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Vol.24021 サンアントニオ乳がんシンポジウム参加で感じた新療法の「光と影」

医療ガバナンス学会 (2024年1月31日 09:00)


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この記事は、医薬経済2023年12月15日号に発表された記事を加筆修正したものです。

医療ガバナンス研究所医師
尾崎章彦

2024年1月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

23年12月5〜9日にかけて、米国テキサス州サンアントニオで開かれたサンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS)に参加した。この学術集会は、乳がんに関するものとして世界最大であり、会期中には、1万人以上の臨床家や研究者が世界中から集まった。

もともと、SABCSは、乳がんに関する基礎医学と臨床医学の橋渡しを目標に78年に設立された学術集会である。現在では、基礎医学・臨床医学にとどまらず、乳がんに関するあらゆる知見が発表される場となっている。今回、筆者は2つの演題を発表した。ひとつが日本の乳腺専門医1733人における製薬マネーを分析した研究、もうひとつが福島県浜通り地方における東日本大震災後の乳がん検診の推移をまとめた研究だ。ここからも、SABCSの間口の広さが窺い知れると思う。

ただ、SABCSで圧倒的な存在感を示すのが薬物療法である。例えば、オーラルの発表は大部分が新薬の第Ⅱ相・第Ⅲ相結果に関するものだ。また、会場の広大なスペースが企業展示に割かれ、煌びやかなビッグファーマのブースが中心に鎮座している。このように、現在の乳がん診療では製薬企業が果たす役割が極めて大きい。

乳がん薬物療法におけるひとつの大きなトレンドが抗体薬物複合体(ADC)である。乳がん領域には初めてFDAに承認されたADCであるトラスツズマブ・エムタンシンがある。日本では14年に転移再発HER2陽性乳がんに対して承認、20年にハイリスクHER2陽性乳がんの術後薬物療法にも適応拡大された。

ただ、10年代後半のがん薬物療法の中心は免疫チェックポイント阻害剤だった。ADCが一躍注目される契機となったのが、第一三共が製造販売するトラスツズマブ・デルクステカンだ。同薬は、20年に日本で医薬品条件付き早期承認制度を用いて転移再発HER2陽性乳がんに対して承認された後、HER2タンパクの増幅がない転移再発乳がんに対しても無増悪再発期間の延長効果が証明された。さらに、治療法が限定的だった脳転移にも効果が示され、現在の乳がん治療の話題の中心となっている。

また、日本未承認だが、ギリアド・サイエンシズが製造販売するADCサシツズマブ・ゴビテカンも重要だ。21年には第Ⅲ相ASCENT試験でトリプルネガティブ転移再発乳がんで、23年には第Ⅲ相TROPiCS-02試験でホルモン陽性HER2陰性転移再発乳がんにおいて、生存率を延長した。

ただ懸念もある。今後日本で使用できない薬剤が増加する可能性だ。例えば、前述のTROPiCS-02試験とASCENT試験は北米と欧州で実施、日本では実施されていない。そのせいか、サシツズマブ・ゴビテカンはまだ日本で承認されていない。また、ノバルティスのCDK4/6阻害薬リボシクリブはホルモン陽性HER2陰性乳がんに対して効果を示す同系統の薬剤で最も効果が高いが、日本での開発は中止されている。

さらに、シアトル・ジェネティックスが開発し、20年に米国でHER2陽性転移再発乳がんに承認されたツカチニブも日本での承認は下りていない。資金やネットワークが限られた企業、あるいは、日本への関心が乏しい企業が薬剤開発を行うケースが今後増えてくれば、日本での開発が遅れ、新薬承認はさらに遅延するだろう。そもそも、薬価決定の裁量が乏しく、頻繁かつ恣意的な薬価改定が実施される日本は、海外ファーマから見て魅力は乏しくなっている。

ただ、そのような状況でも、乳がん領域には多額の製薬マネーが流れている。筆者らの調査では、16〜19年にかけて14億5000万円の謝金が乳腺専門医に支払われていた。光が強くなれば、影もまた濃くなる。企業優位の潮流の中、今後も社会に一石を投じ、楔となるような仕事を行って行きたい。

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