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Vol.23193 コロナワクチン接種後の死亡・前編 〜愛知県愛西市の対応が引き起こした訴訟の衝撃〜

医療ガバナンス学会 (2023年11月1日 06:00)


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つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子

2023年11月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

愛知県愛西市のコロナワクチンの集団接種会場で2022年11月にワクチン接種した女性が接種後死亡した件につき、市の医療事故調査委員会(委員長:長尾能雅・名古屋大病院副院長)は2023年9月26日、報告書を公表し記者会見を行った。 https://www.youtube.com/watch?v=hk6hS7DQ1Ik
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb8d6a86bcd1a331e3e322c0ec9eda297767a7d2
その後、遺族は市を相手取り損害賠償を求めて民事で提訴、さらに記者会見直後の遺族に対する市側の対応への不信感から、接種に関わった医師や看護師を含め業務上過失致死疑いで刑事告訴する意思を固めたと報道されている。

報告書によると亡くなったのは42才女性、高血圧、糖尿病、脂質異常症、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群でCPAPを使っている元喫煙者で、BMI38の高度肥満があり、心血管系のハイリスクの方だった。
ワクチン接種後15分ほどで心肺停止となり、搬送先の病院では、死後Ai画像を撮影し急性心不全との死亡診断書を出しているが、報告書では「早期にアドレナリンが投与された場合、救命できた可能性を否定できない」 と医学的検討が不十分な段階で、医療者の対応が「標準的ではない」と評価を下し公表した(文末に抜粋)。
メディアは当然のことながら、救命できなかったのは医療者側の落ち度であるという論調で報じた。読売新聞では社説でアナフィラキシーの手順の確認やトレーニングが必要だと論じた。 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20231010-OYT1T50183/

まずは遺族への対応が最優先
事実はもっと複雑である。
筆者はコロナ禍の数年間で、発熱外来延べ3500人の診療と並行して15000回ものコロナのワクチン接種を行ってきた。そのほとんどは忙しさに拍車がかかった診療の合間に行い、さらに医師会の要請を受け市の集団接種の会場でも接種した。新しいワクチンであったため、自院のスタッフ全員でワクチンについての勉強もし、筋注法に始まり、アナフィラキシーへの対応もトレーニングした。
そんな筆者の目から見ても、今回は非常に難しい事例であった。
報告書の経過を読むと現場の状況がリアルに追体験できるが、あの状況で自分が間髪置かずにアドレナリンを打てたとはとても言えなかった。
このような事例に遭遇することは多くの医師たちにとって一生に一度あるかないかであろうが、ワクチン接種を担った医師たちの中で、市の事故調査委員会がいうところの「標準的な」対応が即座に取れると言える医師は一体どのくらいいるのだろうか。
「この医師は私だ」と感じた医師は多いだろう。

実は医学的検討は市の委員会の報告書では全く足りていない。報告書を一読しても疑問点だらけだ。ただしワクチン接種直後に亡くなったのだから、まずアナフィラキシーなどによる接種が原因の可能性を認めた上で心からのお悔やみを伝えることが大事なのだ。
予期せぬ出来事が起こった時の最優先事項は患者・遺族への対応だ。どのように伝えるか、緊急対応中でも家族を蚊帳の外に置かず、傾聴し共感と同情を表明すること。事故発生直後の初動体制の構築が出来ていないと紛争化する。今回の事例では、医学的検討が不十分な段階で医療者個人の責任追及がされかねない報告書を公表、さらに医療事故に不慣れな市側に医療事故が起きたときの遺族への対応の仕方の基本を教えず、市側は遺族の気持ちを踏みにじり、警察の介入まで示唆するような対応を取ってしまった。この対応が民事のみならず、医療者を含めた刑事事件化を誘発したのだ。どれをとっても最悪の対応である。

