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Vol.23231 ボストン・ウェルネス通信その1:薬で痩せるのはずるい!?

医療ガバナンス学会 (2023年12月18日 06:00)


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米国ボストン在住内科医師
大西睦子

2023年12月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「オー・オー・オー・オゼンピック・・・」、リズミカルで気分が楽しくなる曲。これは、ボストン在住の私が、テレビでよく見かける2型糖尿病治療薬「オゼンピック」のC Mソング(1)です。ちなみに賛否両論ありますが、米国とニュージーランドのみ、処方薬の消費者向け直接広告(D T C広告)が許可されています(2)。

そんなオゼンピックの減量効果が、米国では大きな話題になっています。ボストン・グローブ(2023年3月21日)(3)は「まず体重が減った。そしてオゼンピックをめぐるドラマが始まった。ハリウッドとTikTokが、オゼンピックが奇跡の減量治療薬であることを発見してから、事態は激しくなっている」と状況を描写しました。

ただしハリウッドだけではなく、医学界からもオゼンピックは大きな注目を浴びています。成人の約 42% は肥満という米社会で、オゼンピックをめぐり、どんなドラマが起きているのでしょうか?

●オゼンピックとは

オゼンピック(一般名:セマグルチド)は、ウゴービと同じく「グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬」に属し、消化管ホルモンの一つのGLP-1の作用を模倣します。GLP-1は、食後「脳に働きかけて食欲を抑える」「胃腸の動きを鈍くし食べ物の消化を遅らせる」「インスリンの分泌を促し(血糖値を下げるのに役立つ)、血糖をあげるホルモンであるグルカゴンの分泌を抑制する」など、さまざまな働きをもちます。

現在、米国では、高用量のセマグルチドを含むウゴービは、「減量薬」として米食品医薬品局(FDA)に承認されています。一方、オゼンピックは「2型糖尿病の治療薬」として承認されていますが、体重減少ももたらします。

日本でも、オゼンピックは2型糖尿病の治療薬として承認されており、先日、2024年2月22日にウゴービの発売が発表されました(4)。

オゼンピックを適応外使用、つまり 2 型糖尿病ではなく減量を目的とした場合、月に 1,000 ドルほどの費用がかかります。それでも、ボストン・グローブ(2023年10月24日更新)(5)によると、「保険会社の抵抗や、長期的な副作用を測定するには時期尚早かもしれないという懸念にもかかわらず、GLP-1と呼ばれる新しいクラスの食欲抑制剤の売上は、今年合計で180億ドルを超えることが予測されている。これは、より低価格のジェネリック医薬品を含むコレステロール治療薬の売上高80億ドルの予測をはるかに上回る」と報告しています。

●肥満は治療すべき病気

2023年11月28日のニューヨーク大学グロスマン医科大学の医師らの米医師会雑誌の報告(6)によると、肥満は、2 型糖尿病、高血圧、心血管疾患、睡眠障害、変形性関節症、早期死亡を高めます。肥満の人は、5%~10%の減量で、高血圧の収縮期血圧が約3mmHg改善し、2型糖尿病のヘモグロビンA1cが0.6%~1%低下する可能性があります。

また、2013 年に、米国医師会は肥満を慢性疾患と認めました。。

それでも多くの人が、肥満を病気として認識せずに、「自分の責任」と感じています。ニューヨーク・タイムズ(2023年1月19日)(7)に、ジャーナリストのルル・ガルシア・ナバロさんは、ハーバード大学医学部教授でマサチューセッツ総合病院肥満医学の専門家ファティマ・コディ・スタンフォード博士にインタビューをしています。

ガルシア・ナバロさんは、思春期から肥満に悩み、あらゆる減量法を試したといいます。そして、「体の大きな人なら誰でも言うように、太っていることに多くの恥と罪悪感があります。 ほとんどの人はそれを意志力やモチベーションの問題だと考えていますが、私もそうでした」「セマグルチドを利用してから、75ポンド(約34キロ)減量し、人生が変わりました。 私の食べ物との関係は完全に変ったのです」「ただし、これらの薬が普及するにつれ、誰が利用すべきかについて激しい文化的論争が起こっています」「また、減量のためにオゼンピックを服用している人々が非難されています」と語ります。

コディ・スタンフォード博士は「残念なことに、私たちは肥満が病気であることを認識していないため、肥満の人は自分で引き起こしたのだという思い込みをもっています。しかし、それは誤りです」「私たちは高血圧患者の治療に決して躊躇しません。 私たちは、糖尿病や高コレステロールの患者の治療に決して躊躇しません。 ところが肥満に関して言えば、治療法を持ち出すと、突然、これは悪いことだと言い出すのです。なぜ他の病気にとって悪いことではなかったのでしょうか? ここに私たちの偏見があるのです」と説明します。

