医療ガバナンス学会 (2023年11月1日 15:00)
つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子
2023年11月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
医療事故調査制度を運用する医療事故調査・支援センターの間違った運用が今回の事態を招いた
さて、今回の報告書は医療事故調査制度を担っている日本医療安全調査機構の医療事故調査・支援センター(以後事故調センターという)に提出されたはずだが、事故調センターは法令に反して公表して紛争化させてしまった事例をどのように扱うのであろう。
2015年から始まった医療事故調査制度は、責任追求型から学習型にパラダイムシフトした医療安全の考え方・学習の仕方をすべての医療機関に広めるための制度であるが、事故調センターは年間7.5億円もの税金を使いながら、何故こんな事態を招いたのだろうか。
日本の医療安全のために投入されている税金の多くは事故調センターに集中している。事故調センターでは報告された医療事故の院内事故調査報告書の分析・再発防止策の検討だけでなく、日本医師会を通じて、多くの研修会も開催している。ところが、この研修会に問題がある。研修会では、報告対象や院内調査に外部委員を入れることとか、細かい形式的なことばかり研修させて、もっとも大事な医療安全のマインドを伝える研修が圧倒的に足りない。「院内調査の進め方という」事故調センターの研修ワークブックには事故が起きた時の基本的ななすべきことが抜けている
特に問題なのは、以下の3点である。
(1)事故発生直後の初動体制の構築、特にグリーフケア(遺族の悲嘆ケア)とピアサポート(医療者のケア)についての研修がないこと。
(2)センターへの報告よりも院内体制の構築がより重要であること、医療者側は報告の有無にかかわらず医療の質の評価と改善を医療の内の問題として進めていかなければならないことへの言及がない。
(3)死因がはっきりしないときに解剖とAiの必要性の判断は速やかな対応が必要であり、事故かどうかの判断に迷うときは、できる限り解剖・Aiの承諾を得るよう努めなければならないが、これも医療現場への周知が足りず、予算も配分されていない。
質の問題を含め、出来ることは極力自分たちでやる。ただし「加えた医療による予期せぬ死亡」で、それまでに管理者が知らなかったものであれば、そこから先のシステム指向の分析・検証・再発防止策 は医療事故調査制度のセンターに委ね、医療界全体で情報を共有するというのが、今の制度の主旨である。事故調センターの間違った運用が今回の事態を招いたのだ。
事故調センターの無駄使い:先行する医療事故情報収集等事業や学会の提言を有効活用せず、提言を出して終わり
医療事故調査制度に先立つこと11年、2004年から開始された日本医療機能評価機構の医療事故情報等収集事業には、2010年〜2022年までの13年間ですでに50713件もの広義の医療事故報告が集められている。この制度には公的な病院は参加義務がある。長年この制度に則って報告してきた病院の管理者にとって、2015年から始まった医療事故調査制度への報告対象が少ないのは当然のことである。管理者が予期できる事故は増えていくからだ。そのような医療機関では、院内の体制の足りない部分を強化することに集中すれば良い。
ところが事故調センターの木村壮介常務理事は、記者会見を開いては報告数が少ないことが問題であるかのように繰り返し、メディアも、医療事故関連の制度は医療事故調査制度しかないかの如く、報告されないことが医療機関の隠蔽体質があるかのように報道する。さらに事故調センターは厚労省の担当者が変わるために、ブリーフィングでこれを刷り込む。
さらに、事故調センターの出す提言にも問題がある。
センターの提言は貴重な医療資源の有効活用を考えるなら、本来ならシステムエラーの分析と改善に特化して使うべきところ、医療の質の問題に手を出し貴重な医療者の時間を奪っている。2023年10月までに出された提言は18ある。
https://www.medsafe.or.jp/modules/advocacy/index.php?content_id=1
