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Vol. 376 EML4-ALK肺がんに対する海外治験参加の経験(その1/2)

医療ガバナンス学会 (2010年12月12日 06:00)


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大阪府立急性期・総合医療センター 内科・呼吸器内科 谷尾吉郎
2010年12月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


今年, がん医療の分野で最も注目されたトピックスの一つはEML4-ALK肺がんに対する新規治療薬, クリゾチニブの臨床治験報告であろう. 米国臨床腫瘍学会ASCO2010, 欧州臨床腫瘍学会ESMO2010において立て続けに報告され, ASCO2010の内容はニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に掲載された(N Engl J Medicine 2010;363:1693-703). 同誌のEDITORIALSは「Cizotinib-Latest Champion in the Cancer Wars?」とクリゾチニブを賞賛した.

私達は,ある27歳男性の非小細胞肺がん患者Aさんが,最新の分子生物学的手法で明らかにされた新しいタイプの肺がん, EML4-ALK肺がんに罹患していることを知り,まだ認可されていない治験薬を求めて,韓国での海外治験に参加したので,その経験を紹介する.

EML4-ALKがん遺伝子の発見者(間野博行,現東大教授・自治医大教授併任)を擁し,しかも世界でEML4-ALK腫瘍の診断技術に最も優れている 日本がなぜクリゾチニブの第1相試験に参加できず, Aさんを韓国に送らなければならなかったか, 皆さんと一緒に考えてみたい.
(以下は呼吸器内科Vol8 No4, Oct.2010に掲載された内容をもとに加筆・修正したものである)

患者: 27歳男性Aさん
初診時の主訴:からぜき
現病歴:平成20年3月頃よりからぜきあり,近医を受診した.胸部レントゲンとCTより異常陰影を指摘され,当科に紹介された.4月にPET検査を施行され,悪性リンパ腫疑いとして血液専門病院へ紹介された.
しかし,頚部リンパ節の吸引細胞診でがんの転移であることが判明して,当科へ再診となった.気管支鏡検査にて肺腺がんと診断された.
喫煙歴:なし  飲酒歴:なし
主な検査所見:EGFR遺伝子変異なし

臨床経過:
4月22日気管支鏡下腫瘍生検を行い,肺腺がんcT4N3M1,第IV病期と診断された.
4/30: CDDP + VNR を2コース開始
5/18: 脳転移(左前頭葉等4箇所)に対してガンマナイフ
6/2: SD(安定)判定
6/11: PTX + CBDCAを3コース開始
6/20: 脊椎L5+S2転移に対してリニアック30グレイ
7/24: ゾレドロン酸定期投与開始
8/28: 脳MRIにて新病変
9/4: 右腋窩リンパ節触知,右背部痛増強しPD(増悪)判定
9/24: 脳転移(左頭頂葉等10箇所)に対してガンマナイフ
10/9: 脊椎Th11周囲+L2転移に対してリニアック30グレイ
10/27: GEM + CDDP開始
この頃より呼吸困難,血痰,胸背部痛が増強していた.

日本肺癌学会総会での出会い

そんな時11月13日より2日間の日程で第49回日本肺癌学会総会が北九州市において開催された.2日目の午後最後のシンポジウム「肺腺癌の特性」の中 で間野博行教授が「肺癌の新たな原因遺伝子EML4-ALK」というタイトルの講演を行った.彼は2007年のNature誌に世界で初めて,非小細胞肺 がんより新しいがん遺伝子EML4-ALKという,固形がんでは珍しい融合遺伝子を発見したことを報告した.その中で,EML4-ALKを強発現させたト ランスジェニックマウスには多数の肺がんが形成されること,その遺伝子のチロシンキナーゼ阻害剤は,肺がん形成を抑制することを証明した.講演の中ではさ らに偶然ネットでLung Cancer Alliance という米国の肺がん患者団体のブログ(http://www.inspire.com/groups/lung-cancer-survivors /discussion/eml4-alk-mutation/)を見つけ,その中で29歳の非小細胞肺がん患者ケビン君が,自分の肺がんがEML4- ALK遺伝子変異を持っていて,運良くハーバード大学で行っていたその遺伝子に対する阻害剤の治験に参加したところ,劇的に奏効したので,皆も遺伝子検査 を積極的に受けようと呼び掛けていることを紹介した.

