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Vol.23230 筋注か皮下注か-日本のインフルエンザワクチン接種体制を考える-

医療ガバナンス学会 (2023年12月15日 06:00)


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北海道大学医学部
金田侑大

2023年12月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

『コロナワクチン48人に接種ミス、看護師が皮下注射と思い込む…「位置が下過ぎる」で判明』

10月末のある日のニュースの見出しにこのようなものがありました。

なんでも、滋賀県近江八幡市立総合医療センターで10月13日に実施したコロナワクチンの集団接種で、当日の接種を担当した看護師が、インフルエンザなどの予防接種と同じ皮下注射だと思い込み、事前の打ち合わせもできていなかったために、48人に「筋肉注射」すべきところを誤って「皮下注射」するミスがあったとのことです。一方で、効能に大きな違いはなく、打ち直しの必要はないとしていて、また、今のところ健康被害の報告はないとも報道されています。

これだけを読むと、実際のところ、筋注か皮下注かはややこしいけど、そんなに大きな問題なのか?とも思ってしまいそうです。しかし、添付文書に書かれていない接種方法により副反応が発生した場合、医療従事者は責任を免れることはできず、重大な問題となりえてしまうのです。

日本ではこれまでの慣習として、インフルエンザワクチンを含む多くの不活化ワクチンが皮下注で行われてきており、筋注で行われていたのはHPVワクチンなど、一部のワクチンに留まっていました。これは1970年代に発生した社会問題に起因しています。当時、小児に対する解熱剤や抗生物質の筋注が大量に行われ、多くの大腿四頭筋収縮症例が報告されました。これにより集団訴訟が起こったことで、その後医療現場では、小児への筋注が避けられるようになり、これがワクチン接種にも影響を与えました。

一方で、コロナワクチンは筋注で行われ、日本人の8割以上が2回接種、7割弱が3回接種を済ませるなど、医療従事者の中でも筋注が最近では一般的になってきました。また、コロナ禍では世界中でインフルエンザなどの感染症が減少し、特に日本では、2020年3月から2021年9月にかけて、コロナ以前と比較して99%以上も報告件数は減少していました。ソーシャルディスタンスやマスクの着用といったコロナ対策が、インフルエンザの発生件数の低下にもつながったと考えられています。

しかし、2023年9月の報告症例数は、前年と比較して166倍に増加していると報じられており、また、インフルエンザとコロナを臨床的な症状だけで区別することは非常に困難であるため、予防のためのインフルワクチン接種が一層重要になっています。

このような文脈で、冒頭のニュースは発生したものと考えられます。筋注と皮下注が混在している状況は、医療現場での混乱のもとになってしまうのです。

では、筋注と皮下注、結局のところどちらがいいのか。

アメリカのCDCやWHOは、インフルエンザを含む不活化ワクチンに対して筋肉内注射を推奨しています。実際、筋注は皮下注と比較して一貫して優れた免疫原性を示しており、局所の副反応が少なく、抗体応答が強化され、保護率や抗体価においても良好な結果があると報告されています。特に、インフルエンザワクチンに関して、亀田総合病院のグループが行った研究では、副反応の発生率は皮下注11.3%に対し、筋注では8.2%と有意に低く、痛みに関しても筋注は皮下注に比べて有意に少ないことが報告されています。

日本の抱える歴史的な経緯を考えると、現状の皮下注射を中心とする医療慣習はやむを得なかったと言えますが、このようなエビデンスに基づくと、それから半世紀以上が経過した現在も、インフルエンザワクチンの皮下注が続いている現状は見直されるべきではないでしょうか。

接種方法の見直しには、添付文書の改訂や臨床試験を実施するプロセスで必要となる時間やコストといった面で、これまでほとんどインセンティブがなかったと言えます。しかし、皮下注は時代遅れであり、免疫原性が低く副反応が多いことから、人々のワクチンに対するためらいを引き起こしているという指摘もあることから、既存の皮下注による体制を続けることは、患者にデメリットをもたらしてしまう可能性があるということを意識しなければなりません。

そして、コロナワクチンによる筋肉注射が医療従事者の間で一般的になっている現在はまさに、このような議論を一歩進めるのに最適な時期であると言えるでしょう。先日、論文も発表させていただきましたので、ぜひお読みくださいますと幸いです。

https://www.researchgate.net/publication/376407039_Intramuscular_vs_Subcutaneous_Rethinking_Influenza_Vaccination_Strategy_in_Japan

【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部5年生。筋注だろうが皮下注だろうが、注射をされること自体が大の苦手で、未だに注射を打たれるときは、壁にドラ「えもん」やアンパンマンがいないかを探しています。

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