●肥満治療薬の「恥辱」という副作用

さらに、ニューヨーク・タイムズ(2023年6月14日)(8)に、14 歳で最初のダイエットに取り組んだアイリーン・イソタロさん(66 歳)は、「その後、次から次へとダイエットを試した」「食べたい衝動に駆られる」「食べ物が欲しくなるのは、まるでパニックのような感じです」「精神的な恥ずかしさは深刻でした」と語ります。イソタロさんは、ミシガン大学の体重管理クリニックに相談し、ウゴービ を処方された後、50 ポンド(約23キロ)減量しました。

ただし、クリニックの他の患者たちと同じように、イソタロさんも、体重を減らして維持する意志力を見つけるよりも、肥満治療のために注射を受けたことで他人から批判されるのではないかという恐怖といまだに闘っています。それでも、この薬は「私の人生を変えた」と言います。

同クリニックには、イソタロさんのようにウゴービの使用を認めたがらない人もいますが、それはウゴービを利用している人は「ズルをしていると思われる」という信念からきています。

さて、これほど画期的な薬ですが、多くの人が1年以内にセマグルチドの使用をやめてしまいます。

●セマグルチド、1年後の処方継続は40%

クリーブランド・クリニックの研究者らは、さまざまな抗肥満薬の「3カ月、6カ月、12カ月の時点での継続状況」「12 カ月間治療を継続している要因」を調査し、2023 年 12 月 6 日の医学誌「肥満ジャーナル」(9)に報告しました。

対象は、2015年から2022年の間にFDA承認の抗肥満薬を初回投与された、体格指数(BMI)が30以上の成人計1,911人です。

追跡期間の中央値は 2.4 年で、全体の投薬継続率は3ヵ月時点の 44% から 6ヵ月時点では 33% に低下し、12ヵ月の時点ではわずか 19% に減少しました。セマグルチドの継続率は最も高く、3ヵ月 63%、6ヵ月 56%、12カ月で40%でした。ちなみに、ナルトレキソン・ブプロピオンなどの古い世代の抗肥満薬の処方を受けた参加者では、1年経っても処方箋を受け取り続けた人はわずか10%でした。

6ヵ月時点の体重減少が大きい人ほど、1年後に治療を継続する可能性が高く、6ヵ月時点の体重減少が1%増加すると、1年後でも継続する確率が6%増加しました。1年後に治療を継続した患者は、12ヵ月後の体重減少が平均10%でしたが、継続しなかった患者はわずか2%でした。

つまり、減量効果がなければ治療をやめてしまう。また、この調査の参加者のほとんど(84%)は民間保険に加入していますが、減量薬の服薬アドヒアランスは保険会社によって大きく異なっていました。民間保険では、適用範囲は保険会社によって異なり、適用される場合でも厳しい事前承認基準の対象となります。

ただし、他の慢性疾患管理と同様に、セマグルチドの治療を中止すると、体重が戻り、健康上の恩恵が減ることが研究で示されています。それに、セマグルチドの健康上の利点は減量だけではありません。

●減量薬に対する考え方の変化

2023年12月14日のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)の報告(10)によると、大規模な多施設共同の国際臨床試験の結果、『肥満または過体重であるが糖尿病ではない人』が、セマグルチドの治療を3年以上受けると、心臓発作、脳卒中、または心血管疾患による死亡のリスクが、プラセボ群の参加者に比べて20%低下しました。また参加者は、セマグルチドにより平均 9.4% 体重が減りました。

この調査は、2018年10月から2023年6月まで、過体重または肥満で、過去に心臓発作、脳卒中、末梢動脈疾患を患っているが、1型糖尿病や2型糖尿病のいずれにも罹患していない45歳以上の患者が対象です。 41カ国の1万7000人以上の患者が登録され、セマグルチド2.4mgまたはプラセボを週1回注射する群に無作為に割り当てられた後、平均40カ月間追跡調査されました。

ちなみに、この試験は1型または2型糖尿病のない成人を対象としたセマグルチドの最大かつ最長(4.5年間)の試験です。その結果は、大きな反響を呼び起こしています。

論文の結果が、フィラデルフィアで開催された米心臓協会の学会で発表された日、ニューヨーク・タイムズ(11)に、ウゴービとオゼンピックを製造し、この研究に資金提供したノボ ノルディスク社は、「すでにFDAおよび欧州連合(EU)の規制当局に、ウゴービが、特定の患者の心血管イベントのリスクを減らすことを含む表示に更新するための書類を提出した」そうです。

また、ワシントン大学医学助教授スコット・ヘーガン博士は「この新しい知見によって、より多くの保険会社がウゴービをカバーするように圧力がかかり、メディケアもカバーするようになる可能性がある」といいます。

さらにノースウェスタン・メディシンの医療経済学者リンゼイ・アレン博士は、「この研究はもう一つの重要な結果をもたらす可能性があります。それは、医療現場と一般大衆に、ウゴービとオゼンピックを単なる虚栄心の薬としてではなく、慢性疾患の治療法として捉えるよう促すことです」「明らかに、これらの減量薬に対する考え方の変化を示しています」と語ります。

ところで、病気の治療としてではなく、痩せている女性がさらに痩せるためにオゼンピックを希望する問題があります。これは、健康上とても危険で、さらに老け顔の原因になります。

