医療ガバナンス学会 (2023年11月2日 06:00)
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2023年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
11月25日(土)
【開会のご挨拶】13:00~13:10
●林良造
(武蔵野大学国際総合研究所フェロー・客員教授、東京大学公共政策大学院アドバイザー)
岸田政権発足からからはや2年、新型コロナが5類に変更されて半年が経とうとしている。そして世界は、何事もなかったかのように時を刻み始めている。しかしこの期間は、我々の医療提供体制について実に多くの教訓を残してくれた。これらの貴重な教訓まで、なかったかの如く忘れ去られていくことがあってはならない。
まず第一に、緊急時のベッドの不足、すなわち多くの患者に適時適切な医療を届けられなかったことが挙げられる。従来から国際標準に比べ格段に多い病床が保持されていた。ところが今回の緊急時に提供されることもなく、さらには補助金を交付されても実は提供されていなかったケースすら散見された。このことは、これらの病床は多くの病院で収益源として認識されていたのみで、緊急時に効率的に医療提供できる“筋肉質”の病床集団としての整備を促す、適切なインセンティブが働いていなかったことをうかがわせる。
この現象は、別の大問題にもつながっている。コロナ期間中に見られた若手勤務医や看護師への過剰な負担である。特に若手勤務医の勤務環境の問題は、引き続き大きな問題となっている。これは多すぎる病院・病床と、それに対応するには過少となってしまう医師・看護師、という歪みがその根本にある。
次に、医薬・医療機器産業の開発力も発揮されることは少なかった。欧米企業の対応薬・ワクチンの開発に比べると、見劣りしたといわざるを得ない。この問題は従来からドラッグラグやディバイスギャップとして指摘されており、その大きな原因として、開発と審査の協力体制の欠如や、価値にあった価格を提示できるメリハリある薬価体系となっていないこと、併せて、治験の時間・コストを左右する大規模医療供給機関の不足なども、大きな要因として挙げられていた。
このように病院数、病床数、医師看護師の適正な配置の問題は、我が国の医療提供体制の質においてもSustainabilityにおいても根幹的な問題となっている。診療報酬の体系、決定方式などを含め、新型コロナによるパンデミックは本格的検討の絶好のチャンスであったにもかかわらず、再び旧来通りの診療報酬改定に流れているように見える。
上記の点はコロナ以前からも指摘され、コロナ期間中も繰り返し論ぜられた。しかし現政権は、新たに起きてくるリスク・危機への対応に追われ、Political Capitalをこれらの問題に立ち向かうために使おうとしているようには見えない。今回のシンポジウムにおいて正面からかつ多角的に取り上げ、本質に迫る議論がなされることを期待している。
【Session 01】医学生を目指す次世代へ 13:10~13:55(司会:鈴木寛)
●大塚海征
(島根大学医学部医学科1年)
私が医学部進学を真剣に志したのは、高校2年生の終わりでした。実姉が知的障がい者であったため、幼いころから医療機関で医師の姿に触れる機会は多かったのですが、医療関係の職に就きたいとは思っていませんでした。むしろどちらかといえば、医療機関以外の職に就きたいという想いがありました。
そして「宇宙兄弟」という漫画の影響もあり、JAXAとの連携により宇宙を深く学べるという、新設の「鹿児島県立楠隼中学校・高等学校」の存在を知り、入学することになりました。
入学後も宇宙に対する関心はありましたが、新型コロナウイルスの流行や姉の入院など、再び医療に関わる機会が増えたことで、医療への関心が少しずつ醸成されたようです。さらに高校2年生の時に「鹿児島県きょうだい会」という障がい者を兄弟姉妹に持つ人々で構成されるコミュニティに参加し、自分と同様な立場の方々と意見交換する中で、自分は医療関係に関わることを避けていたのではないか、本当は医療関係に関心があるのではないか、という想いに至り、最終的に医学部に進学する決心をしました。
医学部は難関であり、鹿児島は地元の横浜に比べて受験勉強の環境や入試情報などにおいてハンデがありましたが、部活の剣道も引退し、覚悟を持って受験勉強に臨みました。島根大学医学部に合格することができたのは、自分が本当に医療に関わりたかったからだと今は思っています。
現在、医学部生として日々を送っていますが、医師になるということは、受験勉強に匹敵する、あるいはそれ以上の学習に取り組み、さらに勉学以外にも、医師になる以前に立派な社会人となることが要求されていると感じています。全寮制の中学・高校生活で外の社会を知る機会がなかったので、大学では勉学に取り組むとともに、視野を広げ、自分の方向性を確立し、自ら積極的行動するように心がけたいです。医学部の6年を通して医師、その前に立派な社会人になれるように精進していきたいと思います。よろしくお願いいたします。
●斉藤良佳
(京都大学医学部医学科6年)
最近、ビジネスや研究に取り組む学生が増えている。部活に励むだけではいけない、という意識の表れであろう。かくいう私も研究や企業のインターンにとりあえず取り組んでみる学生だった。しかしこれらは「手段」に過ぎず、これらを使って何がしたいのか、「目的」がないことに気づいた。そして探した末に辿り着いたのが「宇宙医学」である。
この分野は宇宙に携わる人のための医学である。今はISSに滞在する宇宙飛行士の健康管理や宇宙での人体の変化の研究が主な仕事であるが、時間や場所ともにその活動範囲は広がっていくであろう。例えば、飛行時間90分の弾道飛行と、到達に半年以上かかる火星への移住を目指す宇宙開発では、疾患の種類も異なる。それぞれに関する研究と対策が必要となっていくであろう。
