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Vol.23126 医療的ケア児、3000mの山を登る

医療ガバナンス学会 (2023年7月20日 06:00)


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医療法人社団オレンジ オレンジホームケアクリニック
宮武寛知

2023年7月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療の発展により、人工呼吸器を必要とするような重症疾患を持って生まれた子どもの生存率は上がり、地域で生活をする子どもが増えている。人工呼吸器や胃瘻などを使用し、吸痰などの日常的な医療的ケアが必要な子どもは医療的ケア児と呼ばれ、日本においては全国に推計約2万人いるとされている。医療的ケア児は状態が悪化しやすいこともあり、健常児が経験するような遊びや旅行などの屋外での活動を通しての心身の成長発達を促す機会を得にくい。そのため医療的ケア児とその家族は社会と繋がりが希薄になりやすく、またそのサポートは十分とは言えない状況である。2021年9月には医療的ケア児支援法が施行され、今後の医療的ケア児とその家族の社会との繋がりが促進されるようになってきている。

私が院長を務める医療法人社団オレンジ オレンジホームケアクリニックは福井市にある在宅医療専門のクリニックである。同法人のグループには医療的ケア児の日中一時預かりなどを行うオレンジキッズケアラボがあり、医療的ケア児の日常の関わりを通して成長・発達を促進する活動を大事にしている。
この度、医療的ケア児2名とともに富山県の立山連峰で行った登山についての報告が、英文学術誌「Wilderness & Environmental Medicine」で発表された。以下にその内容を紹介する。

参加した医療的ケア児は脳性麻痺、症候性てんかん、脳室-腹腔シャントがある3歳女児(A児)と、左心低形成症候群で出生し生後11ヶ月で心臓手術を受けた6歳女児(B児)の2名だった。また、それぞれの両親も参加した。サポートメンバーは同法人のクリニックやケアラボから医師4名、看護師1名、非医療スタッフ5名が参加し、酸素会社から2名、登山協会から3名も加わった。A児の医療的ケアは経鼻胃管のみで、総合病院に通院しながらてんかん薬の調整が行われていた。言語によるコミュニケーションは困難であったが、泣くことで不快を伝えることはできていた。B児は当初人工呼吸器を使用していたが、登山時には呼吸器は離脱しており、気管切開のみで生活していた。介助があれば、短距離歩行は可能であった。また以前にケアラボスタッフ同行で久米島まで飛行機を利用した旅行に参加したことがある。高山病などの登山リスクについては、A児は紹介元の脳神経外科から許容範囲内、B児は血行動態が安定しているため許容範囲内と判断した。緊急時は酸素を使用しながら、登山協会のメンバーが加入している緊急通報によるヘリ使用を想定していた。

登山は2日間の日程で行われ、目標は立山連峰主峰の雄山(標高3003m)登頂だった。初日はバスで移動し、高度上昇による体調変化を見るために弥陀ヶ原(標高1930m)で1時間ほどの休憩をとった。両児とも体調変化は見られなかった。その後、立山室堂(標高2450m)にある山荘に宿泊した。
翌朝も両児は体調変化なく、予定通り雄山山頂を目指して登山を開始した。中間地点の一の越(標高2700m)までは、小児用車椅子に柄を取り付け人力車様にしたもので移動した。途中、B児の車椅子が破損したため、スタッフと父親が登山用ベビーキャリアで運んだ。一の越までは体調面の問題はなかったが、到着してまもなくB児の呼吸状態が不安定になり、経皮酸素濃度も低下した。酸素吸入を試みたが、B児はパニックになっており、うまくできなかった。高地肺水腫の可能性が否定できなかったため、B児とそのサポートメンバーは直ちに下山した。高度が下がるにつれて症状は改善し、室堂到着の頃には周辺を散策できるぐらいになっていた。
A児は明らかな状態変化がなかったため、山頂を目指した。一の越から山頂まではキャリアで運び、無事に登頂した。20分ほど山頂で過ごしたのち、下山した。

以上のように、B児は体調変化で登頂できなかったが、家族やサポートスタッフの不調や怪我などなく、無事に登山をすることができた。医療的ケア児だけでなく、その家族やサポートスタッフにとっても有意義な体験であった。両親の1人からは「こんなに達成感のあることを、家族と一緒にしたことはなかった」という感想をいただいた。
今回の成功の鍵は高山病に対する意識を高めたことだと考える。急激な高度上昇は、急性高山病、高地肺水腫、高地脳浮腫のリスクとなる。さらに、子ども達の心血管系や呼吸器系の状態も、高山病のリスク因子であった。子ども達は頭痛やめまいなどの症状を正確に伝えることができないため、高山病の診断には困難さがあると考えていた。そのため、サポートチームはリスク軽減のため、適度な標高で定期的な休憩を取るようにした。また子ども達の状態変化の早期発見のため、普段をよく知る両親やスタッフとともに、注意深く観察を続けたことも成功要因の1つだと考えられた。また有事の際の明確な下山計画を立てていたことも、B児にとってよかった。

今回の経験はあくまで1例に過ぎず、登山という活動が長期的にどのような影響を及ぼすのかを測定することは難しい。しかし、過去の研究では、社会参加を通じて、子ども達やその家族が自信をつけ、将来の目標を設定する励みなったことが示されている。医療的ケア児やその家族は、社会参加や経験が限定されがちであるが、準備や体調管理を医療関係者やそれ以外の分野の専門家と連携することで、同様のチャレンジが可能な場合があると考える。また、日頃から医療チームと強い信頼関係を築いておくことも、チャレンジは欠かせない要素である。このような取り組みを通じて、医療的ケア児とその家族が社会とつながるための障壁を減らすための知見を集めていき、障害があっても様々ことにチャレンジできる社会になることを願う。現在オレンジグループでは、医療的ケア児が通園や通学ができるように支援を行っており、引き続き医療的ケア児の生活や活動の幅を拡げるための取り組みや発信を続けていく。

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