医療ガバナンス学会 (2024年4月26日 09:00)
日本麻協議会 事務局代表
日本大麻生産者連絡協議会アドバイザー
若園和朗
2024年4月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
◆日本の麻(アサ)文化継承の危機
早咲きの桜が咲くころ、私たちはアサ(大麻草)の種をまきます。その年の夏には、3メートルほどに成長し、刈り取られ、翌年の祭礼に神輿を照らす松明として用いられます。私たちは、毎年「大麻草栽培免許」を更新しその栽培を守ってきました。
10年ほど前、私たちの祭礼は継続困難に陥りました。青少年による「大麻」の盗難事件が起こり、管理不行き届きを理由にその栽培が禁じられたのです。その後、該当大麻草の無害性などを根拠に栽培再開のための活動を展開。一年後には、再開を許されました。
大麻と聞いて「大丈夫?」と疑われるかもしれません。ですが、大麻草は有害物質であるTHCの含有量によって無害な品種と有害品種に区別でき、そして私たちの大麻草は濫用できない無害品種です。しかし、これまで、区別がなされておらず無害なアサまで厳しい規制がかけられるという「無分別」な状態が続いていました。
その所為もあり、栽培免許保持者は全国で20数名にまで減り、日本のアサの栽培とその文化は存続の危機を迎えています。
◆分別を取り戻せ
大麻草は、私たちの祭礼のような伝統文化継承に欠かせないだけではありません。無害な品種は、環境・食品・自動車産業など多岐にわたる持続可能な社会への貢献が期待される作物です。そのため、こうした「無分別」な状態を改善すべく、厚労省は2021年より「大麻等の薬物対策検討会」、2022年には「大麻規制検討小委員会」を開催し検討を重ねてきました。
そのとりまとめを受け、昨年(2023年)暮れ「大麻取締法」は「大麻草の栽培の規制に関する法律」に改正され、1年以内に施行されることとなりました。THCの含有量の上限値を定め無害なアサの栽培と活用を進めていこうという方向性です。具体的な基準については、海外の事例から0.3%程度以下となることが予想されます。
また、今回の改正では旧法では認められていなかった「大麻」(大麻草の主に花穂と葉)を原料とする医薬品の施用を可能にすることと、近年特に心配されている青少年への濫用拡大を阻止することも目的とされています。
◆大麻にまつわる保健衛生上の危害
大麻草は、その葉や花穂をマリファナ等として悪用すれば依存症や精神障害、交通事故などの禍を引き起こす植物です。ただし、それは先にも述べたように高THC品種に限られるはずです。であるなら、害のない品種だけを一般の作物として利用すれば良いのではないかと考えるのが自然でしょう。しかし、この問題はそう単純ではなく複雑です。その複雑さの一端を以下に述べます。
◆THCの管理以上に大切なこと
皆さんは、平成 28年に鳥取県で起きた大麻濫用事件を覚えていらっしゃるでしょうか?村おこしのために大麻草栽培免許を取得しアサの栽培を始めた人物とその仲間が起こした事件です。ここで栽培していたのは、低THCで無害が確認された品種でした。もちろん濫用はできないはずです。ですが、外部から有害大麻を持ち込み濫用し逮捕されました。そのため鳥取県では大麻草栽培が一切禁じられ、全国的に管理が強化されるに至り、新規の大麻草栽培者の免許取得が事実上不可能になりました。
また、近年タイでは「大麻が解禁された」と報道されました。しかし、実はこれは、THCの含有率が0.2%以下という無害で濫用の心配のない大麻を解禁しただけです。ふたをあけてみると有害大麻が出回り濫用が増えたと報じられています。
これらの事例から、無害な品種に限定し大麻草の栽培を許しても、濫用は防げずかえって濫用拡大を招く可能性があるということが分かります。このような現象が起こるのは、ネットなどにあふれる大麻の悪用を唆す情報と関係がありそうです。こうした情報の発信者は、隙あらば人々を大麻濫用に誘導し、なし崩し的に大麻の濫用が許される社会に変えていこうとしているように見えます。発信者の中には有名人も含まれますが、なんの非難も受けないことが問題です。また、悪用を唆す情報はしばしば伝統保護などの有効利用を隠れ蓑にして発信され、人々のアサに対するイメージを損なう原因になっています。THCの管理以上に大切なことは、こうした有害な情報への対応だと私は考えます。
◆基準をはっきりさせることの罪
今回の法改正のねらいの一つは、アサにまつわる伝統文化を保護継承することです。THC含有率が0.3%以下程度のアサのみ栽培可能となる見込みと先に述べました。しかし、現在正規に栽培されているアサの総THC平均値は、花穂1.071%、葉0.645%と公表されています。つまり、多くが基準以上のアサということかもしれません。ということは、品種改良をしたり他から種子を譲ってもらったりして基準に適合した種子を確保することが求められることになりそうです。ですが伝統保持のための栽培地の多くが極めて小規模。基準に沿った種子の確保が相当な負担となり栽培不能に陥ることが予想されます。
(参考:ただし、国内で乱用されている乾燥大麻のTHC含有量の平均値は11.2%と公表されていますので、正規に栽培されているアサはそれほど危険ではないとも言えそうです。)
◆公共の健康を守る視点を踏まえて
上の二点の問題から導き出される最悪のシナリオは、濫用が増えて貴重な伝統文化と遺伝資源が絶えてしまう、言わば「マリファナ栄えて日本の佳き麻の伝統が滅ぶ」ことです。
そうならないためには、伝統的栽培地に対しては柔軟かつ思いやりのある制度設計と栽培関係者相互の助け合い、そして社会の理解と応援が求められます。
また、有害情報発信者には社会的なペナルティーが科せられる方向で世論の醸成が必要でしょう。そして濫用解禁と一般産業利用を分別なく語ることや不正な使用は、無毒な大麻草(=アサ・麻)の有効利用推進の障害になるため、厳しい態度で対応する必要があります。
旧大麻取締法では、目的が明記されておらず、それが混乱の一因だと筆者らは訴えてきました。今回の法改正では冒頭に「第一条 この法律は、大麻草の栽培の適正を図るために必要な規制を行うことにより、麻薬及び向精神薬取締法と相まって、大麻の濫用による保健衛生上の危害を防止し、もって公共の福祉に寄与することを目的とする。」と書かれました。
新法の目的を受けて、公共の健康・福祉を守る視点から大麻草の適正な利用について分別ある方向で議論が進んでいくことを願いこの稿を閉じたいと思います。
注)この文では、「大麻草」、「アサ」、「麻」は、同じ意味つまりアサ科アサ属の草本を指しますが、文意が伝わりやすくなるよう使い分けました。「大麻」は、「旧大麻取締法」及び「大麻草の栽培の規制に関する法律」の定義に基づき主に大麻草の葉と花穂の意味で使い、植物全体を示す「大麻草」とは区別しました。