その多くはすでに各学会がまとめている教科書的な提言であり、事故調センターがやるべき仕事ではない。また診療所にはほぼ不要の提言であるが、これを全国18万箇所の医療機関すべてに配布し、そして多くは捨てられている。だが質の問題で提言書を出す方法なら、これは打ち出の小槌となり、事故調センターを担う日本医療安全調査機構は延々と予算を獲得できるであろう。18の提言のうち、唯一、すべての医療機関を対象とした提言が今回問題となっているアナフィラキシーへの対応が書かれたものだが、今回の事例でも必要であったかもしれないアナフィラキシーショック時に必要な0.5mgのアドレナリンプレフィルドシリンジは、2018年に事故調センターから提言が出されて5年、未だに実現されていない。現場への具体的なフィードバックのないまま提言だけ出されて終わりでは、医療現場に守ることができない膨大なルールだけが積み上がっていく。現場に実装されてこその提言である。私たち医療現場の医療安全は、コロナ禍で悪化する一方だった。
国の関与:健康被害救済制度運用の改善を
国もワクチン接種後の死亡や健康被害については、「疑わしきは補償する」という即時性を重視しなければならない。
当院に通院中の患者さんの家族は、アメリカでワクチン接種後に意識を失い救急搬送された。その後倒れた原因は脳腫瘍だったことが判明したが、ワクチン接種後の急変ということで、その費用が全てカバーされ、家族は悲しみの中にはあったが、アメリカの救済策にはとても感謝していたと聞く。スウェーデンの無過失補償制度では、「他の方法を取ることによって避けられたかもしれない障害」であり医療で起こった事故である事を50%以上の確率で立証出来れば補償される。
今の日本のやり方は時間がかかり過ぎ、認定に及び腰でかえってワクチンへの「不安不信」を増長させている。その間ワクチンに対する間違った情報が増幅されて広まっていく。現に、読売新聞は、社説で「ワクチン接種後の死亡が2000人を越えた」と書いた。 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20231010-OYT1T50183/ 重大な誤解を招く書き方であるが、それ以前に国の発信の仕方や対応には問題があり、改善させる気配もなく放置されているのだ。
予防接種健康被害救済制度の認定に当たっては「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とするという方針で審査が行われている」と厚労省のHPにも書いているではないか。死亡一時金は兎も角、接種後に健康被害が出た人に対し、とりあえず医療費はカバーし寄り添うことが極めて重要なのである。国の硬直した処理の仕方や血の通わない対応が医療現場の足を引っ張っている。
裁判に際して
今後この件が裁判になった場合、裁判所はこれを裁けるのだろうか。日本の裁判所は個人の救済を優先させる。業務上過失致死という罪名で結果責任を問われたら、人体に侵襲を加えることが多い医師という職業は罪に問われやすい。特に今回の事例のように、専門家でも判断が難しい事例を裁判で裁くのは誰のためになるのだろうか?その度に医療者が現場から立ち去っていくがそれでいいのか?そうしないための医療事故調査制度であったはずなのに。
日々医療現場でワクチン接種を担う者として言わせてもらえば、このような事態を引き起こした、市の事故調査委員会と事故調査センターの責任こそ重いと言える。
アメリカでは医療事故が起こった背景要因まで分析し、医師の労働時間やタスクシフトのために予算や人の配置まで言及したリビージオン事件という有名な裁判がある。
1984年18歳の女子大学生リビー・ジオンが、発熱で救急外来を受診した時、研修医が併用禁忌の薬を使ってしまったために亡くなってしまった事件だ。
彼女の父親は病院、研修医、指導医を訴えたが、研修医が他に40人の患者を担当し直接リビーを診察しに行くことができなかったことや研修医が連続36時間勤務することが可能だったことが判明し、大陪審は、「研修医が連続して働くことを規制する法案を作ることを提案する」という文言が盛り込み、これをきっかけに労働環境が改善し、医療安全に寄与していったのである。
日本の裁判所にこれが出来るのか。コロナ禍で現場の医療安全は後回しにされ続けた。医師の働き方も、「過労死」認定基準を超える人が4割(約8万人)にも達する。勤務医のみでなく開業医の働き方はチェックさえされていない。
そろそろ他の先進国では類を見ない日本の医療の置かれた現状にも目を向けて欲しい。それが医療安全を守ることになるのである。
最後に
突然大切なご家族を亡くし苦しみの只中にいらっしゃるご遺族の哀しみを共有し、謹んで哀悼の意を表します。