういった説明をしている場合が相当数あると私は推測しています。)したがって、こう いった説明の場合、

a) 今回行う治療は安全性が確立していないので、その治療によるいろいろな副作用が起こる可能性がある。その副作用が命取りになることがあること。
b) この治療が全く効果がないかもしれないこと。
c) 逆に病状が進行してしまう可能性もあること。

の3点を、絶対に理解していただくようにするべきです。個々の有害事象の説明はすればするほど、焦点がぼけた説明になります。したがって私はペンで示しな がら、このようなものがありますといった程度にとどめています。私は長年臨床試験に限らず、手術の説明もこういう具合に、大事な大筋を理解していただくよ う説明してきました。それでも、癌の手術の術前の説明となると1時間以上時間がかかります。ただし、説明が終わった後は、みなさんよく理解できましたと 言ってくださいます。

さて、もし今回の臨床試験の説明文の有害事象を羅列している箇所に、消化管出血が加わったら、臨床試験に参加することを取りやめる方がいらっしゃったでしょうか? ほかの有害事象は許容できるけど消化管出血は許容できないという患者に私は会ったことはありません。

たとえば、今回の臨床試験が癌術後の補助療法のような、対象に担癌患者ではない人、健常人が含まれている場合でしたら、ペプチド投与中に消化管出血を起 こしたら大問題です。試験中止を考慮する必要もあるでしょう。しかし、今回の臨床試験のような進行患者を対象としている場合は、消化管出血といった進行癌 症例によく見られる事象は、全くの想定内です。消化管出血に限らず命に係わる有害事象が、ペプチド投与に関係するしないにかかわらず起こりうることは、担 当医師のみならず、患者本人や家族も十分理解しています。本臨床試験はそういう医師と患者の共通認識の上に成り立っているのです。

報道された消化管出血症例の患者もそうでありました。患者は、すでに癌の進行により亡くなられました。亡くなられた後、ご家族の御厚意により病理解剖も施行いたしました。主治医はじめ当院と患者および家人の関係は、最後まで良好でした。
今回の報道で扱われた事象は、進行癌治療においては、よく見られることです。こんなことぐらいで新聞の一面に取り上げられ非難されたら、やってられません。そう考えて、臨床試験を一時中断した施設の対応は十分理解できます。

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