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Vol.23215 90代男性のゼリーによる窒息事故、介護施設に2,365万円の賠償命令(1)

医療ガバナンス学会 (2023年11月28日 06:00)


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医師 小松秀樹

2023年11月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

※この文章は長文のため2回に分けて配信しております。
全文をお読みになりたい方はこちらから。 http://expres.umin.jp/mric/mric_23215.pdf

●報道
2023年11月7日の中國新聞デジタルは以下のように報じました(1)。

「広島市佐伯区の介護施設で2021年7月、入所していた90代の男性がゼリーを喉に詰まらせて窒息し、死亡したのは施設職員が男性の誤嚥(ごえん)を防ぐ義務を怠ったことなどが原因として、死亡した男性の長男が施設を運営する社会福祉法人に3465万円の損害賠償の支払いを求めた訴訟の判決が6日、広島地裁であった。
裁判長は施設側の責任の一部を認め、法人に2365万円の支払いを命じた。裁判長は、ゼリーを配る職員は他の利用者に配膳し、男性が誤嚥する様子を見ていなかったとした。職員らが食事の介助などの措置を講じていれば防げたとした上で『誤嚥を防止する措置を講じる義務を怠った責任は極めて重い』と指摘。『誤嚥は予見できなかった』などとする施設側の主張を退けた。」

●介護施設の高齢者
多くの介護施設には、入所条件があります。介護老人保健施設は要介護1以上、特別養護老人ホームは要介護3以上と認定されていなければ入所できません。高齢であることに加えて、体の不調により自立した生活が不可能な高齢者です。
介護老人保健施設は、介護を受けながらリハビリテーションを行い、自宅復帰をめざす施設です。入院をきっかけに要介護になった高齢者の大きな受け皿です。ただし、入所期間は原則として3~6か月です。自宅に戻れない場合、特別養護老人ホームなどが受け皿になります。実際には、要介護状態になって介護施設に入所した後、加齢のため徐々に健康状態が悪化するのが普通で、元気になって自宅に戻れることはまれです(2)。
私の知っているいくつかの介護施設では、80代後半から90代の入所者がもっとも多く、100歳以上の高齢者はめったにいません。90代で衰弱が進み、死に至るからだと思われます。私の実母、妻の母、妻の叔母は、いずれも独居生活の後に要介護となって介護施設に入り、90代で亡くなりました。

要介護高齢者は、個別疾患による障害、例えば、脳梗塞による片麻痺、だけでなく、視力、聴力、認知能力、心肺機能、嚥下機能、消化機能、運動能力などすべての体の機能が衰えています。皮膚が脆弱になっている人では、机などにちょっとぶつけただけで、皮膚が裂けます。骨も折れやすくなっています。長期間の寝たきりで、股関節に拘縮がある場合、おむつを替えるために、そっと開脚させるだけで骨折することがあります。全身の衰えのため、普通の人では考えられないようなちょっとしたことが事故につながります。事故が発生すること、その事故が死につながることの主たる原因は加齢に伴う体の弱体化です。

●食事時の風景
介護施設では、寝たきりを防ぎ、社会性を保つため、広いホールに集まって食事をとります。介護老人保健施設だと、30~50名に対して、4人ほどで配膳し、この4人で食事介助も担当します。この中に看護師が含まれています。いっせいに食事を開始すると、食事介助の人手が足りなくなるので、グループを分けて時間差を設けます。
これとは別に、寝たきりの胃ろうの入っている高齢者は、ホールではなく、ベッドで経腸栄養剤を腹部のチューブから注入します。

糖尿病食、塩分制限食、きざみ食、ミキサー食、とろみ食など食事内容は個々に異なります。きざみ食、ミキサー食、とろみ食は嚥下困難者用の食事です。大きなかたまりがないため誤嚥が生じても窒息しません。窒息事故の原因となるのは、気道閉塞しやすい大きさ、形状、材質の食品です。嚥下困難者用食事より普通の食事をとっている高齢者の方が窒息のリスクが高く、食事介助を必要とする高齢者より必要としない高齢者の方が、窒息のリスクが高いと思います。
食事が始まると、中には隣の人の食事を食べたり、糖尿病の人に自分の食事を与えたりすることがあります。食事中に急に立ち上がったり、認知症のために食事そっちのけで徘徊したり、頻尿のためトイレに行きたいと介助を求める人もいます。認知症の周辺症状で不穏になり、大きな声でわけのわからないことを喚く人もいます。ときに、入所者同士がよくわからない理由で争うことがあります。嘔吐したり、座位が取れずに体が斜めになったり、車いすからずり落ちそうになったりと様々なことが生じます。
テーブルに向かって座って食事するのですが、突っ伏して居眠りをする人もいます。眠っていなくても、目を閉じている人がいます。要介護者は、気道に異物が入っても、必ずしもむせ込むとは限りません。病院勤務のころ、調査委員会の委員でした。本来胃に挿入すべき胃管が気管に入った事例がありました。この事例では、健常人なら当然生じる咳や激しいむせ込みなどの反射は全く認められませんでした。

広島の事故の詳細な状況は伝えられていませんが、窒息していても、居眠りをしている人と見分けがつきにくい状況だった可能性は十分あります。人手が少なく、作業や注意すべきことが多岐にわたるので、全員を常に観察して安全を確保するのは困難です。

●高齢者用栄養補助食品ゼリー
食事量が極端に少なくなる高齢者は珍しくありません。固形物が嚙み下せない、気道に入ってむせる、食事介助しても、口の中に食物をため込んで飲み込めないなどがあり、食べられる量が減って、カロリー不足、栄養不足になります。普通の食事をとれるにもかかわらず、食欲がなく、食事量が極端に少なくなることもまれではありません。

