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Vol.24001 2024年新年によせて

医療ガバナンス学会 (2024年1月1日 09:00)


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医療ガバナンス研究所
上昌広

2024年1月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

明けましておめでとうございます。新しい年を迎え、いかがお過ごしでしょうか。
2004年1月に始まったMRICは、今年で21年目を迎えます。ここまで続けることができたのは、皆様のお陰です。この場を借り、感謝申し上げます。

さて、2024年の日本の医療はどうなるでしょうか。私が注目するのは、4月から導入される医師の働き方改革です。医師不足の地域で働く医師などの例外は存在しますが、医師の年間の残業時間が960時間以下、月100時間未満に制限されます。厚労省の通知によれば、労働時間にはアルバイトも加味されます。
医師の総労働時間は減るのですから、医師不足は悪化するでしょう。大学病院からのアルバイト医師の派遣に頼っていた地域医療は大きなダメージを受けるかもしれません。
勿論、このような措置は必要です。昨年は過剰労働が原因となって、若き医師が自殺しました。現状維持でいいわけがありません。どうすればいいでしょう。

私は、医師という仕事の在り方を見直すべきと考えています。医師は弁護士や聖職者と並ぶ古典的プロフェッショナルです。報酬と引き換えに、自らのスキルを顧客のために使います。患者とは情報の非対称が存在するため、自己規律が重視されます。医師の場合、それがヒポクラテスの誓いです。
古典的プロフェッショナルの組織形態はパートナー制です。若いうちは、師匠の指導を仰ぎ、厳しい修行を経験します。一人前になり、自分で顧客を集めることができるようになると独立します。
マッキンゼー・アンド・カンパニーの中興の祖と言われるマービン・バウアーが、コンサルタントを「古典的プロフェッショナル」とみなし、同社の組織を作り上げたことは有名です。
日本の医療界では、大学医局が、このような役割を果たしました。
日本の大学医局の特異性は二つです。一つは「古典的プロフェッショナル」として、患者の利益を最優先するのでなく、医学の発展を目指すことです。多くの大学、特に国立大学では、臨床教室ですら、教授になるためには、診療や管理能力・指導力よりも研究実績が重視されます。患者の診療や学生の教育より医学の進歩に貢献することが重要という訳です。
これは、日本の高等教育が幕末の藩校に始まり、国家有為な人材を育成するため、明治政府が大学を設置した経緯が影響しているのでしょう。国民の健康より、国家の体制整備でした。

この状況は、東京大学で法学を学んだ学生が、市民の権利を守るために法律家として生きるよりも、国家を発展させるために官僚になろうとするのと似ています。
欧米では、古典的なプロフェッショナル育成システムが、中世以降に大学へと移行しました。そして、現在の大学も、その延長線上にあります。米ハーバード大学などでは、一般教養を学んだあとに、メディカル・スクールやロー・スクールなどプロフェッショナル・スクールで学ぶなど、その名残です。ビジネス・スクールも、このような流れで生まれました。大学では、プロフェッショナルとしての心構えや生き方を学びます。このあたり、日本の大学とは違います。
私は、このような基本的な姿勢の違いが、日本の医学部や法学部の生産性を損ねていると考えています。患者や国民の為になることは世界共通で、グローバルに議論できます。そして、その結果を『ネイチャー』や『ランセット』などの国際誌が掲載します。

一方、日本の国家体制の問題に、世界の人々はあまり関心を持ちません。コロナ対策で、政府や日本のメディアは、「日本型モデルの成功」と自画自賛しましたが、世界からは相手にされませんでした。日本の大学の論文数が少ないのは、このような基本的な姿勢に負うところが大きいと考えています。
もう一つの違いが、大学病院という巨大な現業を抱えていることです。大学病院は医師育成に必須ではありません。教育病院と契約すればいいのです。現にハーバード大学は附属病院を有していません。
私が懸念するのは、昨今の我が国では、大学病院の生産性が低く、その存在が若手の成長の機会を奪っていることです。

東京大学医学部附属病院の場合、令和3年度の附属病院収益は537億円です。一方、短時間有期雇用職員を含み1,689人(歯科医、研修医を含む)が働いています。一人あたりの売上は3,179万円になります。日本の医師数は約34万人で、総医療費は約43兆円ですから、医師一人あたりの「売上」は平均して約1億3000万円です。東大病院の医師の売上は、その4分の1です。
これでは病院経営はやっていけません。赤字を補助金や研究費などの形で国民が負担してきましたが、昨今の財政事情を考えれば、いつまでも続けられません。大学病院の研究は大切だから、政府はもっと税金を投入すべきだと要求しても、持続不可能なのです。

では、どのように対応しているのでしょうか。その一つが人件費の抑制です。後期研修医制度は、その象徴です。東大病院の場合、1年次の後期研修医(専攻研修医)の時給 1,807円で、1 週間の勤務が 31 時間内の非常勤雇用です。
後期研修医は、20代後半から30代前半で、医師として最も働ける時期です。市中病院に勤務すれば、多くの患者を診療し、それなりの報酬を受け取ります。常勤なら年収は1000万円以上、非常勤で時給は1万円以上でしょう。このような働き方が増えれば、医師偏在の問題はかなり改善されるでしょう。
ところが、それは期待できそうにありません。なぜなら、我が国の後期研修制度は、厚労省が後押しする形で、一般社団法人日本専門医機構が仕切り、実質的に若手医師に対して義務化されているからです。日本専門医機構は、日本内科学会や外科学会の連合体で、このような学会の理事の多くは大学教授が務めます。このようなことを知れば、我が国の後期研修医制度は、国家と大学が一体となって、若手医師を搾取しているという見方も可能です。ちなみに、昨年、自殺した医師は後期研修医でした。

長年にわたり我が国の医療を支えてきたのは大学医局です。なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。それは国民が高齢化し、大学病院が得意とする高度医療から、プライマリケアや終末期医療、さらに在宅医療にニーズが移っていること、および医療界も選択と集中が加速し、総合病院の形態をとらざるを得ない大学病院が、がんや心臓の専門病院に太刀打ちできなくなっているからです。
明治以来の大学医局を中心とした日本の医療体制は立ちゆかなくなっています。若手医師にブラック労働を強いている現状では、人材は育ちません。ツケを払わされるのは次世代の国民です。時代に合わなくなった大学医局の体制はスクラップ・アンド・ビルドし、新たな体制を構築しなければなりません。そのためには試行錯誤が必要です。
我々は国民視点に立った科学的で合理的な議論を積み重ねなければなりません。私は、このような議論をするプラットフォームとして、MRICがお役に立てればと願っています。「ここが問題だ」「こうすればよくなる」という現場からの御寄稿をお待ちしています。

本年も宜しくお願い申し上げます。

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