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Vol.23192 米迅速承認制度が国内乳がん治療に及ぼす弊害とは

医療ガバナンス学会 (2023年10月31日 06:00)


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この原稿は、医薬経済に2023年10月15日に掲載された記事を転載しました

医療ガバナンス研究所 医師
尾崎章彦

2023年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

米国食品医薬品局(FDA)が承認を撤回した薬剤が、国内では普通に利用されている。そう聞くと驚かれるかもしれないが、日本の乳がん診療では日常の光景だ。

ひとつが、転移再発乳がんに用いられるベバシズマブである。08年に米国で迅速承認され、11年9月には日本で通常承認されている。その後、米国では11年11月には明らかな延命効果がないとして承認が撤回されたが、日本では、現在まで承認撤回の動きはない。

もうひとつが、PDL1陽性の転移再発トリプルネガティブ乳がんに使われるアテゾリズマブである。19年3月に米国で迅速承認され、19年9月には日本で通常承認された。こちらも追試で延命効果が証明されなかったため、21年8月に米国で承認が撤回されたが、日本ではやはり撤回されていない。

しかも両薬剤は、承認撤回されていないどころか、日本の乳がん診療に根を下ろしている。例えば22年の乳がん診療ガイドラインでも、それぞれの使用が「推奨」されている(ベバシズマブは「弱い推奨」、アテゾリズマブは「強い推奨」)。

さらにアテゾリズマブについては、承認から日が浅いこともあり、製造販売を行う中外製薬も積極的にプロモーションを展開している。FDAが同薬を撤回した直後に、同薬を日本で使用を継続することの是非について、中外製薬の担当者に問い合わせたことがある。その回答は、「日本ではアテゾリズマブが撤回される予定はなく、これまでどおり使用していただけます」というものだった。無論、筆者が心配していたのは、同薬を使用できなくなることではない。効果が乏しい薬剤をプロモーションし続けることへの同義的な問題点を尋ねたわけだが、肩透かしを食らった格好だ。

問題の根本には、米国の迅速承認制度に対する認識と対応の不備がある。同制度は、できるだけ早期に患者に有効な薬剤を届けることを目標に、92年に開始された。企業に対し、無増悪生存期間など代替エンドポイントを用いての臨床試験・承認申請を認める代わりに、承認後に生存期間等のより強固なエンドポイントを用いた追試実施を義務付けている。

すなわち迅速承認制度は、追試実施後の承認撤回を想定している。実際、23年8月の『ネイチャー』誌によれば、これまでにがん領域で迅速承認された192の薬剤のうち、26剤が撤回され、68剤が追試結果を待っている状態だ。

ただ、企業がタイムリーに追試を実施しなかったり、あるいは企業に追試を促す余力がFDAになかったりで、現状、追試結果の発表までの期間の中央値は4年と極めて長くなっている。

米国の迅速承認制度の理念は素晴らしい。だが追試結果を国内承認に反映させる仕組みのないまま、米国で承認撤回された薬剤を持続的に使用し続けることの弊害は大きい。効果のない薬剤による不必要なリスクに晒され、他の治療機会を逃す可能性もある。見えない経済的損失にもつながっている。

ここへ来て、ようやくその認識が国際的に高まりつつある。例えば同じ『ネイチャー』誌の記事では、新興国など資源や人材が限られた国では、とくに米国の迅速承認を鵜呑みにしがちで、その弊害が甚大であることが指摘されている。ただ、日本の状況を見る限り、独立した規制当局を有している先進国への影響も見逃せない。

国内製薬企業は、国内で承認撤回されない限り、自らプロモーションを中止するようなことはない。その点、各国の規制当局や医療者は迅速承認された薬剤の効果は不透明であり、その使用は国際的な基準から外れている可能性を認識すべきだ。患者を守るため、追試結果をフォローし、国内の承認結果についても適宜見直しを行い、使用是非を自ら検討する必要がある。

 

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