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Vol.23238 論文は剣より強し?

医療ガバナンス学会 (2023年12月29日 06:00)


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福島県立医科大学
山村桃花

2023年12月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は福島県立医科大学に通う医学部 1 年生だ。浪人を一年間経験し、今年から大学生活をスタートしたが、入学から半年以上経ったいまでも大学というものに胸を高鳴らせて日々を過ごす、ごく普通の 1 年生である。部活はテニス部とハンドボール部に所属し、週の半分を運動に捧げながら、坪倉正治教授のもとで MD-PhD 学生として研究にも携わらせていただいている。

「大学に入ったら絶対研究室に入って論文を書けるだけ書きたい!」これは高校時代から考えていたことだった。というのも、私の将来の夢はアメリカで外科医になることで、そのために必要な自分の強みを作りたいと考えていたからだ。日本人としてアメリカ人と対等に戦っていくには、それなりの武器が必要なのである。

そもそも、アメリカで医師になるための制度は日本とかなり異なる。日本では高校卒業後にすぐ医学科に進学してそこで 6 年間学び、国家試験を通って医師になる。卒業に GPA の縛りはないし、卒論を書く必要もない。対してアメリカは、医学部という学部は大学に存在しない。まずは一般の大学、学部に入り、4 年間みっちり専門的に学びながら基準以上のGPA を取り、卒論を書いて卒業する。メディカルスクールに入るためには、生物系の科目を最低限履修するなどの条件はあるが、文系理系という縛りはなく、文学部卒業でも医師になるチャンスがある。そして学部生時代の GPA のスコアとテストの結果で入学が決まる、4 年制のメディカルスクールに進学し、国家試験を通って医師になるのだ。

日米の圧倒的な違いは、どれだけ医学以外のことを学ぶかということである。日本の医学部では一般教養といっても、低学年のみ週に数回授業を取るくらいで、医学以外の何かを真剣に、専門的に学ぶ機会はそう多くない。まして弊学のような単科大学は医学部以外の学部がないため、それがより顕著になりやすい。日本では18歳というかなり早い段階で医師になることを決断し、あとはただひたすら 6 年間職業訓練を受け続けるのだ。

英語も流暢でない、医学以外の知識も乏しい、そんな人間がどうアメリカに行って対等に戦うか。やはりその一つが論文なのである。The 2020 NRMP Charting Outcomes in the Match によると、マッチングにおいて希望の診療科にマッチした学生はマッチしなかった学生よりも多くの論文を持っていて、米国トップクラスのプログラムにマッチした学生は平均して 23.4 本の論文を持っていたそうだ。驚異的な数字ではあるが、実現困難な数字ではない。北海道大学の金田さんのように、年間50本出しているような方もいらっしゃるし、ありがたいことに指導していただける環境も身の回りに整っている。

そんな経緯で入学早々に研究室を訪ね、論文書きたいです!!!!!!!と言いに行った私を暖かく迎えてくださったのが他でもない坪倉正治教授なのである。研究室に入ってから約二ヶ月は新しい環境に慣れるため、講座の手伝いをしてエクセルやワードの基本的な使い方を学び、夏頃に 1 本目のテーマをいただき瀧田先生のご指導のもと現在執筆に励んでいる最中である。「論文はどこまでがわかっていて、どこからがわからないかを言語化する作業だ」というのを繰り返し教えていただき、わからないところを言語化する訓練を積んでいる。そして 10 月ごろから2本目のテーマをいただき、ケースレポートを澤野先生のご指導のもと書いている。

そんな日々を過ごしながら、参加した 11 月のシンポジウムで私にブレイクスルーが訪れた。それは先生方や学生の皆さんとの出会いだ。まず私にとって衝撃的だったのは何を隠そう、年間50本以上の論文を出している北海道大学の金田さんである。衝撃であったし、どうしたら自分が同じようになれるかをシンポジウムの後で必死に考えた。そこで得た気づきの一つ目が、「テーマを自分で見つけることの重要性」であった。それまでの私は、医学部生の間にテーマを自分で見つけて一人で書くなんて、雲の上の話だと思っていた。雲の上の話を日常で考えないのと同じように、私も自分でテーマを見つけようと考えることはほぼなかった。さらに重要性に気付いたのちも、具体的にどうやってテーマを見つければいいのかさっぱりわからなかった。医学的知識も経験も浅い、浅すぎる自分が、論文を書けるほどの何かを見つけられる想像ができなかった。

それに対して突破口をくださったのが秤谷先生である。ドイツからオンラインでシンポジウムに参加されていた秤谷先生と、シンポジウムから一週間後にズームでお話しする機会をいただいた。その中で、テーマについて質問させていただくと、次のような答えが返ってきた。

「自分が問題だと思うことを探すんです。」それまで自分が抱いていた論文に愛するイメージを根本から変える一言だった。何か特別なデータがなければ書けない、そう思っていたがそれは全く逆であったのだ。問題ならそらじゅうにあるし、日々Twitter X…)でつぶやいているような事が、自分の関心のあるものが、テーマになると気付いた瞬間だった。もちろん論文にはいろんな形式があって、前述したことが全てというわけではない。しかし、この気づきは私の中の論文に対する高い高いハードルを下げてくれるものであった。

ここでやっとタイトルの回収ができる。二つの気づきを得た私が最後の気づきを得るまではそう長くはかからなかった。それは、タイトルにもある通り「ペンは剣より強し、ならぬ論文は剣より強し」である。自分が関心のある問題やサポートしたい誰かをサポートする一つの手段が論文であり、医師免許を持たない自分が誰かの役に立てる一つの手段だということに気づくことができた。

現在私はこの気づきをもとに、坪倉先生をはじめとする多くの方々のサポートをいただきながら自分が研究したいものを見つけて事前調査に励んでいる。詳しい内容はまたいつかお話しさせていただければと思うが、日々ワクワクしながら研究をしている。右も左もわらなかった、今も模索中の自分であるが、ここまで 1 年間で育ててくださった坪倉先生、そして素晴らしい出会いのきっかけとなったシンポジウムに参加させてくださった上先生、気づきを得る手助けをしてくださった秤谷先生をはじめとする皆様には感謝の気持ちでいっぱいだ。今の研究を形にして、自分にできる方法でこれからも頑張りたい。

 

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