私は学生として、まずは宇宙医学に関わる人と話し、現状を把握することにした。結果、(特に日本では)本業としている人が非常に少なく、研究も特定のテーマに限られていること、宇宙飛行士は健康な者ばかりで「なんとかなっているから対策もせずに」放置されているものが多いこと、現在大きな需要のない分野であることが分かった。
一方で、興味を持つ学生は多い。宇宙飛行士になるか医者になるか迷って医学部に入ったという者もいて、自分が運営する宇宙医学の学生団体には400名以上のメンバーがいる。しかし、社会人になってすぐ、十分な土壌のない宇宙医学の道に進んでしまっては、医学者としての土台を作れず「研究者もどき」「医師もどき」になってしまう。
そこでまずは既存の医学で修行を積み、自分の専門分野を持たなければならないと考えている。私の場合、災害時の医療を学びたいと考えている。そこで今日は自分のこれまでの学びや活動を紹介すると共に、宇宙と災害のつながりについて紹介する。
●吉村七重
(地方自治体保健師)
一人親の息子が医学部に進学して思ったこと
息子が生後11ヶ月の時に離婚し、息子が20歳で家を出るまで母子二人で生活してきた。
息子が小学4年生の時に突然、「中学受験をしたい」と言ってきた。これは寝耳に水、驚きでしかなく、そしてかなりの激震だった。私自身中学受験を経験したことがなく、身近な人にも中学受験をした人がいない。そして何より一人親で、中学受験をする金銭的余裕もない。私自身、息子は地元の公立中学、高校に行くだろうと思っていたし、「大学は私立でも良いか(医学部以外)」と、息子の進学プランを勝手に想像し、学費貯蓄計画を考えていた。
そのため息子の希望にすぐに頷くことなど、できるわけがなかった。中学受験ともなれば、小4から受験塾に行く必要がある。「学費にお金がかかるのはまだまだ先だと思っていたのに、今からお金がかかるとは」などと渋り続けていた私に対し、息子は諦めず、何度も「中学受験をしたい!」と言い続けていた。この頃の息子はどちらかと言うと自己主張するタイプではなく、勝手気ままな親の行動に黙って付き合ってくれるようなタイプだったし、大した文句を言うこともなかったので、このように強く主張し続ける息子に戸惑いを隠せなかった。
意志を曲げない息子を見ているうちに、後々「やりたいことをやらせてもらえなかった」と恨まれるのは嫌だと思い、多少(=かなり)の無理をすることにして、中学受験を渋々承諾した。そして息子は私立中高一貫校へ進学することとなった。
大学の進路を決める高1の3月、今度は息子が「医学部に進学したい」と言い出した。中学受験ほどの驚きはなかったものの、息子に医学部と言われたときは「え?マジで?」の言葉しか出てこなかった。うちの親族に医者はいない。医学部受験のノウハウもわからない。そして、中学受験同様、金銭的に余裕があるわけではない。そこで私は、「学校の授業料と同時に予備校の学費は出せない」「私立の医学部は無理」という条件を提示し、息子は医学部に挑むこととなった。そして、息子は二浪を経て、国立医学部に進学した。
結果としては良かったが、息子自身、二浪が決まった時の絶望感、そして浪人中も前向きなメンタルを維持していくのは、とても辛く大変だったと思う。しかし辛かった分、入学が決まった時の達成感はとても大きかった。
私自身は、保健師の仕事を通して、様々な人の話を聞くなかで、子どもの成長には「自分で決めたという経験」と「やりきったという達成感」がとても大事であるということを知った。
子どもが達成感を感じ、納得のいく受験をするために保護者ができることは何か? 私が日々の保健師活動で多くの親子と出会った経験と、息子の受験で体験したことをお話ししたいと思う。
●和田孫博
(灘中学校・灘高等学校前校長、兵庫県私立中学高等学校連合会副理事長)
医師に求められる資質とは ―高校教員からの期待―
灘高校は1学年約220名、その中で70名くらいが医学部を目指します。本校では進路指導は一切しません。自分の一生の道は、自分自身で決めねばなりません。人に薦められた道に進んで壁にぶつかったら、人のせいにして途中で投げ出すことが多いからです。
そんな学校で医学部人気が高いのは、他の進路では将来の具体的な自身像が見え難いのに対し、医学部に入学した時から白衣を着ている自分の姿をイメージしやすい点もあると思います。人の命を預かるというやりがいのある仕事への憧れもあると思います。自分自身や身近な人が病気に苦しんだ経験や、お世話になった医師の姿への憧れが動機だという人もいるでしょう。いずれにせよ、自分で決めた進路であれば頑張ってほしいと思います。
ただ、私が心配するのは、医師に適した資質がないために適応障害を起こす人もいるということです。医師に求められる第一の資質は、コミュニケーション力です。向き合う患者さんに安心感を与え信頼を得られるかどうか、それができないと患者さんが迷惑するだけでなく、医師自身が苦しい思いをするわけです。また、最近の医療は様々なスタッフで構成されるチームで行われることが多く、その中でのスムーズな意思疎通は不可欠です。研究医の道を選んでもチームで取り組まねばならないですし、他の研究者の業績に謙虚に向き合い、広く情報交換を行わねばなりません。
もう一つの資質は強い精神力です。医師の仕事は患者さんを治すことだけではありません。人は必ず死すべき運命にあり、その死を看取るのも医師の大切な仕事です。穏やかな死もあればそうでないこともあるでしょう。生に執着しながら亡くなる人も多いと思います。それらの死に向き合いながらも、折れない心の持ち主でなければなりません。優しいだけで続けられる仕事ではないと思います。
厳しいことを言うようですが、そういう覚悟をもって医学の道を選んでいただければと思います。