●オゼンピックは、脂肪だけでなく筋肉も減らす

減量は健康上のメリットをもたらしますが、急激に体重を減らすと筋肉量が減り、サルコペニアになる可能性があります。

スタンフォード大学医学部「SCOPE」(2023 年 6 月 5 日)(12)に、肥満医学の専門家で、同大学精神医学・行動科学臨床助教授のシェバニ・セティ医師は、次のように注意します。

「理想的には、減量のほとんどが体脂肪量だけであることが望ましいのですが、減量治療では、除脂肪体重の筋肉が減るのが一般的です」「臨床試験の部分分析では、セマグルチドで失われた体重の 39% も除脂肪体重であり、他のほとんどの減量技術と比ベて、除脂肪体重の損失の割合がはるかに高かった」

「そこで、これらの治療を始めるときは、レジスタンス・トレーニング・プログラムをお勧めします。薬をやめると、元に戻る体重は筋肉ではなく脂肪になります。筋肉量が減少して脂肪組織が増えるサルコペニア性肥満のリスクが高まります。つまり、筋肉量、筋力、機能が低下するわけで、高齢者では特に心配なことです」

また、ワイル・コーネル医科大学臨床医学准教授レカ・クマール博士は、米健康情報プロバイダー「ヘルスライン」(2023 年 5 月 2 日)(13)に、「サルコペニアは高齢者に影響を及ぼし、通常は老化と関連しています。 しかし、適切な食事や運動をせずに、オゼンピックやウゴービなどのGLP-1を使って急激に体重を減らすと、どの年齢でもサルコペニアを引き起こす可能性があり、スタミナや日常生活の能力(階段を上がるなど)が低下し、生活の質に悪影響を及ぼします」「体重が低いことが必ずしも健康であることを意味するわけではないことに注意することが重要です。ある程度の減量が達成され、ある一定のレベルに達したら、体組成を評価することが重要です」と警告します。
●Ozempic face:オゼンピック顔で老ける

また、2023年12月号の医学誌「顔面形成外科」(14)に、カンザス大学医学部耳鼻咽喉科頭頸部外科クリントン・D・ハンフリー医師らが、次のような報告をしています。

「オゼンピックによる急激な体重減少と脂肪の減少は、顔のボリュームと脂肪が減少し、皮膚のしわやたるみが生じて、特徴的な『オゼンピック顔』を引き起こす可能性があります。 オゼンピックを処方する医療従事者は、顔への影響の可能性について患者にカウンセリングすることはほとんどありません」

「その結果、形成外科界は、急激な体重減少に伴う顔の変化を管理するという課題に直面しています。 皮膚充填剤、皮膚引き締め技術、および外科的介入は、顔のボリュームの回復と余分な皮膚の管理の両方に役立ちます。 胃内容排出の遅延などの胃腸の副作用のため、全身麻酔の前にオゼンピックの中止を検討する必要があります。 オゼンピックの人気が高まるにつれて、顔面形成外科医は顔の外観への影響と周術期の考慮事項の両方を認識する必要があります」

以上、オゼンピックなどセマグルチドに関する、最近の米国の状況です。これらの治療薬は、慢性疾患に患う人の健康寿命を延ばすために画期的な治療薬ですが、個々の適応については、専門の医師にしっかり相談しましょう。また、これらの治療をはじめても、身体活動とバランスの良い食生活は忘れずに!最後に、痩せている人が、さらに痩せたくてオゼンピックの処方を希望するのは本末転倒。これをきっかけに、健康とは何か、見直してみませんか。
(1)https://www.youtube.com/watch?v=3ac8OgBJJ_U
(2)https://healthpolicy.usc.edu/article/should-the-government-restrict-direct-to-consumer-prescription-drug-advertising-six-takeaways-from-research-on-the-effects-of-prescription-drug-advertising/
(3)https://www.bostonglobe.com/2023/03/21/metro/ozempic-weight-loss-tiktok/?p1=Article_Inline_Related_Box
(4)https://jp.reuters.com/markets/global-markets/GPU5CW23E5NM3MUQ5HPN3PHY7A-2023-11-23/
(5)https://www.bostonglobe.com/2023/10/24/business/ozempic-wegovy-obesity-drugs-massachusetts-biotechs/?p1=BGSearch_Advanced_Results
(6)https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2812316
(7)https://www.nytimes.com/2023/01/19/opinion/obesity-disease-weight-loss.html?
(8)https://www.nytimes.com/2023/06/14/health/obesity-drugs-wegovy-ozempic.html?searchResultPosition=2
(9)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oby.23952
https://newsroom.clevelandclinic.org/2023/12/06/cleveland-clinic-study-identifies-factors-associated-with-long-term-use-of-fda-approved-anti-obesity-medications/
(10)https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2307563
(11)https://www.nytimes.com/2023/11/11/well/live/ozempic-wegovy-heart-disease-obesity.html
(12)https://scopeblog.stanford.edu/2023/06/05/whats-the-deali-o-part-2-navigating-new-weight-loss-drugs/
(13)https://www.healthline.com/health-news/ozempic-muscle-mass-loss
(14)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37541662/

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