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Vol.23213 島根合宿紀:現場からの医療改革を体験する

医療ガバナンス学会 (2023年11月24日 06:00)


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JA秋田厚生連平鹿総合病院
宮地貴士

2023年11月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

品川区に「医療ガバナンス研究所」という施設がある。一見謎に包まれた施設で、Googleには24時間営業の宗教施設と誤記載された時期もあったそうだ。しかしこれは、内科医の上昌広先生が2016年に設立したNPO法人の拠点で、「官ではない公」として現場からの医療改革を目的としている。若手教育にも力を入れており、様々な領域の“プロ”の方との議論を通じてモノの考え方や社会の見方を指導している。知識偏重ではなく、研究所での学びをメディアや医学論文として社会に発信していくことに重きを置く点や、学生や医師はもちろん、高校生、税理士、弁護士、官僚および起業家の方々が身分や立場を超えてフラットに議論する場であるという点はまるで現代の松下村塾だ。

私は大学3年生の時に知人の紹介で上先生にお会いした。当時私は、アフリカ・ザンビア共和国での支援活動に取り組んでいたが、事業で躓いていた。その言い訳として、現地政府役人の腐敗や国家間の援助体制を挙げ、「役人や支援の在り方を変えなければ」と語っていた。そんな他責思考に陥っていた自分は上先生にお叱り受けた。「プロジェクトは一体誰とやっているのか?」「現地の人たちが歩んできた歴史はどうなっているのか?」「その人たちが大切にする価値観は何か?」これらの点を考慮せずに上から目線でうわべだけの議論をしていたことに気づかされた。それ以来インターンとしてご指導いただいている。

2023年11月、そんな医療ガバナンス研究所が主催する3日間の島根合宿に参加した。島根県出身の医療ガバナンス研究所理事、児玉有子先生のご縁からだ。初日は児玉先生の地元である大田市三瓶で明治30年から地元に受け継がれてきた神楽を堪能した。神楽の演題は「荒神」で須佐之男命が八岐大蛇を退治するストーリーだった。三瓶は八岐大蛇伝説にまつわる出雲市や雲南市に近い。例にもれず急激な人口減少が起きている地域だが地元の伝統文化を後世に残そうとする強い意思を感じた。

翌日には津和野に移動した。森鴎外や西周の出身地である。津和野藩亀井家の城下町だけあり、小京都とよばれるにふさわしい風情のある土地だ。城下町から文化人が生まれやすいことを再確認した。

三瓶から津和野への道中では石見銀山や温泉津港をドライブした。大航海時代、世界の交易に使われる銀のうち、少なくとも10%をこの地が産出したといわれている。かつては地面を掘れば儲かったという地域の賑わいに思いをはせた。最終日には吉賀町に移動し、町唯一の病院である六日市病院の公設民営化問題に関する住民の話し合いに参加した。

研究所にいるときの学びとはまた一味違い、住民との会話や街歩きを通して、地元の歴史や医療課題について実践的に学ぶ合宿だった。上先生をはじめ、元銀行マンで総合食品卸の経営者である平岩宏隆さん、看護教員の児玉先生などとの議論を通じて、知識や自らのネットワークを活かして、現場で具体的に物事を進めるとはどういうことか、肌で感じることができたからだ。

とくに印象に残っているのは吉賀町での話し合いだ。住民や町役場の関係者などが数十人集い、前述の六日市病院問題について医療ガバナンス研究所メンバーと議論した。吉賀町の人口は5600人程度だ。バブルの時代にこの地に500床規模の病院が作られた。現在は100床程度で運営されている六日市病院だ。これまでは民間の医療法人が経営を担っていたが、経営者の交代等をきっかけに赤字会計が続き、町役場が億単位を毎年財政支援している状態だった。問題解決のため役場が中心となり新たな医療法人を設立し、今後は公設民営として医療機関を維持する方針のようだ。

人口減少に伴い地域の医療機関を維持することは難しくなる。地域医療存続における一つの課題は医療者の確保だ。そもそも医療は医療者がいなければ成り立たない。医師確保の議論における上先生からの助言は目から鱗だった。抽象的な一般論ではなく、すべからく個別具体的な解決策が検討された。先生の助言の背景には、地域医療の維持は、地域特有の物語を踏まえた上で、キーマンとなるプレイヤーが奮闘するか否かにかかっているという考え方が存在するようだ。例えば、吉賀町やその周辺地域は前述した森鴎外の出身地に極めて近く、さらに森鴎外は東京大学医学部を代表する人物である。先生は、こういった地域特有の物語を踏まえて東大医学部卒業生による同窓会組織、鉄門倶楽部に医師確保の協力を働きかけることができるのではないかと助言された。このような同窓会には、島根県人会もある。故郷の苦境には力を貸すなら、まず、このような人たちというわけだ。

吉賀町には日本一綺麗といわれる高津川の恵みや大自然を生かして商売で町を支えている人物たちがいる。オーガニック野菜を自ら育て、愛情のこもった食事と場を提供しているレストラン草の庭の花崎訓恵さんや町の特産品でふるさと納税の返礼品にもなっている山わさびの問屋を営む土田裕久さんだ。このような故郷を支える人物たちが商売のみならず医療も自分事として取り組み、例えば、故郷を離れ活躍している医療者たちに町の物語を伝えていくことが大切なのだろう。

よそ者である医療ガバナンス研究所のメンバーと吉賀町の町民が交流することで、改めて町民たちの地域が秘める資源が明らかになったと思う。会議の最後で前述の花崎さんの言葉は印象的だった。「行政や病院に任せるのではなくて、自分たちが自分事として医療を存続させていかなければならないのではないか」。この発言に現場からの医療改革が始まる萌芽を見た。

医療ガバナンス研究所では11月25日、26日に現場からの医療改革シンポジウムを東京の建築会館で開催するようだ。地域医療に関心のある学生に特に参加をお勧めする。自分の住む土地の医療を考えるうえで新たなアンテナが立つはずだ。

最後になりますが、合宿を企画してくださった児玉先生、研究所の皆様、吉賀町が抱え
る重要な医療課題を考える機会を下さった町役場の落合亘様、町民の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

筆者紹介:
宮地貴士。1997年東京都北区生まれ。順天高校、秋田大学医学部を卒業し、現在は秋田県
横手市にあるJA秋田厚生連平鹿総合病院に初期研修医2年目として勤務。在学中からアフリカ・ザンビア共和国で診療所建設や現地医学生向けの奨学金事業に取り組む。

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