医療ガバナンス学会 (2023年11月22日 06:00)
地域枠医学生・医師を支援する会
代表 坂根みち子
2023年11月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
厚労省は2020年に医学部地域枠の離脱事由の例として次の10項目を挙げている。
(1)家族の介護 (2)体調不良 (3)結婚 (4)他の都道府県での就労希望 (5)指定された診療科以外の診療科への変更 (6)留年 (7)国家試験不合格 (8)退学 (9)死亡 (10)国家試験不合格後に医師になることをあきらめる場合。 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000665193.pdf
ところが井上弁護士が指摘するように、都道府県により(1)〜(5)について本来は地域枠からの離脱に「同意」してもよいはずのところを「不同意」にしたり、(6)〜(10)のみ離脱可能として、地域枠医師の人権を侵害することが頻発していた。
また日本専門医機構は、2021年12月に「都道府県と同意されないまま、当該医師が地域枠として課せられた従事要件を履行せず専門研修を修了した場合、原則、専門医機構は当該医師を専門医として不認定とする」とホームページに突然掲載していた。
つまり、入学時には示されていなかった後付けルールで、不同意離脱者は初期研修が受けられず(これは医師として働けないことを意味する)さらに専門医にもなれなくなってしまっていた。
2022年11月に地域枠医学生・医師を支援する会(地域枠生支援の会)を設立すると当会へ相談が殺到した。
流石にまずいと思ったのか、機構は2023年4月以降ワーキンググループを立ち上げ、その結果が、10月23日の記者会見で示されたのである。
m3記事より抜粋する
「日本専門医機構理事長の渡辺毅氏は、10月23日の定例記者会見で、都道府県や大学と不同意のまま地域枠医師が従事要件から離脱する地域枠離脱問題に関して、日本専門医機構が当該都道府県もしくは大学とともにプログラム統括責任者に再考を促すほか、関係者間で解決できるように橋渡しの努力をし、専攻医の不利にならないよう協議の場を設けると発表した。」
https://www.m3.com/news/iryoishin/1172207?fbclid=IwAR0S5OXkPpp3ZFc6Ri35uGtlv2pf3iPc4eIj-gdED3CpiKNpufqdiHDlBck
ところが、機構が発表した文章からは地域枠の不同意離脱者は専門医研修を認めない可能性の方が高まるようにも読め、m3も各社も「専門医研修認めない場合も」とタイトルを付けた。
さらに詳しくm3が機構に質問状を出したところ、10月27日付けで、機構からの回答として「厚労省が示している離脱の許容条件として10項目がありますが、基本的にこの条件に当てはまっていれば、たとえ都道府県の事情により不同意離脱とされても当機構は専門医の取得は認めたいと考えています」という一文が追記されたのである。井上弁護士の「専門医機構が地域枠離脱問題で示した良識」はこの時点で書かれたものである。
ところがその後、その大切な一文が削除されてしまった。
m3はその理由として以下のように書いた。
2023年11月1日に変更 編集部からの質問で当初、『厚生労働省が挙げる離脱がやむを得ないと考えられる「1-10のいずれかの事由」に該当すると判断しても』と記載していましたが、「1-10のいずれかの事由」は「離脱事由の例」であり、「離脱がやむを得ないと考えられる事由」でないとの指摘があり、質問を変更、再度、機構に回答を求め変更しました。
であるならば、「厚労省が示している離脱理由の例に合致し、当機構の事情聴取でも正当な離脱理由があると認められる場合は、たとえ都道府県の事情により不同意離脱とされても当機構は専門医の取得は認めたいと考えています」とでも変えてくれればよかったのである。ところが、地域枠生が待ち望んでいた一番大切な一文がわずか数日で消えてしまったのである。
専門医機構に物申せるのは厚労省だけである。何があったのか想像するのはたやすい。
ただし、専門医機構が専攻医の不利にならないように協議の場を設ける(大学や自治体側の問題で不同意とされた場合)というところは変わらない。困っている地域枠生はぜひ専門医機構に相談してほしい。併せてその結果を当会にもお知らせいただけると有難い。
実は同時期、厚労省も動いた。
大学や自治体に対して、10月30日付けの以下の事務連絡を出したのである。
「地域枠入学者への説明等に関する留意事項について」
大学医学部入学における地域枠について、都道府県及び大学は、地域枠入学者に対して 丁寧な説明を行い、地域枠入学者がやりがいを持って、望まれる地域・業務等に定着することができるよう取り組み、地域枠入学者は、その趣旨をよく理解し、地域医療に貢献する意思と能力を育むことが重要である。しかし、地域枠入学者によっては、何らかの理由で地域枠従事要件からの離脱(以下「地域枠離脱」という。)を希望することもあり、その際は、当該地域枠入学者と都道府県及び大学とで十分に相談することが重要である。今回、地域枠入学者への説明等について、下記のとおり留意事項をお示しするので、都道府県及び大学は、必要に応じ相互に連携し、適切に対応されたい。
1.地域枠について、都道府県及び大学は、引き続き従事要件及び離脱要件を入学時の募集 要項、入学手続書類等において明示するとともに、本人や保護者にわかりやすく説明し理解を得ること(※)。
※ 仮に地域枠を離脱した場合の取扱いについても併せて情報提供することが望ましい。
2.都道府県及び大学は、入学時に地域枠入学者や保護者に対して従事要件を明示していた かどうか確認し、明示していなかった場合にはどの時期に明示していなかったか点検する こと。
3.従事要件を明示していない時期の地域枠入学者から地域枠離脱の希望があった際には、 以下の点に留意して対応すること。
・入学時に明示している内容を踏まえ、個別の事情を慎重に検討し、当該地域枠入学者 については、例えば、義務履行期間の猶予や従事要件の柔軟な運用など、地域枠の趣旨に則り、地域で活躍できる方策を検討・相談すること。 その上でなお、従事要件を満たすことが困難であり、やむを得ず地域枠離脱となる場合には、入学時に従事要件が明示されていなかった事情を重視し、地域枠離脱に対して不同意と判断することについては慎重に検討すること。
要は、入学時の従事要件に離脱について明示されていない場合は、安易に不同意離脱をしてはならないという極めて常識的な判断を示したのである。
これにより、初期研修においても専門医研修においても個別救済の道が開けたと言える。厚労省も専門医機構も人権侵害にあたるような大学と自治体の「不同意」に一定の歯止めをかける見解を示したのだ。
さて、これが本当に個々の地域枠生の救済になるのかどうか、勝負はここからである。厚労省と専門医機構が示した良識が守られるのか、各大学と自治体の反応を含め、注意深く見守り、また報告していきたいと思う。