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Vol.23167 12月7日(木)11時 東京地裁大法廷の「地上戦」へ:オン資確認義務不存在訴訟の進捗

医療ガバナンス学会 (2023年9月22日 06:00)


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オン資確認義務不存在訴訟事務局長
いつき会ハートクリニック
佐藤一樹

2023年9月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

◇はじめに:東京地裁103号大法廷

東京地方裁判所民事部が使える法廷で一番大きいのは103号法廷です。傍聴席は98席あります。

第三次訴訟まで併せて1415人の医師・歯科医師の原告団となったオンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟(オン資確認義務不存在訴訟)では、原告側はこの法廷の使用を希望していましたが、第3回口頭弁論(本年9月12日)までは通常の傍聴席が40席程度の419号法廷で開廷されていました。しかし、第3回のこの日、次回の第4回口頭弁論は12月7日木曜日11時00分よりこの大法廷で行われることが、岡田幸人裁判長(東京地裁民事第51部〔行政部〕総括)から告げられました。

木曜日は、多くの開業医・歯科医が休診したり、勤務医・歯科医が研究日に当てているため融通が利く曜日です。全国の原告やこの裁判に興味がある方は、この裁判長の計らいを良い方向性と捉えて、是非、法廷に足を運んでください。

◇第1.望外の僥倖:裁判長は類似事件の最高裁判例「調査官解説」の担当判事
最高裁では、数ある最高裁判決の中から、最高裁判所判例委員会が時の重要な判例を選んで「最高裁判所判例集」に搭載し、原則月1回刊行しています。この民事編のことを「最高裁判所民事判例集」、略して「民集」と呼びます。

民集の公式判例集に登載された最高裁判決については、「法曹時報」(一般財団法人法曹会が発行する月刊の法曹専門誌)の「最高裁判所判例解説」欄に、詳細な判例解説が掲載されることが慣習となっています。「調査官解説」とも呼ばれるこの解説は、裁判の要旨等に加え、最高裁調査官*の「個人的意見」に基づいて解説したもので、「最高裁としての見解」を示したものではありません。ただし、学説や判例について詳細な分析や当該事案の事実関係を簡潔に知ることができる上、最高裁における判断過程の一端を知ることができることから、重要な影響力を持っています。

実は、本件訴訟と類似の構図の裁判例で、争点も共通している行政訴訟の最高裁判例(一般用医薬品のインターネット販売を禁止する薬事法施行規則について争われた平成25年1月11日「医薬品ネット販売の権利確認等請求事件」第二小法廷判決)の最高裁調査官として解説を書いていたのが、本件訴訟の岡田裁判長です。「施行規則は薬事法上の委任の範囲を逸脱した違法無効なものである」と結論付けていました。
(*最高裁調査官:最高裁判所の裁判所調査官は、数多くの事件を抱え多忙な最高裁判所裁判官の審理を補助する重要な役職。判事の身分にある職業裁判官が充てられます。)

原告が提訴するに当たり、担当裁判部がどこになるのかは、事前には分りません。希望も出せません。本件訴訟が、岡田裁判長が総括を担う第51部に当たったことは全くの偶然でした。東京地裁で行政事件を担当する部(いわゆる行政部)は、民事第2部、第3部、第38部、第51部の4部ありますので、第51部に配点される確率は4分の1になります。

◇第2.訴状で既に「岡田調査官解説」の構成で主張
本件訴訟では、本年4月に施行された省令「保険医療機関及び保険医療担当規則」(療養担当規則)における「オンライン資格確認義務のないこと」、すなわち「患者から電子資格確認により療養の給付を受けることを求められた場合に、(1)電子資格確認によって療養の給付を受ける資格があることを確認する義務のないこと、(2)電子資格確認によって療養の給付を受ける資格があることの確認ができるようあらかじめ必要な体制を整備する義務のないこと」をいずれも確認すること、「違憲・違法なオンライン資格確認を義務化した療養担当規則の制定や関連する政府の動きのため、保険医療機関の閉鎖を含めた対応を余儀なくされる可能性など、自己の職業活動、その継続に対する不安のため精神的苦痛を受けたこと」に対し、各原告に対し、10万円の支払いを求めています。

