医療ガバナンス学会 (2023年8月16日 06:00)
この原稿は月刊集中8月末日発売号に掲載予定です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2023年8月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
同様に、開業助産所の助産師の一部にも、スピリチュアルな感じが強すぎて、鼻に付くような人がいるように思う。そういう人は社会性に乏しいためなのか、パワハラなど気にもしないし知りもしないという態度が目立つこともある。そのような助産師と、それに盲目的に追従している女性(妊産婦)がセットになると、さらに癖が悪い。
いずれも、方向が逆とはいえども、「原理主義」に侵されてしまっていることでは共通している。公共的な存在であって、社会的に重要な専門家である産科医や開業助産師がそれでは芳しくない。早く態度を改めて、公共的・社会的な存在として、標準化を目指していくべきである。
そのような折、丁度良いことに、今春以降、「出産費用等の保険適用」が国策として主要な政策テーマに位置付けられた。「出産の保険化」という未曾有の衝撃を契機に、業界団体たる日本産婦人科医会や日本助産師会は、今までのように自らの狭い「井戸」の中の世界に留まらずに、むしろ率先して広い世界に出て皆を導き、業界の社会的な標準化を目指していくべきであろう。
2.出産の保険化とは何か
簡潔に表現すれば「出産の保険化」と言われる事柄は、政治・行政的には、「出産費用等の保険適用」という用語で表現されている。「出産費用」は主に正常分娩にかかる費用を指し、「等」は主に妊婦健診にかかる費用を指す。これらが「保険適用」されるというのである。今までは、産前の妊婦健診や出産のうちの正常分娩には、健康保険法等の保険は適用されず、いわば自費で精算されて来た。もちろん、自費だとは言え、地方自治体の助成や健康保険法上の出産育児一時金による支援はあったけれども、それらは「現金給付」に過ぎなかったのである。今回は「現金給付」から「現物給付」に改めようとする政策変更であり、これを「保険適用」と称しているのであった。
この6月20日の「出産費用等の負担軽減を進める議員連盟」(会長 小渕優子衆議院議員)では、厚生労働省保険局保険課の原田朋弘課長(当時)は、このことを、「保険適用するということは、今まで現金給付だったものを現物給付にするということです。したがって、今まで現金給付(出産育児一時金)の対象になっている助産所での出産について、今後の保険適用の検討対象から排除していません。」と明言したのである。「現物給付」化されるということは、正常分娩等もすべて「保険」に組み入れられてしまい、保険で定められた「現物給付」(保険商品・サービス)以外は給付が禁止されてしまう(いわゆる混合診療の禁止。例外は、差額ベッド、特別食など少数)。
3.出産保険は医療保険でなく健康保険
出産の保険化(出産費用等の保険適用)は、必ずしも「医療保険化」を意味するわけではないのである。正常分娩の介助は今まで「医療」とは捉えられていなかったが、それが出産の保険化を契機に直ちに「医療」化するというわけではない。「医療保険化」ではなく単に「保険化」するだけだと言ってよいであろう。この保険を、「健康保険法」で扱うとしたら「健康保険化」すると言うことになろうし、もしも「介護保険法」と同様の「出産保険法」を創るのであれば「出産保険化」すると言うことになる。他の方策ならば、単に「保険化」すると言うことになるであろう。
念のために付け加えると、「健康保険法」には「医療保険」も「非医療保険」も含まれている(健康保険法第52条を参照)。「医療保険」の典型は「療養の給付」(同法第52条第1号)であり、「出産育児一時金」は、健康保険の一つではあるが「非医療保険」であり、しかも、「現物給付」である「療養の給付」とは異なり、「現金給付」でしかない。
今回の「出産の保険化」は、「現金給付」を「現物給付」に改めようというものであり、もしこれを「健康保険法」の枠内で成し遂げようとしたならば「健康保険化」と言ってもよいのである。その場合は、現行の「出産育児一時金」の定め(同法第52条第4号、第137条)を、現物給付たる「療養の給付」の定め(同法第52条第1号、第63条~第87条)に準拠させるべく、健康保険法を改正することになるであろう。
