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Vol. 377 EML4-ALK肺がんに対する海外治験参加の経験(その2/2)

医療ガバナンス学会 (2010年12月13日 06:00)


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大阪府立急性期・総合医療センター 内科・呼吸器内科 谷尾吉郎
2010年12月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


韓国への飛行

11月27日(木)ドクターヘリ機内でSpO2 92% (酸素3L/min)という厳しい状態であった.同行医師には「もし上空でトラブルがあったら,ソウルは諦めて戻って来い.」と言い含め た.11:30am Aさんはドクターヘリに搭乗して,当センター屋上より関空へ飛び立った.関空ヘリパッドに到着すると,横付けされた救急車によりJAL機内まで運ばれ,そ こで搭乗手続きをして,インチョン空港へ向った.約2時間のフライト中,上空水平飛行中に咳嗽発作が起き,Aさんは酸素6L/min必要となったが,イン チョンに無事着陸できた.Bang教授の手配で空港正面に横付けされた救急車により,ソウル大学医学部附属病院へ緊急入院となった.
ソウル大学では担当医師とCRCにより,すべて英語で治験の説明と同意がなされ,登録に至った.実は韓国でもAさんが第1例目の登録であり,アジアで最初の登録となった.
入院翌日,胸水排液にて呼吸状態の改善がなされた後,夕方より治験薬PF-02341066(クリゾチニブ)の内服が開始された.診断からわずか2週間 での海外治験開始であった.その日のBang教授からのメイルには「Many peoples in Japan, Korea, and the US did a great job to facilitate the enrollment of this young patient.」とあった.

劇的な効果とその後

クリゾチニブ内服は250mg 2回/日,28日/サイクルで12サイクルが予定された.Aさんは内服1週間にして劇的に症状の改善が見られ,酸素無しでソウル市内を歩くことができた. 約1ヵ月後,Aさんは酸素ボンベ不要となって日本への帰国を果たした.12月30日当センターの時間外救急外来でCT撮影をして,クリゾチニブの効果を確 認した.

平成21年3月14日,第1回ALCAS研究会が間野教授の主催で品川にて開催された.目的はALK肺癌の病態の理解と診断方法の普及であった.その成果は曽田らによって平成22年のASCO2010で披露された.
しかし、Aさんの病状はPRを持続していたものの一進一退で,なかなか消失しない胸水に対して行われた頻回の胸腔穿刺(癒着剤の使用は不許可),嚥下障 害に対する食道ステント挿入(ソウル大学において施行),ガンマナイフ後にもかかわらず残存する脳転移病巣に対する全脳照射(この間治験薬の内服禁止)が 施行された.遂に5月になり呼吸状態の悪化を来たし,5月25日CTにて明らかな原発巣の増大を認めたため,Bang教授とメイルと電話のやり取りを行 い,PD判定でプロトコール治療中止が決まった.
その後胸腔ドレナージ+胸膜癒着療法を施行し,未使用レジメンでの化学療法を継続したが,徐々に呼吸不全と疼痛が増強し,オピオイドと酸素流量の増量によるターミナルケアの末,この年8月に亡くなった.享年28歳10ヶ月であった.ご遺族の許可を得て剖検が行われた.

米国臨床腫瘍学会ASCOでの報告

ASCO2009 が平成21年の5/28-6/2オーランドで開催された.多種類の腫瘍を対象とした経口MET/ALK阻害剤PF-02341066の第1相増量試験は, 米国,オーストラリア,韓国の共同研究として,Kwakにより報告された.PF-02341066はMETとALKの経口キナーゼ阻害剤で,選択的に ATPを競合阻害する,ALKの融合遺伝子NPM-ALKとEML4-ALKのインヒビターである. 第1相試験での推奨用量は250mg を1日2回であって,副作用は許容範囲内であった.
約3年前に始まったこの第1相試験の経過中,2007年Nature誌上に間野らにより肺がんの新しいがん遺伝子EML4-ALKの報告があり,さらに 49歳男性の非小細胞肺がん患者が劇的に奏効したことを受けて,急遽ALK融合遺伝子を有する非小細胞肺がん患者を対象にした,推奨用量でのコホート研究 へ発展したことが明かされた.NCIキャンサー・ブレティン(http://www.cancerit.jp)によると,この段階で臨床現場の研究者が製 薬メーカーと緊密な協力関係を築いて,柔軟かつ迅速に対応したことが,その後の同薬剤の発展につながったと言われている.
FISH法でALK融合遺伝子が証明された非小細胞肺がん患者19名の治療結果が報告された.27名のALK肺がん患者が登録され,内19名の奏効率が解析されてPR 10 (53%), SD 5, PD 4,病勢コントロール率PR+SDは79%であった.
そして今年の米国臨床腫瘍学会ASCO2010 は6/4-6/8シカゴで開催され,プレナリーセッションの一つとして,Bang教授の「ALK陽性の非小細胞肺癌に対する経口ALK阻害剤 PF-02341066の臨床効果」が選ばれた.昨年より症例数を82名まで増やして,米国,オーストラリア,韓国の共同研究として報告された.