第三次訴訟まで提訴時の「訴状」の請求の理由は一貫していて、
1.健康保険法上(70条1項)、給付の「内容」は療養担当規則に委任しているが、資格確認の「方法」については、条文に委任していると書かれていない
2.仮に健康保険法上、委任がされているとしてもオンライン資格確認を義務化するのは、委任の範囲を逸脱している

医療事故関連裁判や名誉毀損裁判をある程度経験したり研究していたとしても、法律は門外漢で、行政法の教科書を手にしたこともなかった筆者が、最初に訴状案を読んだ段階では、「何故、2.を主張する必要があるのだろうか。しかも念入りに頁を割いている」と一瞬、不可解な感想をもって読み進めました。「あえて仮の話をしなくとも1.で勝訴できるのではないか」と。

しかし、訴状では、上述の当時の岡田最高裁調査官が執筆した「『最高裁判所判例解説 民事篇 平成25年度』20頁」を明示して、その判例法理にピタリと沿った主張が構成されていました。後日、この「岡田調査官解説」を読んで、弁護団の作成した訴状の価値を充分に理解、そして堪能しました。

◇第3.「空中戦」阻止:原告弁護団と岡田裁判長との関心事が一致
本件行政訴訟は、訴状に対しての被告国側の実質上の反論は第2回口頭弁論(6月29日)において被告 準備書面(1)が陳述されました。弁護団によれば、一般の行政訴訟の場合、国が「原告には、訴訟要件の原告適格がない」等、入口論で門前払い、つまり訴え自体の却下を求める申し立てをすることも多いようです。

しかし、本件訴訟では、被告国は当初から「請求棄却」(4月21日答弁書)を求め、「真っ向からのがっぷり四つ勝負」の姿勢で臨んでいます。国側の被告 準備書面(1)でも、「岡田調査官解説」に沿った反論がされていました。仮に、担当が他の部であったとしても、訴訟戦略として「岡田調査官解説」の土俵に挙がらないと不戦敗になるからでしょう。

とはいえ、被告 準備書面(1)は誤謬とも言えるような論理の飛躍が見られます。
この評価は、筆者の素人判断ではなく、弁護団が9月12日に陳述した原告準備書面(1)(8月31日提出)でも具体的に指摘していただき、岡田裁判長の関心事も一致していました。

当事者主義である民事訴訟(行政訴訟も民事訴訟の一種と考えられます)の弁論期日で、裁判長が、以下のように具体的に当事者(この場合には被告国)の準備書面で触れるべき内容に指示を出すことは、注目すべきことです。
要約すると、

●空中戦(筆者解説:文書や資料の証拠がなく、発言のみで議論がなされること)にせず、以下の2点について書くこと。

【1】原告は、健康保険法上、給付の「内容」は療養担当規則に委任しているが、資格確認の「方法」については、委任していると書かれていないと主張している。被告は、資格確認の「方法」を省令に委任した先例ないし類例があれば提示し、先例がないのであれば、なぜ省令に委任できるかを説明する。
【2】オンライン資格確認をめぐる国会での厚生労働省の答弁と、この事件での国の主張との整合性について説明する。

なにしろ【1】については、「岡田調査官解説」が書かれた平成25年以前の「先例」、すなわち、最高裁判例や学説については、岡田裁判長自身が徹底的に調査されているはずです。被告は次回提出する準備書面(2)に向けて「岡田調査官解説」以後の判例を中心に精査してくることを筆者は予想しています。

【2】の国会とは、2022年4月26日の衆議院総務委員会で、当時の厚生労働省大臣官房審議官が、
「実際に体制整備を進めていただいております医療機関等におきましては、やはり医療機関等の種別あるいは規模、対象とする患者さん方の構成、あるいはそれまでのICT化の状況とか職員のITリテラシーなどによっても、実際に要する費用負担、あるいは導入に向けた課題といったものが、状況がかなり異なってございます。

