医療ガバナンス学会 (2024年2月6日 09:00)
この原稿は医療タイムス One Voice One Actionからの転載です。
一社)災害総合健康管理研究所 客員研究員
慶應義塾大学医学部5年
谷 悠太
2024年2月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「福島で問診票をまとめるバイト手伝ってくれんか?」―休学中でとりわけ何もすることがなくぶらぶらしていた私は、二つ返事で「僕にやれることは何でもやらせてください!」と答えた。
それが坪倉正治先生(福島県立医科大学放射線健康管理学講座(以下、医大)主任教授)との最初のやりとりで、2年前の2022年1月21日、金曜日の夜のことだった。
さっそくその翌週の月曜朝の新幹線で医大に伺い、その縁で2年経った今も継続して研究に携わらせていただいている。
臨床研究とはまったく無縁で休学中の暇を持て余していた一医学生が、いきなり研究の世界に首を突っ込み、原著論文の筆頭を務める生意気な医学生になるまでのこの2年を振り返ってみると、貴重な現場経験を数多くさせていただいていることに改めて気がつく。
特に、大規模な臨床研究の現場が、多くの人たちの草の根的な地道な努力と誠実な熱意で成り立っていることを痛感する。
■広い研究室に山と積まれた問診票との闘い
2年前に福島で研究室の扉を叩いた私の最初の仕事は、大量の紙の問診票をエクセルに入力し、ダブルチェックすることだった。だだっ広い研究室の部屋に山積みされた青いファイルを前に、医大のスタッフや学生の皆さんとひたすら作業を続けた。
私たちは21年の半ばから2年半にわたりコロナワクチン接種後の免疫状態をフォローアップしている。
その特徴は、▽合計約2500人という世界トップレベルの規模、▽2年半にわたり3~6カ月に1度の採血を行っていること、▽採血のたびに問診票を書いていただき、副反応の有無や感染歴の有無などをデータベース(DB)に蓄えていること―である。
問診票の山はかなり手ごわく、研究室の大きなソファーで寝泊まりしながら作業を続けた。エクセルへの打ち込みのほとんどが単純作業であり、ミスのないように集中力を保つのは非常に難しい。
DB化に奮闘する私たちの姿に、坪倉先生が「僕たちのチームが10年前に福島に入って内部被曝の検査を行っていたときも今と同じ作業をやっていた」と、当時の様子を写真で見せてくれた。
問診票の山に囲まれている医大の研究室の状況ととても似ていた。坪倉先生もこの手ごわい仕事をやった経験があるのかと思うと、絶望的に思えた山にも立ち向かえる気がした。
今も私たちは継続的に問診票を提供していただいている。ただ私は、昨年から臨床実習が始まりDB化の仕事には携われていない。それでも研究を続けられているのは、医大のスタッフや学生の皆さんが問診票のDB化をしてくれているからであり、更新のたびに頭が下がる思いになる。
■草の根の人脈で検体輸送に奔走
今でもはっきりと覚えている出来事がある。検体の回収漏れがあったのだ。南相馬市のある病院で連絡の行き違いがあり、東京への輸送便の回収ができなかった。検体の測定を行うには翌日のお昼までに東京に輸送する必要がある。
「検体を病院まで取りに行こう」。坪倉先生の決断は早かった。医大のスタッフの山本知佳さんが車を出し、病院まで検体を取りに行くことになった。
「僕もついて行っていいですか」と山本さんに同行した。暗がりの中、高速道路は運悪く通行止め。一般道を1時間少し車を走らせ病院にたどり着き、何とか検体を受け取ることができた。
東京にいるスタッフの朱さんに福島まで来てもらい、翌日の午前中に東京に検体を送り届けてもらった。そして無事、測定に間に合った。
検体を提供してくださるボランティアの人たちと検体回収・測定に協力してくれている人たちに、誠実で泥臭く走り続ける坪倉チームの草の根の強さを実感した出来事であった。
それまではエクセルのデータをただの数字のように見てしまうこともあったのだが、一マスの重みを意識するようになった。
■日々研究を支える皆さんに感謝
改めてこの場を借りて、協力いただいている医療関係者・住民の人たち、医大のスタッフの趙さん、山本さん、原田さん、阿部さん、斎藤先生、小橋先生、学生の皆さん、災害総合健康管理研究所の朱さん、医療ガバナンス研究所の西村さんはじめ、日々の研究を支えてくださっている多くの人たちへの感謝の気持ちを記したい。
最後に、日々たくさんの貴重な機会と指導いただいている坪倉先生と瀧田盛仁先生にこの場を借りてお礼を言いたい。感謝の重みを忘れずに、目の前のすべきことを1つずつしっかりと形にしていけるよう精進していきたい。