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Vol.34 微生物検査の現状

医療ガバナンス学会 (2011年2月11日 06:00)


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千原晋吾
獨協医科大学感染制御・臨床検査医学講座講師

2011年2月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


国内で感染症領域のトピックが近年注目を浴びている。アシネトバクターやバンコマイシン耐性腸球菌などの多剤耐性菌や新型インフルエンザなどに関する記事 がメディアでも1面をかざるようになり、感染症診療・感染制御の重要性が再認識されてきている。これらの部門は医師・看護師・薬剤師・検査技師・事務など 多業種の連携が必要である。この中の検査部内の微生物検査室に注目をあてたい。

微生物検査というところは患者に直接接することはなく、”縁の下のちからもち”的存在である。医療従事者が採取した検体(血液、喀痰、尿など)を扱い、主 な業務は病原菌を同定し、どの抗菌薬が有効であるか感受性試験を行うことである。感染症の診療・感染制御には不可欠な部門である。

残念ながらこの部門に問題が生じている。多くの場所ではここは”赤字部門”である。そのひとつの要因は保険点数である。血液培養の例を取り上げる。これは 菌血症という重篤な病態の診断に用いる検査である。基本的には特殊なボトルに採血を行い、菌がそこから生えてくるか評価する検査である。1回検査するため に2ボトル使用するが、1回の検査であると菌血症の診断には不十分である。2ボトルの検査を行うと、菌血症を診断できる感度が65%である。(つまり、培 養が陰性であっても35%の場合、実は菌血症であったことになる。)そのため、2セット(4ボトル)を検査することが感染症専門家の間で推奨されている。 この検査に与えられている保険点数は150点で、1500円をこの検査に対して病院が請求できることになっている。(平成22年度の診療報酬改定により血 液培養の点数が130点から150点になった。)しかし、1ボトルは最低600円する。推奨どおりに行うと4ボトルで最低2400円になる。ボトルの費用 だけで、約1000円の赤字になってしまう。血液培養に使う機械は数百万円するが、それを考慮しなくても赤字になるのは目に見えている。検査をすればする ほど病院は損をすることになる。

そこで、多くの病院が”赤字”対策として取り入れたものが、微生物検査の外部委託である。微生物検査を病院で行わず、検査センターに委託するということで ある。平成19年度の日本臨床衛生検査技師会員施設に対するアンケート調査で回答のあった1320施設の分析では407(31%)施設は施設内ですべての 微生物検査を行い、578(44%)施設は施設内で一部の微生物検査を行い、335(25%)施設はすべて微生物検査を外部に委託している。経済面を考慮 するとそれでよいかもしれないが、いくつかの問題点が浮き彫りになる。ひとつは時間の問題である。検体を検査センターで行うということは、培地に接種する までの時間がかかるということである。病原菌の中には、髄膜炎菌のように体内では重篤な病気を引き起こすが、体外にでればよい環境でないと、短い時間で死 滅するような菌もある。搬送の時間が長くなり、生えてくるはずのものが生えなくなってしまうことがでてくるだろう。これ以上に問題になってくるものが、検 査部と医療従事者間のコミュニケーションである。医師・看護師としては院内にある検査室に電話するほうが院外の検査センターに電話するより気軽にできる。 何か問題があれば自分で検査室に足を運ぶことができる。また、検査技師側からみれば、多剤耐性菌が分離されたときやアウトブレークが予想されるとき院内の 医師に連絡しやすく、直ちにデータを共有することができる。検査センターであらゆる施設の検体を扱っていると、ある1施設の培養結果の傾向は把握しづらい であろう。

外部に依頼していない施設は微生物検査室に配属する技師の数を減らしてきている。医師・看護師不足と少し状況が異なるが各検査室の技師が不足している。最 初に書いたとおり、近年感染症・感染制御により重点が置かれるようになり、検査の数も増えてきています。本来なら技師の数を増やすのが妥当だが、多くの施 設ではそれができない。日常業務で手いっぱいという状況である。検査方法や報告方法の見直しなどする余裕がない。欧米には検査室のスーパーバイザーがい る。彼らは日常の検査を担当するのではなく、検査部全体の業務をスムーズに遂行できるように努めている。新しい検査をとりいれるかどうかやいままで行って きている検査の妥当性を検討し、臨床側とコミュニケーションをとる。日常的にいかに効率よく業務を行うかを評価する必要がある。

微生物検査室の役割は漠然と細菌を同定し、感受性試験をすることではない。それ以前にこれらの菌の臨床的意義を考える必要がある。人間の体には皮膚や消化 管に常在する微生物の方が自分の細胞の数より勝っている。この微生物のほとんどが人間に対して害を与えていない。検査の見直しが十分できないため臨床的に 有用でない検査(喀痰ではなく唾液の培養、固形便の培養やガーゼの培養など)を”医師がオーダーしたから・・・”を理由に行ってきているところが多い。そ のような検体を培養し、常在菌が生えてきた場合それを病原菌であると解釈する医師もいるだろう。すると、不適切な抗菌薬が使用されてしまい、結果的には患 者が害をこうむることもある。全ての医師が感染症に詳しいわけではなく、誤解を与えるような結果を検査室から出してはならない。

現状から改善するにはいくつかの条件が必要である。まず、各検査に妥当な保険点数をつけることである。病院が科学的根拠に基づいた検査を行っているにもか かわらず、経営的にマイナスになるシステムは非常に不合理である。一方、医師・検査技師がともに検査の妥当性・臨床的意義を理解し、臨床医に誤解がないよ うコミュニケーションを続けることも重要である。

参考資料
日本臨床検査医学会 第21回関東・甲信越支部総会 臨床検査のコスト調査の試み
診療報酬改定と業務改善をめざして 米山彰子
Cockerill FR, et al. Optimal Testing Parameters for Blood Cultures. Clin Infect Dis 2004;38:1724-30.

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