こういった体制整備に向けた対応方策につきましては、今御意見をいただきましたように、義務化をするという考え方も一つあるかとは思いますけれども、今申し上げましたような現場の実情を考慮いたしますと、個別の状況を勘案せずに一律に体制整備を義務づけるというということに対しては、関係の皆様の理解と協力を得るということはなかなか難しいのではないかというふうに考えてございます。」

等の答弁をしていました。「国権の最高機関」(憲法41条)の場である国会での公式の発言です。
原告準備書面(1)では、「厚労省は、現場の実情を見ると一律義務化への理解を得るのは難しいと言いつつ、その答弁から4カ月しか経っていない9月5日に療養担当規則を改正した。国会での議論とどう整合するのか。」旨を強く主張していました。

岡田裁判長もこの点を明らかにするよう求めていますから、原告と裁判所の関心事は完全に一致しています。その観点から、弁護団主任の喜田村洋一弁護士は、「本日の期日は非常に重要で、意義深い。」とコメントされました。

◇第4.政令と省令:内閣法務局の関与の有無
日本の法体系の序列で、憲法から下に向かって3つ、法律、政令、省令を「法令」といいます**。つまり、政令(内閣が制定)は各省大臣が発する省令より上の順列になります。

この「政令」と「省令」では、内閣法制局との関わりで違いがあります。内閣法制局の審査事務の対象は、条約案、閣議に附される法律案、政令案であって「省令」は対象外です。
審査の内容は、「憲法や他の法律と抵触する部分はないか」「文章の体裁が法令表記の慣例から逸脱していないか」等です。外国との条約や法律等については、絶対に誤りによる紛争が生じないよう厳密な審査がなされているのでしょう。

一方で、「省令」は審査が内々でされるため、厳しさに欠ける処理がされていると推測されます。少なくとも本件療養担当規則については、2022年9月15日の医療ガバナンス学会MRICに「オンライン資格確認義務化の法的根拠が不足気味」*1) と題した論評が井上清成弁護士から発表され「法的根拠が少し不十分」と評価されていました。

ところで、岡田裁判長の経歴は輝かしいもので、外務省条約局、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部、東京地裁高裁、大阪地裁、最高裁行政調査官室などに勤務し、内閣法制局参事官の経験も5年間あります。「岡田調査官解説」を含めて法令の審査に対しては、厳しい判断力を具備されていると推測されます。

なお、「岡田調査官解説」では、9の類型判例があげられています。このうち、違憲・違法とされたのは7つあり、「政令」は3判例、「省令」は4判例でした。国側勝訴の2判例は、いずれも銃刀法関連の省令が訴訟の対象となっていました。
(**行政機関が定める法規は「法規命令」。「法規」とは国民一般の権利義務に関する法規範のこと。法規命令には「政令」と「府省令(各省令と内閣官房令・内閣府令・デジタル庁令・復興庁令」「その他の命令(会計検査規則・人事院規則/指令・外局の規則等)」があります。)

◇おわりに:「地上戦」の見通し
「岡田調査官解説」の最高裁平成25年1月11日判決は、令和3年度の行政書士試験に出題されました。(本邦で最難関の国家試験とされる旧司法試験では行政法は選択科目で、新司法試験では公法系科目に入ります)。おそらく、法律系職種にとってきわめて重要な判例なのでしょう。

行政法の教科書*2)には、「『委任の方法』に関する違憲審査に関しては、判例は極めて謙抑的である(筆者注:国の勝訴がほとんど)」「委任を定める規定自体の中で明示する必要なく、当該法律の他の規定や法律全体を通じて合理的に導出されるものあれば足りる」*3)と国側に都合の良さそうなことが書かれています。実際、多くの行政訴訟で国は勝訴し、原告の訴えが認められることは少ないようです。

しかし、昭和46年の判例(農地法施行令が無効とされた)以後、国の違憲・違法を認める判決が少しずつ増えて、「岡田調査官解説」では7判例が紹介されたことは上記の通りです。
教科書にも「『委任命令の内容』は、・・・委任に対して行政機関に裁量を認めている場合でも当該裁量の範囲を逸脱すれば違法となる」とあります。正にこの点について、原告側と裁判所は一致した関心を持っていて、国側を「地上戦」の場に引っ張り出しました。