対象患者:ALK融合遺伝子を有する非小細胞肺がん患者82人
第1相試験で決定した推奨用量500mg分2による拡大試験
男女比43:39,年齢平均51歳(25~78)
人種:コーカサス56%,アジア35%
組織型:腺がん79(96%),扁平上皮がん1(1%),その他2(2%)
奏効率:57%,(治療開始8週間の時点の病勢コントロール率87%)
観察期間が不十分だが,6ヶ月の時点での無増悪生存期間は72%と予想された.
その他,有害事象は現時点ではすべて許容範囲内で問題はない.

おわりに

現在,白金系抗がん剤ベースの治療が無効となったALK陽性非小細胞肺がん患者を対象とした,国際的第3相試験が開始されている.適格基準は上記以外 に,プラチナ製剤を含む化学療法を1レジメンのみ受けて,その後PDとなった患者で,A群がクリゾチニブ,B群が対象薬のペメトレキセドあるいはドセタキ セルの,セカンドラインとして行われる非盲検,無作為化試験である.目標症例数318名で米国,オーストラリア,韓国,香港,そして日本が加わっての国際 共同治験である.さらに,B群の患者には,対象薬が効かなかった場合に備えて,クリゾチニブの第2相試験が用意されている.
今回,EML4-ALK癌遺伝子の発見者, 間野博行博士を擁し,しかも世界でEML4-ALK腫瘍の診断技術に最も優れている日本がなぜクリゾチニブの第1相試験に参加できなかったのかは,Aさん を韓国へ送った当時大きな疑問であった.しかし,アジアの中で韓国と日本を比較した時,残念ながら治験体制の不備が大きな問題として横たわっていることに 気づかされた.治験登録に要する時間とコスト,さらに無過失補償制度の欠落は製薬企業に大きなリスクを強いることになる.これがひいては日本での治験の空 洞化を招き,ドラッグ・ラグ(新薬の導入遅延)の一因となっていると思われる.
今回パフォーマンスステイタス(PS)が悪かったAさんをクリゾチニブの治験に登録したことから,韓国の治験の質を疑う,との発言が一部に聞かれたが, まったく見当違いの発言である.日本においてBang 教授に接触した段階では,酸素は1L/min経鼻で吸っていたが外出もされ,PSは1-2であった.その後ソウル大学において胸腔穿刺するまでは6L /minでPS3-4だったかもしれないが,排液後PSは改善していたに違いない.そしてクリゾチニブ内服で劇的にPSは改善し,酸素フリーになった.こ の約2週間のPSの変化は,海外治験であったが故の変化である.つまり、日本でこの治験ができていれば、気胸の心配をせずに胸水排液ができて、PSは 1-2に保たれていたはずである。Bang教授にはその後多くの日本人ALK肺がん患者が助けていただいており,医療水準の高さを物語っている.酸素下の Aさんを,インチョン空港に救急車を横付けしてソウル大学附属病院に緊急入院させてくれた救急体制は,最善・最良の治療ができるという自信・裏付けがなけ ればできるものではない.登録はファイザーが許可したものであって,それ以降最善の治療を行ってくれた韓国の医療体制に敬意を払うとともに,逆の立場に 立って,はたして日本が同様の医療を提供できるかどうか問う必要がある.
今後も多くの分子標的薬が開発され,国際共同治験の数も増加していくであろう.経験したことのない有害事象も増える可能性があるが、最善・最良の医療ができなければ,治験参加は困難である.その時はじめて治験の質,医療の質が問われる.

今年になって, 日本も国を挙げてドラッグ・ラグ解消に向け努力しつつある. その一つが未承認薬・適応外薬の公知申請の推進であり, 国立がんセンターが中心となって行う全国のがん診療連携拠点病院の連携による治験推進構想である. 無過失補償制度の制定にはまだ時間がかかるが,  治験に対する医療者も含めた国民の理解が浸透すれば可能であり, やがては欧米をしのぐスピードで新薬供給が可能となることに期待したい.

謝辞
海外治験参加の経験は,平成21年8月に逝去されたA氏とご遺族の方々の許可を得て紹介いたしました.ここに改めてご冥福をお祈りいたします.

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