最新記事一覧

Vol.11 治験に参加できない患者こそ、新薬が使いたい

医療ガバナンス学会 (2011年1月17日 06:00)


■ 関連タグ

新薬を使わせたい、と思う
墨東病院 内科医長
濱木珠恵
2011年1月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

なぜ、新薬が使えたらよいと思うか。一言で言えば、選択肢が増えるからだ。

私の専門分野は血液内科である。主に、白血病や悪性リンパ腫の治療にあたっている。年齢階級別がん罹患率をみると、一部のがんをのぞき、そのほとんどが 中高年以上である。この年齢になると何らかの持病(糖尿病や高血圧、心臓病など)を持っている方が多く、がん以外の大病を患った方も決して少なくない。そ のような場合には、身体の状況に応じて、薬の投与量を減らしたり、投与の順序を変えたりという微調整をしなければならない。状況に応じた治療選択肢を提示 するのが、臨床の現場で働くときの醍醐味かもしれない。

必要とされている医療を、それが必要である人に届けること。これは、私の中で、肝に銘じておかねばと思っていることだ。少し古い話になることをご容赦いただきたい。

● 使えなかったリツキサン

1999年、私は血液内科レジデントとして専門研修を始めたばかりだった。その頃に悪性リンパ腫の40代後半の男性、Wさんを担当した。職業は教師で、 10代のお子さんが2人いた。がっしりした体格で基礎体力もあったと思うが、Wさんのリンパ腫は悪性度が高く、抗がん剤は効かなかった。全身のリンパ節の 腫れがひかず、さらには胸に水が貯まるようになった。息苦しさを少しでもとるために、背中から針をさして胸水を抜き取っていたとき、Wさんが聞いてきた。

「アメリカで開発されたっていう新薬は使えないのかな。いつ使えるようになるんだろう」

リツキサンのことだった。現在では標準薬として当たり前のように使われるが、当時は、まだ国内で販売されていなかった。どう答えてよいのか分からず、私 は指導医に尋ねた。日本では、1996年6月から臨床第Ⅰ相試験、1997年7月から臨床第II相試験が開始されていたが、Wさんを臨床試験に登録するこ とは無理であった。

指導医に「臨床試験は終わったみたいだし、仮にまだ続いていたとしてもWさんの全身状態では登録は無理だよ。承認されるまで待つしかない。」といわれ、私は馬鹿正直にそのままWさんに伝えた。ひどく落胆したWさんの表情は今でも忘れられない。

その後、Wさんの病状はさらに進行した。当初は自家末梢血幹細胞移植を予定していたが、効果は期待できず、むしろ治療関連合併症のリスクが高いと判断した。移植の中止とターミナルケアへの移行を提案したが、彼は移植に挑戦することにこだわった。

「病状が悪いのは納得している。同じ死ぬのであれば、最期まであきらめずに闘ったという父の生き様を、子どもたちに見せたい」

医師が治療選択肢を提示するとき、患者側の視点では、人生の目的や限られた時間の使い方という、いわば人生の選択肢を見つめなおす機会でもあるのだと感じた。私たちはその気持ちを汲んで自家移植を行い、自家移植のまさに当日、Wさんは壮絶な闘病生活を終えた。
現在ほどは緩和ケアや在宅医療が一般に浸透していなかった時代の話である。今なら私は無理に移植を進めるのではなく、違う選択肢を選んだだろう。もしも リツキサンを使えていたらWさんは生き延びたのであろうか。病状は持ち直したのであろうか。それとも治療抵抗性の病気はあくまで進行していっただろうか。 リツキサンを使っていたら、限られた時間でWさんは何を残そうとしただろうか。叶わぬことではあるが、尋ねてみたい気がする。

翌年、私は別の病院で血液内科の研修を続けた。そこでは、治療抵抗性の悪性リンパ腫の治療に、個人輸入したリツキサンが組み込まれていた。
治療を受けていた患者さんには、リンパ腫のために、熱が高くてベッドから動けなかったり、肝機能や腎機能が悪かったりと、もし同時期に臨床試験が行われ ていても絶対に組み込まれない人たちも多かった。大半の方が元気になって退院していった。もちろん全員がよい結果を得られたわけではなく再発された方達も いるが、幸いなことにリツキサンは大きな副作用を起こすことなく治療できる薬剤だったので、一時的にでも病状が安定し、これから先のことを考えるための時 間を作ることができたと思う。

多くの患者さんが元気になったという喜びの一方で、個人輸入によって、(海外の問屋への発注、支払い、申請書類の作成など、煩雑な手続きも必要ではあっ たが)いとも簡単にリツキサンを使えるということに、私は愕然としていた。Wさんに、治療選択肢を与えられなかった自分は、なんだったのだろう。臨床試験 に入れないから、なんて、ただの欺瞞だ。なぜこんな便利な薬剤を、本当に必要なときに使うことができなかったのだろう。

私は、今ここで、個人輸入や混合診療、承認審査の期間について議論する気はない。ただ、薬があって、それを必要としている人がいて、かつそれが効くだろ うと期待できるときに、自分がそれを分かっているのにも関わらず、その選択肢を提示できない。これほど歯がゆいことはない。それを痛感した苦い思い出だ。
2001年6月、リツキサンは国内で承認された。2010年5月現在、日本を含めて全世界122カ国で承認され、使用した患者は230万人にのぼる。