現在、原告側は口頭弁論期日の後は、裁判所内の記者クラブの会見場ではなく、弁護士会館や裁判所周辺の会場を借りて、原告への説明会を兼ねた記者会見を行っています(次回は、「司法界の社交場で知られた昭和初期より続く歴史ある開放的な空間の『法曹会館』」)。1時間30分を越える程度の時間をかけて、弁護団による裁判の解説と、ざっくばらんな質疑応答を行っています。

皆様も、是非、103号大法廷での裁判に参加し、「地上戦」解説を堪能してください。

2023年12月7日11時00分より 東京地方裁判所(103号大法廷):第4回口頭弁論
2023年12月7日11時30分より 法曹会館(高砂の間):記者会見兼原告への説明会

付録:インターネット上で閲覧可能な本訴訟の資料
東京保険医協会HPの裁判経過編*4)裁判資料編*5)
MRIC 筆者*6)と井上清成弁護士*7)の投稿
m3.com 橋本佳子編集長執筆 提訴時*8)第1回口頭弁論*9)第2回口頭弁論*10)第3回口頭弁論*11)
医事新報*12)筆者投稿
自治体問題研究所*13)筆者投稿
デモクラシータイムズ*14) 東京保険医協会 申 偉秀理事とジャーナリストの荻原博子氏と筆者が出演

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*1)井上清成. Vol.22192 オンライン資格確認義務化の法的根拠が不足気味 医療ガバナンス学会 (2022年9月15日 06:00) http://medg.jp/mt/?p=11200
*2)宇賀克也:第17章 行政基準.「行政法概説I 行政法総論」〔第7判〕有斐閣.東京.2021年.299頁
*3)宇賀克也:第6章 行政の行為形式1.行政基準.「行政法」〔第3判〕有斐閣.東京.2018年.152-156頁
*4)「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」について(裁判経過編)https://www.hokeni.org/docs/2023030100012/
*5)「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」資料編 https://www.hokeni.org/data-docs/2023090100038/
*6)佐藤一樹.Vol.23035 厚労省令「オンライン資格確認義務化」は違憲・違法 ~国を相手に274人の原告 医療ガバナンス学会 (2023年2月22日 15:30)http://medg.jp/mt/?p=11524
*7)井上清成. Vol.23047 オンライン資格確認義務不存在確認の行政訴訟の提起 医療ガバナンス学会 (2023年3月14日 06:00) http://medg.jp/mt/?p=11556
*8)橋本佳子.医師ら274人が国提訴、オンライン資格確認「公法上の義務なし」1人10万円の慰謝料も請求「療養担当規則による義務化は違法・無効」https://www.m3.com/news/iryoishin/1119687
*9)橋本佳子.オンライン資格確認訴訟、国は「請求棄却」求める(2023/4/21)第1回口頭弁論、2次提訴で原告団は計1075人にhttps://www.m3.com/news/iryoishin/1134534
*10)橋本佳子.オンライン資格確認訴訟、国が「違憲・無効」を否定(2023/6/29)第2回口頭弁論、「医療活動の権利も侵害せず」https://www.m3.com/news/iryoishin/1148698
*11)橋本佳子. オンライン資格確認訴訟、第3次提訴で原告は計1415人に(2023/9/12)第3回口頭弁論、岡田裁判長「空中戦」防止で国に2つの注文https://www.m3.com/news/iryoishin/1164115
*12)佐藤一樹. 【識者の眼】「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟の背景」医事新報No.5167 (2023年05月06日発行) P.25 https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=21862
*13)佐藤一樹.医師の倫理規範から「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」提起へ 月刊『住民と自治』 2023年5月号 (2023年6月18日) https://www.jichiken.jp/article/0330/
*14)デモクラシータイムズ.マイナ保険証の闇 保険証がなくなる 医療情報が流出する【荻原博子のこんなことが!】20230404 https://www.youtube.com/watch?v=kD0F5vMbVCo

 

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