カロリー不足の高齢者に対して、選択肢の一つになるのが栄養補助食品ゼリーです。広島での事故のゼリーがどのようなものか、記事には記載されていませんでしたが、介護施設であること、90代であることから、栄養補助食品ゼリーの可能性が高いと思われます。需要が大きいためか、多くの会社から様々な製品が販売されています。カロリーが高く、通常の食事より食べやすいこと、嚥下しやすいこと、加えておいしいことをめざして作られています。しかし、単位重量当たりのエネルギー量を大きくすることと、嚥下しやすいことは、必ずしも両立しません。報道の後、試しに食べてみたのですが、想像していたより濃厚で粘度が高く、通常の食品と同様、気道閉塞の可能性があるというのが正直な感想でした。

大手メーカーのネット上の製品紹介を調べてみました。森永乳業グループのエンジョイちいさなハイカロリーゼリー(40g・100kcal)には、「噛む力や飲み込む力が弱い方も食べやすい、滑らかな舌触りのゼリータイプです」と記載されていましたが、エンジョイゼリープラス(220g・360kcal) には嚥下しやすいというプロモーションの文言はみとめられませんでした。ネスレのアイソカルゼリー・ハイカロリー(66g・150kcal)については「飲み込みが気になる方へ向けた食事を追及。スッと届く食感を実現しました。濃さとやわらかさが均一なので、どこをすくってもOKです」「嚥下困難者用食品許可基準II表示許可を取得しました」と記載されていましたが、同じネスレのアイソカルゼリー・もっとハイカロリー(50g・200kcal)では、嚥下に関する文言は避けられていました。明治乳業のメイバランス・ブリックゼリー(220g・350kcal)の使用説明書には、「嚥下障害のある方はご注意ください」と書かれており、メーカーの明らかな防御姿勢がみてとれました。

●補助金
介護施設では、救命処置の訓練を実施している施設が多いと聞いていますが、法令上の義務になっていません。義務化されていないのには、理由があります。義務化して時間のかかる本格的な訓練をおこなうとすれば、日常業務継続のために、人員配置を増やす必要があり、新たな人件費が必要になります。訓練を担当する専門家のための費用も必要です。介護施設には普通の企業のような経営の自由はありません。介護サービスの内容と値段は、厚労省が細かく決めています。資本を蓄積できるような値段設定にはなっていません。介護施設を創設するのに、建築費、用地取得費、事務費など多岐にわたり多額の補助金が投入されています。改修にも補助金が投入されます。新たな費用が必要になったとき、費用を用意するのは施設の経営者ではなく、地方自治体・厚労省です。昨今の物価上昇に対しても、すばやく補助金が交付されました。訓練を義務化するとなれば、厚労省はシミュレーションをおこない、必要な予算を確保しなければなりません。人員配置基準の変更も必要になります。将来にわたる予算の増額を伴うので、安易に義務化できません。

本格的訓練が行われると、救命処置の要求水準が上昇しますが、救命率が上がるとは思えません。かえって、社会との軋轢が高まるかもしれません。私は、本格的訓練が介護士に嫌悪される可能性があると思っています。

●窒息に対する救命措置
医師・看護師が勤務している施設では、彼らが救命処置を担当します。いなければ、介護職員が対応するか、救急搬送を要請するかになります。介護職員は、自覚的に自分の役割は介護であり、医療行為に対して怖さと越えがたい心理的障壁を感じています。障壁を低くするほどの十分な訓練はおこなわれていません。十分な訓練を受けていたとしても、時間とともに、訓練の効果は薄れていきます。裁判官を訓練しても、適切な救命処置ができるようになるとは思えません。合法的に現場から遠ざかろうとするでしょう。

気道閉塞直後、まだ意識のある状態だと、ハイムリック法がおこなわれます。座位にして後ろから救助者が抱えて、両こぶしを重ねるようにして、みぞおちを一気に強く圧迫して閉塞した食物を吐き出させます。意識がないときは、仰向けにしたまま、てのひらでみぞおちを頭側に強く一気に突き上げます。心停止があれば心臓マッサージが加わります。
これらの処置には、合併症が生じる可能性があります。高齢者は骨が脆いため、高い確率で骨折が生じるだろうことは想像に難くありません。鼓腸や極端な便秘を伴っていると、腸管破裂が心配になります。自分の実施している処置でよいのか悪いのか、いつまで実施するのか、致命的なミスがないか、不安が付きまといます。要介護高齢者の体は極めて脆弱なので、いったん救命できても、救命処置による合併症で死亡したとき、責任を問われる可能性があります。素人が安易に手をだすようなものではありません。実習するにしても危険を伴うので、人間相手にはできません。

電気掃除機に適切な形状の吸引口を装着して、気道を閉塞した食物を吸引除去する方法もあると聞きましたが、使い方と保管場所を組織全体で記憶し続けて、緊急時に1~2分以内に実施できるような態勢を維持するのはほぼ不可能でしょう。
私は、40年間泌尿器科医としていくつかの大病院に勤務しました。病院では、飛び降り自殺に3回遭遇しましたが(現在は飛び降り可能な場所に人が入れないようになっています)、窒息事故を見聞したことはありません。介護施設では、窒息事故がありましたが、私がいないときの出来事でした。事故の後、対処法を調べて、ハイムリック法について知りました。私自身、窒息に対する救命訓練を受けたことはありません。私が読んだものには、成功率、合併症については記載されていませんでした。実際の経験に裏打ちされたリアリティは感じられませんでした。

つづく

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