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Vol.23228 厚労省と機構が地域枠離脱で示した合理的基準

医療ガバナンス学会 (2023年12月13日 06:00)


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この原稿は月刊集中新年号(2024年1月号)掲載予定です。

井上法律事務所所長、弁護士
井上清成

2023年12月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 地域枠離脱に関する人権擁護の姿勢

本稿は、2023年11月23日付けMRICでの拙稿「専門医機構が地域枠離脱問題で示した良識」の続編である。
厚生労働省は、令和5年10月30日付けで事務連絡を発出し、都道府県・大学のいわゆる後出しジャンケンに対して、厳しく、事実上のダメ出しをした。この事務連絡は、実務において、極めて大きな好影響を及ぼしている。つまり、入学時に従事要件を明示していなかったならば、地域枠離脱に関して事実上、都道府県及び大学は同意せざるを得ないところであろう。したがって、地域枠離脱を考える医学生・医師は、まず真っ先に、入学時の従事要件の明示の有無をチェックすべきである。厚労省は、地域枠離脱に関して、地域枠医学生・医師に対して人権擁護の姿勢をクリアーに打ち出した。高く評価し、賞賛すべき「事務連絡」と言ってよいであろう。

また、日本専門医機構は、m3が機構に質問状を出したところ、10月27日付けで、機構からの回答として「厚労省が示している離脱の許容条件として10項目がありますが、基本的にこの条件に当てはまっていれば、たとえ都道府県の事情により不同意離脱とされても当機構は専門医の取得は認めたいと考えています」という一文を追記したのである。ただし、前回の拙稿で記したとおり、当該回答部分は11月1日付けで削除された。しかしながら、ある意味、削除は当然であったと思う。法的に見ると、少し不正確な表現であったので、いわば少し踏み込み過ぎたからである。個々の事由は、「離脱事由の例」に過ぎず、その例に該当したからと言って直ちに「同意」となるわけでもないし、逆に、その例に該当しないからと言って直ちに「不同意」となるわけでもない。要は、形式的ではなく実質的に、一般的・抽象的ではなく個別的・具体的に、条理に照らして良識的に、地域枠離脱の正当性を検証し判断することとなるのである。
その点、日本専門医機構の回答は、その方向性はおおむね正しかったのではあるが、表現が少し粗削りではあったというに過ぎない。その良識は高く評価され、賞賛されるべきであろう。

2 厚労省の発出した合理的な内容の事務連絡

厚生労働省医政局医事課が文部科学省高等教育局医学教育課と連名で、各国公私立大学医学部と各都道府県衛生主管部(局)に宛て、10月30日に発出した事務連絡「地域枠入学者への説明等に関する留意事項について」の全文は、次のとおりである。
「大学医学部入学における地域枠について、都道府県及び大学は、地域枠入学者に対して 丁寧な説明を行い、地域枠入学者がやりがいを持って、望まれる地域・業務等に定着することができるよう取り組み、地域枠入学者は、その趣旨をよく理解し、地域医療に貢献する意思と能力を育むことが重要である。しかし、地域枠入学者によっては、何らかの理由で地域枠従事要件からの離脱(以下「地域枠離脱」という。)を希望することもあり、その際は、当該地域枠入学者と都道府県及び大学とで十分に相談することが重要である。今回、地域枠入学者への説明等について、下記のとおり留意事項をお示しするので、都道府県及び大学は、必要に応じ相互に連携し、適切に対応されたい。


1.地域枠について、都道府県及び大学は、引き続き従事要件及び離脱要件を入学時の募集要項、入学手続書類等において明示するとともに、本人や保護者にわかりやすく説明し理解を得ること(※)。
※ 仮に地域枠を離脱した場合の取扱いについても併せて情報提供することが望ましい。
2.都道府県及び大学は、入学時に地域枠入学者や保護者に対して従事要件を 明示していたかどうか確認し、明示していなかった場合にはどの時期に明示していなかったか点検すること。
3.従事要件を明示していない時期の地域枠入学者から地域枠離脱の希望があった際には、 以下の点に留意して対応すること。
・入学時に明示している内容を踏まえ、個別の事情を慎重に検討し、当該地域枠入学者については、例えば、義務履行期間の猶予や従事要件の柔軟な運用など、地域枠の趣旨に則り、地域で活躍できる方策を検討・相談すること。
・その上でなお、従事要件を満たすことが困難であり、やむを得ず地域枠離脱となる場合には、入学時に従事要件が明示されていなかった事情を重視し、地域枠離脱に対して不同意と判断することについては慎重に検討すること。」

すでにお分かりのとおり、最後の一文が強烈である。繰り返すと、「従事要件を満たすことが困難であり、やむを得ず地域枠離脱となる場合には、入学時に従事要件が明示されていなかった事情を重視し、地域枠離脱に対して不同意と判断することについては慎重に検討すること。」ということであるが、これは普通に判断するならば、過去の入学時に従事要件が明示されていなかったならば、都道府県・大学はその後はいつでも常に離脱に「同意」せざるをえないかも知れないところではあろう。

3 日本専門医機構の回答

日本専門医機構は、「m3編集部からの質問で当初、『厚生労働省が挙げる離脱がやむを得ないと考えられる「1-10のいずれかの事由」に該当すると判断しても』と記載していましたが、「1-10のいずれかの事由」は「離脱事由の例」であり、「離脱がやむを得ないと考えられる事由」でないとの指摘があり、質問を変更、再度、機構に回答を求め変更しました。」とのことであった。推測の領域ではあるが、おそらく厚労省から、不正確さに関する指摘があったのであろう。日本専門医機構に対して不正確さを指摘する権限が厚労省にはあるし、指摘した内容も(きついとはいえども)間違いではないので、それを非難する理由はない。すでに述べたとおり、要は、形式的ではなく実質的に、一般的・抽象的ではなく個別的・具体的に、条理に照らして良識的に、地域枠離脱の正当性を検証し判断すればよいところである。

今後の課題は、日本専門医機構のホームページ「地域枠および従事要件のある専攻医の取扱いについて」のうち、4と5の実際の運用いかんとなるであろう。
「4.日本専門医機構は、都道府県もしくは大学から不同意のままのプログラムであるという指摘があった場合は、都道府県もしくはプログラム統括責任者と専攻医の間で解決できるよう橋渡しをする努力をする
5.プログラムが進行した後で、都道府県もしくは大学から不同意のままのプログラムであるという指摘があった場合には、日本専門医機構は専攻医が不利にならないよう改めて関係者間(都道府県、大学、基幹病院、プログラム統括責任者、専攻医当事者)による協議の場を設ける」

つまり、そこに言う「橋渡し」や「協議の場」が上手く運用できるかどうかにかかっている。場合によれば、「専攻医当事者」にしかるべき医師や弁護士が帯同したり代理したりする手立ても考えられよう。

4 残された運用課題

入学時の従事要件の明示(後出しジャンケンの禁止)、条理による正当な離脱事由の運用、協議の場の設定(専攻医当事者への医師や弁護士の帯同・代理を含む。)によって、地域枠学生・医師への人権擁護は格段に向上していくことと思われる。ただ、残された運用課題はまだ少なからず存在するが、その中で特に大きなものは、臨床研修制度との関連部分であろう。

臨床研修が無事に終了するかどうかは、医師にとっては特に重要である。ところが、この点に関連して、各種の回りくどい脅しをかけるという悪習が、まだ少し残っているらしい。その悪習の実態を把握し、改善を施させ、時には制裁を加えることも必要なように感じられる。今後の最優先課題とすべきことであろう。

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