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Vol.23233 水産学生から見た「現場シンポ」

医療ガバナンス学会 (2023年12月20日 06:00)


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東京海洋大学 海洋生命科学部
安永和矩

2023年12月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、水産系の大学に通う学生である。今回はそんな、医療に無知な水産系学生が「現場からの医療改革推進協議会(現場シンポ)」に参加して感じた「医療と水産業の関連性」についてお話しさせて頂きたい。

私は、今回のシンポジウムで、医学部生や医療界に対する見方が大きく変わった。私は本来、医学関連の志望者や医療業界とは接点のない存在であった。医学部に関しては、単なる「医者になれる場所」というイメージしか持っていなかった。しかし、今回のシンポジウムで、宇宙医療や、国際医療などの様々なところに関心のある医学部生の発表を聞くうちに、医学部に入るというのは、スタートラインで、そこから、各々の関心や課題意識に応じて、相当な努力をされていることが分かった。
また、医者というものに対しても、「医者」という大きな一括りで見てしまっていたのだが、そこには町の診療所から、革新的な医療の実現を目指した研究を行う機関まで幅広いものがあるがあった。
そして、各々が立場に応じて、課題の解決と挑戦が多くあった。

今回の参加していた医療関係者の方々は、医療というものをよりよい医療を提供しようとする姿勢が強くあり、この方々によって、医療業界が支えられているのだと感じた。
このように、私は、これまで医療というものに対して、全くの無知であった。そんな私は、水産学生の立場で参加して、「医療」と「水産」の共通点と、相違点について考えてみよと思う。

まずは共通点から述べたい。
それは、両者共に現場と密接した形であるべきだということだ。地域医療は、患者さんを診ながらの活動だ。その中で地域特有の課題と向き合いながら試行錯誤が繰り返されている。福島での仮設住宅往診や訪問診療など、その典型だ。
水産業においても同じ事が言える。地元の漁業者というのは長年の知恵から地元に特化した漁法や漁獲量の管理方法を開発している。同じ養殖業といっても、水温や潮流、地理的構造から、各地域で生産魚種が変化するものである。例えば、三重県の南伊勢では、入り組んだリアス海岸の入り江で真鯛の養殖が行われている。漁業者さんの話しによると、この地域では入り組んでいることによって、水の入れ替えが少なく、ブリのような餌を多く必要とする魚種を飼育した場合、赤潮が発生しやすくなるとそうだ。試行錯誤の結果、現在の真鯛の養殖に行き着いたそうだ。

このように、医療も水産業も、現場と密接した形での取り組みが重要である。これまで、国の政策というのは、一律に適用されることが多く、各地域の現状と乖離したものである場合が多い印象がある。現場が求める声にマッチした政策が実行できるように、聞き込みを行うとともに、現場からの情報発信というのも重要であると考える。

2つ目の共通点として、地方の現場での医師不足、漁業者不足が挙げられる。【session07】の「域医療のサバイバル戦略」において、いわき市や、南相馬市での医師不足の問題が紹介されていた。この問題の解決策として、医師に優しい環境作りというものに取り組まれていた。具体的には、地方と都市を循環的に担当するような柔軟性のある働き方や、DXを用いた業務の効率化、ICTを用いた医師の業務の支援などの取り組みがなされていた。
水産業においても同様の課題を抱えており、漁業就業者数というのは年々減少している。そこで漁業においても、働き方改革というものが重要である。近年、養殖の現場では、養殖の作業の半分近くを占めている餌やりというものが、AIによって自働化することで、省力化・無人化というものが可能となっている。また、一般的な漁においても「完全受注漁」という、インターネットで注文を受けた分だけを漁獲するという漁の在り方も始まっており、漁の時間の短縮などが行われている。
このように医療も漁業も各現場が抱える課題に向き合いながら、新しい働き方が模索されている。人材確保や育成、地域の魅力や働きやすさの向上を行うとともに、若者や新規参入者が業界に興味を持ちやすい環境づくりがこれから進んで行くと考えられる。

相違点としては、技術革新の進捗度合いの差というものが挙げられると思う。特に、医療系のICT関連の取り組みは、水産業と比較して圧倒的に進んでいる。医学部生の方に聞いたところ、患者さんが目の前にいなくとも、遠隔で手術が可能であるそうだ。また、AI診断、医療系のアプリ開発など様々な取り組みが行われている。
一方で、水産業でもAIによる養殖の自動管理や、漁師の勘のデータ化などの開発は行われているものの実用化している事例はさほど多くなく、現在開発段階と行った形のものが多い。
この理由の一つとして、医療関係者と比較して、水産系の人材がデジタル系に対して、弱いことが考えられる。私も含めて、周りの学生の多くは、生物が好きで、数学や、プログラミングなどに対して、苦手意識が強い傾向にある。また、実際の就業者を見たときにも、水産系の就業者の方が医療業界と比較して、若い世代の人数が少なく、このようなデジタル機器に対する疎さが導入の際の、障壁となっている可能性もある。
さらに、この要因として、採算性と市場規模の大きさも上げられると思う。XENOBRAINの市場規模予測によると、医療・福祉分野の市場規模は21兆9,379億円、農林水産業の市場規模は、3兆4,378億円と、約7倍の規模である。これだけの差があるため、開発力にも差が出る事に加え、導入コストに対して、採算が見合うかどうかという懸念点もある。これらが原因で大きく差ができているのではないかと考える

さらにもう一点、医療と水産業の違いとして、資格の有無が挙げられる。医者になるためには、国家資格が必要であるために、医療業界に参入することに対する障壁が大きい。一方で、水産業界に参入する際には資格は必要ない。特に、陸上の生け簀で行われる陸上養殖は、漁業権等も必要ない。そのため、他業種からの参入が容易であるという点が医療業界と比較した強みとして考えられる。これを生かすことで、例えば工学系の大学との連携によって、水産業界のIT人材の不足という課題を補うことも可能となるだろう。実際に、最近では、国内最古参の養殖場で養殖技術のノウハウをもった林養魚場と、異業種で高いデジタル技術をもったNECが合併で、サーモンの陸上養殖を行っており、すでに販売も始まっている。他にも、情報通信系のKDDIによるAI鯖や、ソフトバンクによる真鯛養殖のスマート化など、様々なIT系の企業との連携というもの重要性が今後高まっていくだろう。

医療と水産業、これまでに全く異なる領域と思っていた2つの分野だが、実は密接に関わり合っていることが明らかになった。例えば、今回のシンポジウムで興味を持った相馬中央病院の原田文植先生のアニサキス問題の研究はその一例である。先生は医療の現場で活躍しながらアニサキスに関する臨床研究を行っている。医学的な側面から、近年の地球温暖化によるアニサキスの増加の問題解決を目指されているが、私のような水産系の学生は、生物学の観点から地球温暖化とアニサキスの関連性を捉えることができるのではないだろうか。
これ以外にも水産業と医療分野が連携することで、患者の治癒に水産系健康食品が貢献したり、海洋天然物からの新薬開発が進んだりするなど、解決可能な問題が多く存在することに気づくことができた。普段の生活では係わることのできない医療関係者と交流することができた今回のシンポジウムは、私にとって新たな視点を開く機会であり、異なる分野が持つ関連性に気付くきっかけとなった。また、専門分野だけに注力するのではなく、異業種の人と交流することで、異業種との共創の可能性を模索することが可能になるのではないかという捉え方も身についた。

 

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