診断確定までの5日間

Aさんの状況はあまりにもケビン君に酷似していた.学会から帰阪する途中,ケビン君と同じ治験は可能かどうか考えたが,土曜日の時点で問題はたくさん あった.まずAさんには時間がなかった. 3回目の入院治療も効果はほとんど見られず,胸水は増量し,気道狭窄と相まって酸素吸入が必要な状態に陥っていた.治療法は万策尽きた感があった.次の問 題は,彼の肺がんがEML4-ALKがん遺伝子を持っているかどうかをどうして調べるかであった.更に海外治験にどうして参加できるか.うまくがん遺伝子 が証明されたとして,臨床研究段階の薬を手に入れることができるだろうか,という問題であった.
まずやってみようと,11月15日(土)面識がなかった間野教授へ直接メイルを送ってみた.驚いたことにすぐにリスポンスがあり,癌研の竹内賢吾博士を 加えてメイルのやり取りが行われ,最短でできる検査法が決定した.竹内博士より直接電話があって翌日パラフィン包埋検体を宅急便で送った.
一方,平行してAさんの喀出痰でRT-PCRを行い確定する必要があった.この段階で,それまですべてAさんに伏せて行動していたが,Aさんの許可を得 る必要に迫られた.もし目的のがん遺伝子を持っていなかったら,肺がん末期の患者に大きな落胆を強いることになると考え,内緒で検査する予定だった.しか し,痰の採取および以後の検査をするためには,患者本人の承諾が必須であった.パラフィン包埋検体を他施設病理で検査することは許されても,痰の検査は間 野研究室で行なわれるため,倫理委員会の許可も必要であった.
11月16日(日) 主治医よりAさんにケビン君のこと,検査のことを説明させた.「ケビン君の話を聞いて,鳥肌が立って涙が出た」と後で聞いた.翌日月曜日, 臨時倫理委員会を通してRT-PCR用の喀痰を採取し,凍結させて自治医大まで空輸した.11月18日竹内博士から「Congratulation!」の メイルが送られてきた.ALK免疫組織染色陽性が判明した.続いて11月19日間野教授よりRT-PCR法でEML4-ALK陽性が確定したとのメイルが 来た.わずか5日間の電撃的なスピードでもって確定診断がなされた.

海外治験決定までの経緯

次の問題はケビン君と同じ治療が受けられるかどうかであった.検査だけで終わったら,まったく意味がない.その時点ではボストンでしか治験をやってないとの情報であったので,Aさんはすでにボストンに行く気であった.
しかし,間野教授が連絡してくれたアメリカのX医師は消極的で,治験責任者であるY医師のメイルもかなり厳しかった.「酸素は吸っていても良いが,自分 で歩けるぐらいの元気さが必要で,入院が必要なら登録は困難.経済的な問題に関しては経理部門と相談する必要がある.大抵の患者は若い非喫煙者だが,今の ところホームランは出ていないし,少し症状が改善するだけ.ところで韓国でも第1相試験やってるけど聞いてみるかい? 」.

悲観的な空気が流れたが,Aさんはこの話に賭けていた.間野教授から韓国の治験責任者,Bang教授へメイルが送られた.11月21日(金)朝,ソウル 大学のBang教授から返事があった.「治験は第1相より第2相試験に移行しており,何人かは期待通りの効果を見せている.たぶん登録できると思うから, すぐ韓国に来る準備をして欲しい.ただしALK-FISHの確認が必要で検体を送って欲しい.」.その日のうちに同行医師を決め,病院からの経済的サポー ト等の了解を得て,最終決定のメイルを待った.深夜23:15pm,「韓国と米国のファイザー社よりソウル大学附属病院での登録許可が下りた.入院治療可 能だし,きっとこの薬は効くだろう」との力強いメッセージであった.
次はいつ韓国に行けるのか,航空チケットは取れるのか,酸素はどうする,といった問題が残った.3連休の間に返事はなく,Aさんの咳嗽時の低酸素状態は 徐々に悪化しており,1週間後の月曜ではもたない可能性が出てきた.呼吸状態改善のために胸水排液も考慮したが,飛行中の気胸発生を懸念して胸腔穿刺は控 えた.11月27日(木)しかなかった.
11月25日(火)Bang教授より「いつ来てもOK 」とのメイルが来た.2日前ではあったが,JALに直接掛け合い,2人分のチケットを確保した.酸素はテイジンのウルトレッサなら持込可能だった.次いで 大阪大学医学部附属病院特殊救急部が関空までドクターヘリを派遣してくれることが決定した.

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