4.社会的な標準化の意味と具体例
正常分娩が保険化されるということは、その保険化に伴う公共性・公益性の一層の高まり、社会的必要性・需要の顕著な増大に対応しなければならない、ということである。産科医も助産師も、この意味で社会的に標準化されなければならない(なお、念のために付加しておくと、正常分娩も個別的で区々なものであるから、それぞれの実情ごとに柔軟に対処しなければならないのは当然である。そこで、標準化と言っても、一律にマニュアル化しろと言っているわけではない)。
(1)開業助産所が保険指定されても、嘱託医療機関が確保できないので分娩中止となってしまったのでは、保険化した意味がないと言えよう。したがって、地域の公的な大病院が必ず嘱託医療機関となるように義務付けるか、または、嘱託医療機関制度自体を不要とすべく法改正すべきである。
(なお、嘱託医療機関とは異なり、嘱託医の制度だけは、そのまま維持してもよいであろう。)
(2)今の旧態依然たる事故賠償責任保険のシステムをさらに現代化すべきである。医療には医療法人制度、介護には社会福祉法人制度があるのと同様に、助産にも助産法人制度を新設し、その助産法人が事故賠償責任保険に加入できるようにしなければならない。その上で、助産法人の経営の健全化を図っていくべきであろう。
(なお、付言すれば、助産所経営の健全化には、レセプト請求の実務、効率的な会計処理、適切なパワハラ対応等の労働実務、コンプライアンス体制の確立等などが必須である。)
(3)医療安全管理の標準化については、産科と助産とに共通の課題がある。本来、医療安全管理の制度の標準は、医療法に定める「医療事故調査制度」であるはずであろう。しかしながら、産科と助産の世界だけは甚だ歪んでいて、「医療事故調査制度」はほとんど無視して、むしろ専ら「産科医療補償制度」によらしめている。「出産育児一時金」を「現物給付」に振り替えるのを契機に、「産科医療補償制度」の歴史的使命は終了させ、その上で、標準的な「医療事故調査制度」と真の「産科・助産無過失補償制度」のセットに丸ごと交代させるべきであろう。
(4)現在の産科と助産バトンタッチの実際は、甚だちぐはぐである。そこで、産前の妊婦健診から出産(正常分娩)そして産後ケアと円滑に継続できるよう、また、診療・助産の記録も妊娠届出時から一貫して中断せずに継続記録されるよう、一本化したデジタル・システムを導入して、ケア連携・記録継続の標準化を図るべきであろう。
(5)産科医不足のため産科医療機関は大胆に集約化すべきである。特に公立病院の産科は原則として閉鎖させて、産科の資源は特定機能病院等の大病院と民間の産科単科病院とに集中させるとよい。公立病院の産科は公立助産院への大転換を図り、医療介入をできる限り無くすべきである。そして、小規模の産科単科診療所は保護して、地域に密着したものとしつつ、助産所との連携を強化させて、地域活性化と少子化対策に資するものとすべきであろう。
(6)出産保険点数については、特に「無痛分娩」について高い点数を与えて、医療機関(大病院・民間産科単科病院と小規模産科単科診療所)を保護すべきである。しかしながら、必要以上の無痛分娩の拡大は芳しくないので、その「医学的適応」及び「保険的適応」は厳格に絞り込むべきであろう。
(7)助産所について、出産保険点数に関する主要な論点は、2つある。1つは、継続ケアに関する加算項目の設定である。いわば「助産師継続支援加算」とでも称すべきもので、「妊婦健診、分娩、産褥、産後ケアに関して特定の助産師または少数の助産師グループでこれらを担当した場合は、助産師継続支援加算をつけるべきだ。」という考え方と言ってよい(荒堀憲二「出産の医療保険化について⑥」2023年6月20日メルマガ95号)。
もう1つは、経営実態を踏まえた適切な制度設計や予算支援という論点である。病院出産と比べて経営コストの低廉な助産所出産や在宅出産を進め、できるだけ各地域に分散させて当該地域に根ざした出産体制を確保するために、助産所出産や在宅出産の適正な保険点数設定を計ることも大切だと言ってよい。
5.求められる社会的な標準化
産科以外の医科の各診療科は、すでに全面的な保険化の中で、社会的な標準化を図った上で、公共的・公益的使命を果たして来ている。
今後は、産科も助産所も、出産の保険化を契機に、社会的な標準化を実施し、他の医科の各診療科を見習って、適切な保険診療・保険助産のあり方を身に付けて行ってもらいたい。