● 治療選択肢を増やすということは

私は、「新薬さえ使えばなんとかなる」とは思っていない。身体的条件を理由に治療選択肢を狭めないように心がけているつもりではあるが、一方で、「本当 にそれが必要で、適切な医療なのか、本人のためになるのか」ということも考えなければならないと思っている。新しい薬や様々な治療法の組み合わせによって も、治せない病気、治せない身体はたくさんある。やみくもに『できる治療をすべて行う』のが、正しいとは限らない。

いつも冗談ばかり言っていた67歳のSさんは、10年前に悪性リンパ腫を発症した。当初は悪性度の低い(攻撃性の弱い)タイプのリンパ腫であったが、何 年か経って再発、寛解を繰り返すようになった。2年ほど前から、悪性度の高いタイプのリンパ腫に性質が変化し、病状が落ち着くことはなくなった。常に体の どこかでリンパ節が腫れているような状態だった。
悪性リンパ腫でよく使われるCHOP療法では手に負えず、サルベージ療法と呼ばれる強い抗がん剤治療を繰り返した。度重なる抗がん剤治療のために、自家 移植に必要な数の造血幹細胞をSさん自身の体から取り出すことはできなかった。バンクドナーからの骨髄移植も考えたが、高齢で合併症のリスクが高いことか ら、結局、治療選択肢から外さざるを得なかった。
1年ほど前には、本人が希望して、あるクリニックでの細胞免疫療法を自費で受けた。私自身は正しい方法論で検証されていない、この手の自由診療を信じて いない。しかしながら、Sさんとご家族の藁でもすがりたいと思う気持ちも分かったし、幸い金銭的には余裕があったようなので、こちらの治療に差し障りがな い範囲でという条件で行ってもらった。結局、その治療で進行を止められるはずもなかった。

そんな状態でも、Sさんは毎日、家業を手伝って、工具を運んだり、屋根に登ったりしていたようだ。外来に来るたび、娘さんが「父はちっとも休んでくれな い。こっちは心配しているのに。」と嘆いていたが、「寝たきりでおとなしくしているSさんなんて、らしくないよね。」と言ったら、Sさんは強くうなずいて いた。病気のせいで足がむくんだり熱を出したりしながらも、それでも毎日の作業をすることは、Sさんにとって生きている実感だったのだろう。

この頃にはSさんの免疫力はかなり低下しており、たびたび帯状疱疹にかかった。そのうち、抗がん剤を点滴すると、すぐに白血球が下がって感染症による高 熱を出したり、食道炎になったりするようになった。投与量を減らしても同じ。むしろ効果も出せなくなる。どんどん治療が難しくなっていった。比較的副作用 が少ないリツキサンの点滴や内服の抗がん剤とステロイドを使って、なんとか病状を抑える日々が続いた。できるだけ入院はさせたくなかった。

どうやれば最小の副作用で最大の効果が得られるのか。治療の出口が見えずこちらもきつかったが、私以上に、Sさんやご家族も大変だったと思う。ご家族 は、ベンダムスチンという新薬の登場に期待を寄せていたが、仮に使用できたとしても、この状況では副作用も含めよい反応を得るのは難しかっただろう。最後 は高熱が続き入院した。肺炎と悪性リンパ腫が進行し、酸素投与を必要とするようになった。1日でも長くという家族の思いもあったが、Sさんらしい人生とは 何かという話し合いを行い、自宅へ帰る準備も進めてみた。残念ながら、急速に病状が進行したため、病室で家族に見守られながら、Sさんは帰らぬ人となっ た。ずっとしんどそうだったSさんだったが、和らいだ表情をしていた。

Sさんに対し、私がするべき医療は提供したと思っている。それでもなお、他にもなにか手はなかったものかと考えてしまうのが、臨床医の常である。
血液悪性疾患に限って言えば、この10年で、抗体療法や低分子治療薬など多くの新しい治療薬が登場した。慢性骨髄性白血病や多発性骨髄腫など、著しく治 療成績がよくなった病気がいくつもある。これからは、がんペプチドを用いた免疫療法など、Sさんのような高齢で体力的なリスクがある人にも安全で効果が期 待できる新規治療も出てくるのかもしれない。ただ、たいていの臨床試験は大学病院やがん専門病院で行われることが多く、自分が担当している患者が、必ずし もタイミングよく臨床試験に参加できるわけでもない。地方都市ならなおさらだろう。

一方、臨床試験を行っていない治療が流布している現状もある。たとえば、自費で行われている細胞免疫療法は、正しい方法論での効果が検証されておらず、 免疫療法単独としての腫瘍縮小効果が示されていない。当然、余命の延長効果が科学的に示されていない。治療を必要としている患者は存在しているが、そこで 提供されている治療法は果たしてその患者にとって必要な治療なのだろうか。

悪性腫瘍を治療すること、人生の時間の使い方を考えていくことにつながるのだと思う。「限りある自分の人生の時間を、どう使いきるかを真剣に考えた」と治療を終えたある患者さんが、私に話してくれた。
治療選択肢をできるだけ提示できる医師でありたい。そのなかで、本当にその人にとって必要と思われる治療法を選びたい。そのように考えている。

初出:インフォシーク内憂外患

http://opinion.infoseek.co.jp/

 

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