医療安全と相入れない対応だった
医療安全の専門家である医師が委員長でありながら、市の事故調査委員会が「医療安全のための報告制度」を理解せず、遺族の気持ちを逆撫でし、かつ当事者の責任追求がなされる事態を引き起こした責任は重大だ。
医療事故が起きたときに個人の責任追及をすることなく、再発防止を目指すためには、事故に関わった医療関係者から隠し事なく話を聞かなければならない。そのためには当事者の秘匿性と非懲罰性が極めて重要なのである。そもそも、そのために2015年に医療事故調査制度は始まったのである。
報告に際しては、当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないようにする義務が課されており、遺族には伝えても公開してはならない。医療法第6条の21、22で関係者の守秘義務が課されている。つまり今回の報告書の公表は法令違反なのである。

さらに日本では最終行為者である医療従事者が、責任追及され「第2の犠牲者」となり離職してしまう事態が頻発している。医療事故に直面し苦しい想いにさいなまれている医療従事者に対し、寄り添い支えるピアサポート (医療者のケア)も必要なのだ。

事例の経過と考察
ワクチン接種直後に倒れた人がいれば、バイタル(血圧・脈拍など)をチェックしながらさまざまな可能性を考え指示を出す。本症例では医師が呼ばれた時点(接種後5分ほど)ではバイタルはまだチェック出来ておらず、皮膚症状もなく、消化器症状もなく、異常な呼吸音も聴取されなかった。当然アナフィラキシーも鑑別にあがるので、ナースはアドレナリンを準備している。そして最初の咳が出てから5、6分後には、泡沫状の血性痰を大量に吐き出したが、体動と肥満(かつ、すでに血圧低下していたと推定される)のため、バイタル測定困難。ようやく測定できた酸素飽和度が50-60%に下がっており、医師が急性心不全と判断して酸素吸入とともにライン確保指示、挿管トライするも、いずれも困難で、10分で心肺停止になり、心配蘇生術が開始されている。ラインを取って心肺停止時のアドレナリン1mg静注を考えるのが自然であろう。

いったいこれは医療者が責めを負わなければならないような経過なのだろうか。
聖書ではないが、「100%救える自信のあるものだけが石を投げよ」だ。だがこれを市の事故調査委員会では「標準的ではない」という言葉で断罪した。私はこの件が報道された時に、アナフィラキシーから急性心筋梗塞を起こすコーニス症候群(アレルギー反応に伴う急性冠症候群)という珍しい病態を初めて知った。この場合はアナフィラキシーらしい皮膚症状もないまま急性心不全を起こすことはあり得る。ただし報告書では、胸痛を訴えていない事や心肺停止後の心電図モニター所見や心肺停止後の採血結果をもとに心臓が原因ではないとしている。ちょっと待って欲しい。この部分の議論はとても大事なのである。ここの判断で医療者は業務上過失致死罪まで問われようとしているのだ。もっと専門家同士での検討が必要である。

大切な身内を亡くした遺族にとっても、当事者の医療者にとっても紛争化は一つもいいことがない。今回の様に、医療者がみても難しい事例こそ、医学的な部分における専門家同士での深い議論と医療安全の専門家によるシステム指向の検討、さらにコロナ禍における背景要因の分析などが必要になる。筆者は循環器専門医であるにもかかわらず、この件で初めてコーニス症候群を知った。このような情報を共有して広めることもこの事例から学び次に活かせる大切な学びの一つである。
だからこそ、後知恵バイアスで断罪してはならないのだ。

参考)事例調査報告書 令和5年9月26日愛西市医療事故調査委員会
https://www.city.aisai.lg.jp/cmsfiles/contents/0000014/14866/houkokusho.pdf
ワクチン接種患者に心疾患の合併や極めて短時間に非心原性肺水腫などを合併するような稀少な病態であったとしても、その診断はアドレナリンの筋肉内注射と並行してなされるべきものであり、アドレナリン投与を回避する理由にはならない。また、仮に他の医療者から「接種前から調子が悪いようだ」との情報がもたらされたとしても、問診を通過して接種を済ませていることを考慮し、その情報に左右されることなくアドレナリンを筋肉内注射した上で、予診票などを急ぎ取り寄せ、より正確な病態の把握に努めることが求められる。(中略)
ワクチン接種後待機中にあった患者の、咳嗽・呼吸困難感に始まった容体変化に対し、アドレナリンの筋肉内注射が迅速になされなかったことは標準的とは言えない。

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